Chapter24-3 魔女と戦争(6)
早速、戦争に向けて準備を進めよう!
――と意気込みたいところだが、そんなに簡単ではない。大国同士の争いとなると、準備を始める前に根回しなどを行わなくてはいけなかった。
要するに、現時点でオレに仕事はないんだ。今は末端の者たちが働くターンであり、オレが忙しくなるのは、もう少し先の話である。
ゆえに、オレはその時間を活用し、王都の町へ繰り出していた。同伴は、会議に参加していたローレルと実湖都の二人だ。
これは、会議で役目をまっとうしたローレルのご褒美だった。
彼女は、三年間を研究施設内でのみ過ごしていたため、こういった細やかなことでも喜んでくれるはずだ。もちろん、ちゃんとした褒賞は別に用意するけども。
実湖都は先に帰らせても良かったんだが、せっかくだから同行したいと申し出てきたので、王都巡りのメンバーに入った。
「ほぇぇ。たった三年と思ってはりましたけど、意外と変わるもんなんですねぇ」
とりあえず、王都一番の大通りを歩くオレたちだったが、その選択は間違っていなかったらしい。周囲をキョロキョロ見渡すローレルは、結構楽しんでいる様子だった。
すると、実湖都が首を傾げる。
「そうなんですか? わたしは最近来たばかりだから、あんまり分からないんですけど」
「めっちゃ変わってるで。あのお店は二階建てやったのが三階建てになってるし、あっちの通りは元々脇道程度の広さやったはず。他にも――」
実湖都の問いに、ペラペラと答えていくローレル。矢継ぎ早に話されるものだから、肝心の実湖都は目を回していた。
「よく見てるなぁ。王都の町並みなんて、オレはそこまで細かく覚えてないぞ」
オレが苦笑を溢すと、ローレルはやれやれと肩を竦めた。
「それは、ゼクスはんだからですよ。真正の田舎をなめたらあきまへん。都会というだけで、その辺の屋台でさえ新鮮に映るんです。まぁ、お金の持ち合わせはないんで、基本的に『キラキラしてはるなぁ』って眺めてるだけでしたけど」
苦労の学生時代を思い出したのか、見るからに気落ちするローレル。虚空を見つめる彼女の瞳は、死んだ魚のようだった。
オレは、乾いた笑声を溢しながらもフォローする。
「そ、そうか。でも、今日はオレがおごるから、眺めてるだけってことはないぞ」
「そ、そうですよ! 昔を悔やむよりも、今を楽しみましょう!」
「……そうやね。せっかくの散策なんやから、楽しまないと損ですよね」
実湖都の援護もあり、ローレルは何とかモチベーションを取り戻した。意気揚々とオレたちの前を歩き始める。
「ありがとう」
「いえいえ」
実湖都に礼を告げたところ、笑顔で応じてくれた。大したことはしていない、といった雰囲気を醸し出している。
気配り上手だな。あと、この手のフォローに慣れているようにも思う。もしかしたら、身内や友人の中に、我が道を行くタイプがいたのかもしれない。彼女、少し幸が薄そうでもあるし。
そんな失礼なことを考えつつ、オレたちは散策を続ける。基本的にウィンドウショッピングで、気に入ったものがあれば購入する。そういった風に楽しんだ。
かれこれ三時間くらいは歩き回ったか。一旦休憩を取ることになり、オレたちはちょうど良さそうな喫茶店を探すことにした。
「ゼクスはん、オススメはないんです?」
喫茶店探しを始めてすぐ、ローレルが尋ねてきた。
オレは腕を組んで唸る。
「あるにはあるけど、オレが利用するカフェって、基本的にデート向けだからなぁ」
オレが王都を回る時なんて、デートが大半だ。利用頻度の多い店は、どうしても偏る。
「「あー」」
こちらの返答を聞き、ローレルのみならず、実湖都までも得心の声を上げた。
その反応をする理由は分かるので、反論はしない。釈然としないし、不満は抱くけどね。
ゴホンと咳払いをしてから、オレは続けた。
「一応、心当たりはあるから、そこに行こう。少し歩くけど、大丈夫か?」
「構いません」
「わたしも大丈夫です」
数は少ないが、デート向け以外の店も知っている。二人の許可を得た後、オレたちは目的地に向けて歩いた。
ところが、その足は途中で止まった。知り合いの姿が目に入ったためだ。
