Chapter24-4 二正面(4)
「ご迷惑おかけしました」
王都に帰還してから約十五分。冷静さを取り戻した実湖都は、顔を真っ赤にしながら頭を下げた。泣いているところをガッツリ見られたのが、よほど恥ずかしかったらしい。
初めての人殺しへの関与だ。仕方ないと割り切って良いと思うけど、そう簡単にはいかないんだろう。
しかし、今回で浮上した疑惑もあった。
それは、オレたちが意図的に転生させられたという可能性だった。オレみたいな『存在情報』がエラーを吐き出している存在も含め、転生者は選抜されていたのかもしれない。
何故かって? 現代日本ないしそれに近しい価値観を持っている者は普通、実湖都のような反応をするからだよ。殺生に強い忌避感を示すんだ。
翻って、オレたち転生者は違う。少なくともオレは平気だったし、勇者ユーダイも監視している範囲では大丈夫そうだった。聖女セイラだけは幼少期を知らないけど、今は全然気にしていないと思う。
この世界の殺生に対する価値観が違うせいで気づかなかったけど、三人全員が平然としているのは不自然だ。もちろん、偶然の可能性も捨て切れないが、疑う余地が生まれたのも確か。
ぞっとしない話だな。もしも意図的なら、『存在情報』のエラーも必然になる。また、誰かの手のひらの上という状況は、単純に面白くない。
まぁ、お陰でカロンたちと出会えたわけだし、結果的にはプラスなんだけども。その誰か――十中八九、神に会うこと機会があれば、一言文句を言ってやろう。
さて。考察は程々にして、現実に意識を戻さなければ。
目元を腫らせた実湖都の肩を、オレは二、三度叩く。
「気にするな。元の世界は平和だったんだろう? なら、これは仕方ないことさ。むしろ、平然としてる方が怖い」
「そうでしょうか? でも、今後のためにも慣れないと――」
「慣れなくていいよ」
彼女の言葉を遮り、オレは否定的な意見を口にした。
「キミは……キミたち転移者は、殺しに慣れない方がいい。絶対にね」
その覚悟を無駄にするのは悪いが、こればかりは認められなかった。
こちらの力強い断言に、実湖都は不思議そうに首を傾げる。
「どうしてでしょう? この世界で生きてくのなら、自衛のためにも殺しに慣れるべきだと思いますが」
彼女は間違っていない。これから先、転移者たちがヒトの悪意にさらされる可能性は高い。その時、敵を殺す意思を持てなければ、きっと身を守り切れないだろう。
だが、それは、彼女たちがこの世界に残る前提の話である。
オレは虚空を指で突き、【位相連結】に似た何かを開いた。
実湖都は問うてくる。
「【位相連結】ですか?」
「違うよ。この魔法は、どちらかというと【刻外】の延長。その名も【異世界回廊】だ」
「妖精の、廊下?」
うっ、直訳されると恥ずかしいな。自分のネーミングセンスが怪しく感じる。
いや、それよりも、今は【異世界回廊】の説明を優先しよう。
「これは魔法、魄術、己道、そして“星の力”を掛け合わせた術だ。対象の魔力、霊力、生命力を精査し、残存する同位相を特定。そこへ道を繋げる効果を持つ」
「えっと……」
困惑する実湖都。どうやら、今の説明で理解し切れなかったらしい。
しまった。新しい術に舞い上がりすぎて、詳細に語りすぎた。もっと噛み砕かないと、この手の素人である彼女には伝わらない。
オレはアゴに指を添え、思案を巡らせる。それから、改めて説明した。
「つまり、キミを術の対象にした場合、キミの元いた世界に繋がる」
「へ?」
一瞬、呆けた表情を浮かべる実湖都だったが、すぐにそれは崩れた。瞠目し、大口を開けて叫ぶ。
「ええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?」
無理もない反応だ。元の世界へ帰還したがっていたんだから。
その後も、彼女は興奮冷めやらぬ様子で、「あの、その」といった言葉を繰り返す。先程の大声によって集まってしまった使用人たちにも気づいていない。
オレは彼らに『大丈夫』と無言でジェスチャーを返しつつ、彼女が落ち着くのを待った。
