Chapter24-3 魔女と戦争(2)
※副題を『魔女』から『魔女と戦争』に変更しました。ご容赦願います。
「急に呪いの気配を感じたと思ったら、それの発生源が、昨日まで一緒に働いてたレスト女史……その職員はんだったんです。めっちゃ驚きましたけど、ただごとじゃないのは確かやん? やから、仕掛けて来られてもええよう、警戒してたんです。ゼクスはんが来たのは、その睨み合いの最中です」
淡々と状況説明を行うローレル。
やはり、オレの到着は、襲撃直後だったらしい。念のためにローレルを魔眼で調べたが、妙な仕掛けが施されている様子もない。
研究資料が盗難された可能性は残っているが、他の研究員も眠っていただけなので、人的被害はほぼ皆無と言えよう。その点は不幸中の幸いだった。
冗談交じりだったんだけど、本当に日頃の行いが良かったのかもしれないな。
密かに胸を撫で下ろしつつ、オレはローレルに問う。
「何か言われなかったか? あと、違和感があれば、些細でもいいから教えてほしい」
「出会い頭に、妙なことを言われましたね。たしか、『お前は選ばれた。我々『クロユリ』の下に来い』やったかな?」
「クロユリ、か」
虚言でないのなら、それが魔女コミュニティの名称だろう。
しかし、“呪い”の花言葉を持つ花を組織名にするとは、ずいぶんと安直だな。分かりやすくはあるが。
オレが内心で苦笑を溢している間も、ローレルは続ける。
「違和感といえば、やっぱり、レスト女史の雰囲気が全然違うことですわ。いつものあの子は、もっと女の子女の子してはりましたし」
「女の子女の子?」
「あんな堅苦しい喋り方はしてなかった、ってことです」
「なるほど……」
彼女の説明を聞き、嫌な予想が頭を過った。それは、女性職員――レストが魔女に操られていた可能性だ。
――ここは元の世界から隔離された場所。もし、レストが操られていたのなら、【刻外】を発動した時点で接続が切れ、正気に戻っていたはずだ。だから、操られていた説は否定される。
しかし、オレは、今語ったものとは別の手段を思いついてしまった。
記憶の上書き。特定の記憶を植えつける方法が存在するのだとしたら、本来なら無関係だった人物を操ることも可能だろう。【刻外】で隔離しても、正気に戻ることはない。
アムネジアの研究を知っていたからこそ、考え至った結論だった。あまりにも人道を無視しているため、できることなら外れていてほしいが……。
「ローレル、下がっててくれ。今から彼女を起こす」
「わ、分かりました」
いても立ってもいられず、事実確認に移るオレ。精神魔法を使い、眠る彼女の意識を覚醒させた。
ゆっくりマブタを開くレスト女史だが、
「………………」
一向に言葉を発しなかった。
あえて黙っているという様子ではない。瞳の焦点は微妙に合っておらず、ボーッと虚空を眺めている。
オレは眉をひそめ、彼女に声を掛けた。
「レスト。起きてるのなら、反応してくれ」
「……」
「起きてるか?」
「……」
「はぁ。これはダメだな」
肩を揺すっても見たけど、まったく反応がない。精神の動きも見られない。完全に、心が死んでいた。
一部始終を見ていたローレルが、声を震わせる。
「な、何が起こってるん?」
「推測にはなるが、記憶が全部消されてるんだと思う」
「記憶が……」
絶句するローレルを横目で眺めながら、レスト女史の現状について思案を巡らせた。
記憶が消されているのは、ほぼ間違いない。反応を見るに、思い出だけではなく、知識系も全滅しているんだろう。パソコンの初期化どころか、OSも丸々削除されている感じだ。
こうなった原因は、先程まで内包していた呪いではないかと、オレは睨んでいる。
記憶を転写した呪いを彼女に注ぎ込み、都合良く動いてくれる人形に仕立て上げた。強引に注入したせいで元の記憶は消滅し、その呪い自体も時間経過とともに消える。
そんな仕組みであれば、現状の説明はつくように思う。
無論、あくまでも推論だ。部分的な証拠しかないので、別の可能性は残っている。
とはいえ、レスト女史の記憶が消えたのは事実であり、『クロユリ』に所属する魔女がかなり外道なのは確かだった。
「関係各所への通達は必須だな」
考察の正誤は、この際関係ない。そういった可能性が浮上しただけで、警戒するべき案件だ。各所の人員を精査し、危険分子が紛れ込んでいないか確かめる必要がある。
今後の多忙さを想像し、自然と遠い目になってしまう。何せ、呪いの確認も対策の用意も、オレやノマの担当だもの。『賢者の指輪』の量産、間に合うかなぁ。
「とりあえず、この施設の職員の無事を確認しないと」
レスト女史と同じ状態の者が、紛れているかもしれない。それを放置するわけにはいかなかった。
それと、もう一つ大事なことがある。
「ローレル。今後は、オレたちフォラナーダと一緒に行動してもらう」
「へ? それって、外に出られるってことですか?」
こちらのセリフに、キョトンと呆けるローレル。
無理もないか。この三年間、重罪人として外出の許可は下りなかった。それが、こうもあっさり叶うのだから、疑るのも当然だろう。
オレは肩を竦める。
「ここに残すと、キミが連れ去られる可能性が高いからな。護衛を駐屯させる手もあるけど、あちこちに移動した方が敵を攪乱させられる」
敵の居場所が分かっているならともかく、現状は守りに徹するしかない。すでに露見している場所に立てこもるのは、戦術として最悪だ。
「まぁ、ウィームレイの許可も必要だけどな。職員の容態を確認した後、今回の報告も兼ねて王城に向かうぞ」
「お、王城!? せ、聖王陛下!?」
ウィームレイと対面すると知って、ローレルは見るからに動揺する。彼女にとって聖王は雲の上のヒト。慌てふためくのも仕方ないか。
オレは苦笑を漏らしつつ、彼女にその場しのぎの【平静】を施した。それから、【刻外】を解除し、早速行動を開始した。
結論から言うと、誰一人として呪いを受けている者はいなかった。オレの多忙は変わらないけど、最悪の事態を回避できたのは良かったと思う。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