真っ先に反応したのは、平時でも狭い範囲で探知術を発動しているオレだった。
「アルトゥーロとモーガンか」
雑踏の先。やや広くなっているスペースに、クラブの後輩二人がいた。
オレのセリフを聞き、実湖都も反応する。
「本当ですね。休日も一緒に出掛けてるなんて、何だかんだ仲が……いい?」
同い年とあって、彼女はアルトゥーロたちと仲が良い。最初こそ二人の姿を見て嬉しそうにしていたが、次第に表情が曇っていった。
理由は明白である。当の二名の雰囲気が若干重かったからだ。露骨ではないものの、感情を読めるオレや実湖都には丸分かりだった。
オレたちが顔を見合わせていると、ローレルが首を傾げる。
「どないしたんです?」
彼女は後輩たちのことを知らないし、感情を読む術も持たない。ゆえに、オレたちの態度を訝しんでいた。
隠すことでもないので、正直にアルトゥーロたちのことを話す。
すると、ローレルは何でもない風に答えた。
「それじゃあ、事情を聞きに行きましょか」
あっさりした返答に、オレは問い返す。
「いいのか?」
「もしかして、うちに気を遣ってはりました? 気にせんでええですよ。あの二人って、うちの後輩でもあるんですよね? やったら、先輩風を吹かせたいですし」
茶目っけを混ぜるローレルに、含むところはなさそうだった。
余計な気を回していたらしい。彼女が良いというなら、遠慮は不要だろう。
「分かった。行こうか」
オレたちは、未だ雰囲気の悪い二人へ近づいていく。
こちらの接近に気づいたアルトゥーロとモーガンは、そろって頭を下げた。
「これはフォラナーダ侯爵閣下」
「ご無沙汰してます」
「今はプライベートだ。そんな畏まらなくていいよ」
堅苦しい挨拶をしてくる二人に、オレは軽く手を振って制する。その後、「それよりも」と話題を変えた。
「まずは紹介しておこう。カロンの一つ前の部長だったローレルだ」
「はじめまして、ローレル・ラウルス・ロリエです。よろしゅうお願いします」
小さく手を振り、笑顔を浮かべるローレル。後輩二人も「よろしくお願いします」と一礼した。
それから、控えていた実湖都とも挨拶を交わした。
「どうかしたか?」
アルトゥーロが、何やら興味深そうにこちら三人を観察していたので、オレは尋ねる。
彼は、若干言いづらそうに答えた。
「あー……間違ってたら申しわけないんですけど、先輩たちってデートの途中だったりします?」
「デッ!?」
真っ先に反応を示したのは実湖都だった。顔を真っ赤にして、短くも大きな声を発する。
あからさまな動揺に、オレは苦笑を漏らした。
事実は異なると知っているから、今のが恋愛ごとに不慣れゆえの反応だと、オレは分かった。だが、事情を把握していない者の視点だと、図星を突かれた時のそれに見えるだろう。
案の定、アルトゥーロとモーガンは勘違いした。二人とも目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
「おーぅ。当てずっぽうだったんだけど」
「ミコツ、いつの間に!?」
「ち、違う。違うから! わたしとゼクスさんは、そういう関係じゃないから!」
友人に誤解されたことに気づき、慌てて訂正に走る実湖都。
しかし、顔を真っ赤にして否定したところで、今の二人には意味がない。
「大丈夫大丈夫。周りに言いふらしたりしないからさ」
「先輩が相手なら、当然の結果よね」
「だから、違うんだってぇ」
見事に空回りしている。アルトゥーロたちの勘違いを正せそうになく、実湖都の声には涙が混じっていた。
「誤解、解かなくてええんですか?」
三人の様子を黙って眺めていると、同じく見守っていたローレルが問うてきた。
オレは肩を竦める。
「落ち着いてからじゃないと、何を言っても無駄だろう。そういうキミは?」
「ゼクスはんと同じですよ。それに、うちはあの二人と初対面ですし」
彼女は彼女で、空気を読んだ選択のようだ。
結局、実湖都が息切れするまで、慌ただしい状況は続くのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




