Chapter24-4 二正面(3)
作戦会議から程なくして、オレは実湖都を本陣に連れてきていた。
作戦の説明を受ける彼女は、終始緊張した様子だった。
無理もない。戦争の最前線に訪れた上、作戦の一端を担うんだ。元々平凡な女子高生の実湖都にとって、それは酷く重い経験に違いない。
それに、実湖都は賢い少女だ。おそらく、自分の助力が遠因となり、多くの帝国兵が死ぬことも理解しているんだろう。徐々に青ざめていく顔色が、この推測に確信を与えていた。
「無理しなくてもいいんだぞ? キミの協力が絶対に必要ってわけじゃないんだ」
「そうだよ~。これはわたしたちの戦争なんだから~」
「だいじょうぶ?」
今にも吐きそうな実湖都に対し、オレやマリナ、精霊のマイムが声を掛ける。
作戦の都合、開戦直前まではこのメンバーで固まっていた。
オレたちのセリフを受け、実湖都は少し呼吸を乱しながらも答えた。
「無理はしてない……なんて口が裂けても言えませんが、投げ出したりしません。きちんとケジメはつけたいんです」
「「ケジメ?」」
オレとマリナは、そろって首を傾げる。
最初にも言ったように、この戦争に実湖都が付き合う義理はない。転移者の生け捕りは努力目標だし、代価なしで引き受けても良いと上層部が判断したんだ。
いったい、何のケジメなんだろうか?
こちらの反応に、実湖都は苦笑を溢す。
「まぁ、他のヒトからしたら、単なる自己満足に見えるかもしれません。でも、魔獣複製機がこの世界のヒトを傷つけるのは許せなかったんです。だってあれは、わたしたちの知識と力で生み出されたものだから。だったら、わたしが力を貸さなくちゃいけないって思うんです。……本当は、自力で壊したかったんですけどね」
「ミコツちゃんの責任だなんて、誰も考えないと思うよ?」
「そうかもしれません。だから、さっきも言った通り、自己満足なんです。わたしが個人的に許せない。それだけの話なんです」
マリナのフォローにも寄りかかろうとせず、実湖都は頑なに意見を曲げなかった。顔色は悪いものの、その眼差しはどこまでも真っすぐだった。
本当に良い子だよ、実湖都は。
決して精神的に強いわけではない。あくまでも、普通の十六歳の範疇を逸脱しない程度だ。
しかし、確固たる芯があった。どれほどつらくても、目を逸らしたくても、逃げ出したくても、その芯だけは曲げないんだろう。
なおも説得を試みようとするマリナを止め、オレは実湖都に告げた。
「覚悟あるなら、これ以上は何も言わない。でも、責任感を抱えすぎないよう、注意してくれ。キミには帰る場所があって、キミの帰りを待つヒトがいて、キミの無事を祈るヒトがいる。それを忘れないでほしい」
「…………はい、そうですね」
幾許かの沈黙の後、実湖都は静かに頷く。僅かに唇を噛んでいる態度を見るに、聞き流されてはいないみたいだ。しっかり自分のことを省みてくれると嬉しいが、はたしてどうなるかな?
進路を決めるのは、他ならぬ彼女自身だ。自分の選択の責任を持てるのは、自分しかいない。
まぁ、まだ子どもだから助言はするし、あらぬ方向に歩き出しそうなら、手を貸すこともあるけどね。
色々と考えたいだろうと配慮し、その後は静かに過ごした。オレもマリナも言葉を発することなく、難しい顔をする実湖都を見守る。
どれくらい時間が経過したか。一度席を外していたアリアノートが戻ってきて、実湖都に指示を出す。
「開戦予定時刻が近づいて参りました。そろそろ、魔獣複製機の探知をお願いいたします」
「分かりました」
一呼吸置いてから、実湖都は瞑目する。程なくして、彼女の周りにパチパチと電気が弾ける現象が起こり始めた。それは小刻みに発生したり、かと思えば長いスパンを空けたり、不規則に続く。
十分ほどして、実湖都は目を開けた。
「見つけました。十一時の方向へ七・三キロメートル先にあります」
「マリナ」
すかさず、オレはマリナに再確認を求めた。ダブルチェックは基本である。
マイムとともに虚空を眺め始めた彼女は、三十秒ほどで視線を戻した。
「ミコツちゃんの探知は正しいと思いますー。同じ座標に、それらしいものを発見しました」
「しました!」
間違いないと太鼓判を押すマリナとマイム。
すると、アリアノートは満足げに頷いた。
「ご苦労さまです。それではゼクスさん、ミコツ嬢の送迎をよろしくお願いいたします。多少遅れても問題はございませんので」
「承知いたしました」
要するに、『実湖都のフォローはしっかりやっておけ』ということね。
言われるまでもない。ここまで頑張ってくれた彼女を放置するのは、さすがに良心が痛む。
戦争の方は問題あるまい。そも、オレは待機の予定だったわけだし、ある程度の不足自体はアリアノートや妻たちで対応できるだろう。
実湖都が一息吐くのを見計らってから、オレは【位相連結】を開いた。そして、彼女を連れて王都に帰還した。
「あの、ごめんなさい。少し……待って、もらえますか?」
王都にあるフォラナーダの屋敷に転移してすぐ。実湖都はその場にうずくまった。胸元を押さえ、ジッと固まってしまう。
「大丈夫か?」
オレは、慌てて彼女に寄り添った。即座に【スキャン】を発動し、彼女の身体を調べる。
脈拍が早くなってはいたけど、他に異常は見当たらなかった。つまり、現状は肉体的ではなく、精神的な要因によって引き起こされていると察しがついた。
であれば、やるべきことは決まってくる。
オレは【平静】を施し、彼女に優しく語りかけた。
「深呼吸だ。息を吸って……そう、その調子。次は吐いて。ゆっくりだ、ゆっくり」
苦しそうな実湖都に深呼吸を促し、ゆっくり落ち着かせていく。
そのうち、彼女は嗚咽を漏らし始めた。ポタポタと、止めどなく涙が流れる。
そんな彼女の背中を、オレは優しくさする。「大丈夫」とか「頑張ったな」と繰り返しつつ、手を動かし続けた。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