たっぷり二十分かけて、ようやく実湖都は我に返る。そして、こちらに詰め寄る勢いで尋ねてきた。
「い、今のって、本当ですか!? これを潜れば元の世界に?」
「期待させて悪いけど、これは未完成品だ。まだ、キミの世界まで道が繋がってない。“星の力”の誘導が不完全でね」
「そう、ですか……」
先程の熱が嘘のように、シュンと肩を落とす実湖都。
しかし、落ち込むのは早い。意地悪するために、この術をお披露目したわけではないんだから。
「順調に研究が進めば、一年ほどで完成する予定だ。キミは一年後には帰れる。だから、殺生に慣れる必要はない」
とどのつまり、それが言いたかったんだ。この世界に永住するならともかく、違うのであれば、価値観を曲げる必要はないと。
オレの言葉を聞き終えた実湖都は、再び涙を流し始めた。
「あれ? ごめんなさい。嗚呼、止まらないっ」
意図していなかった現象のようで、慌てて目元を拭っている。
結局、彼女はもう一度泣いた。
ただ、それは一回目と違い、嬉しさの混じったものだった。
十分後。
「本当にごめんなさい」
謝罪する実湖都の姿は、先程の焼き増しだった。唯一の違いは、目の充血が悪化している点かな。あれだけ泣けば当然だけども。
オレは小さく手を振った。
「さっきも言ったけど、気にしないでくれ。オレも、見せるタイミングが悪かったし」
あんな話の流れで教えるのではなく、心の準備を整えさせておくべきだったと反省している。
しかし、彼女は首を横に振った。
「いえ、それこそ気にしてません。むしろ、お礼を言うべきでしょう。わたしたちのために、帰還の手段を研究してくれてたんですから」
「それこそ、気にするな。オレの興味本位でもある」
実湖都たちを不憫に思ったのも事実だが、前世を懐かしんだゆえの行動なのも否定できない。
まぁ、現状では、オレやセイラ、ユーダイの前世の世界には繋げられないんだけどね。
【異世界回廊】の発動条件は、繋げたい世界に帰属した魔力、霊力、生命力のうち二つだ。転生者の場合、霊力に限られてしまうため、どう足掻いても条件を満たせないわけである。
あと、“星の力”を利用する関係で、地球以外にも繋げられない。もし、別世界の宇宙人が飛来しても、元の世界には帰せないんだ。
かなり限定的な術だけど、世紀の大発明なのは確かだろう。世界間を転移できるんだし。だから、実湖都に感謝してもらう必要はなかった。
しかし、当の本人はそれで納得しないんだろう。
「それでも、ありがとうございます。ゼクスさんの発明のお陰で、わたしは希望を持てましたから」
「分かった。素直に受け取っておくよ、どういたしまして」
ここで意固地になっても仕方ない。オレは肩を竦め、彼女の感謝を受け取った。
「じゃあ、オレは戻るよ」
話も一段落したので、戦場に戻ることにする。
すでに開戦しているにもかかわらず、連絡がないということは、戦況は優位に運んでいるんだろう。オレの力を借りるまでもないのかもしれない。
とはいえ、職務放棄はできなかった。元帥として、きちんと本陣で構えておきたい。
ところが、【位相連結】の発動は、中断せざるを得なかった。この王都を覆うように、例の魔力阻害の呪いが展開されたからだ。
しかも、今回は通信阻害系の術も発動されているようだった。王都内は通じるが、外への連絡がつかなくなっている。
「はぁ」
思わず溜息がこぼれた。
『クロユリ』が戦争の隙を狙ってくるとは予想していたけど、開幕戦から仕掛けてくるとは。性急すぎるのでは?
愚痴を言っても意味はない。オレは【念話】を使って、王都内にいるカロンやディマ、部下たちへ警戒を呼び掛ける。
また、屋敷にいる者たちには、実湖都の護衛を頼んだ。すぐさま、複数の使用人たちが駆けつけてくる。
突然の事態に困惑している実湖都へ、オレは手短に説明する。
「敵襲があった。オレは元凶を叩きに行くから、キミは部下たちの指示に従ってくれ」
「わ、分かりました。お気をつけて」
「行ってくる」
彼女の言葉に返事をしてから、【位相連結】を開いた。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




