Chapter24-2 結婚式と襲撃(5)
ターラたちの昼休みが終わるということで解散し、オレとディマも学園長室に戻ってきていた。
楽しい時間も一旦おしまいだ。オレもディマも、やらなくてはいけない仕事が残っている。
名残惜しい気持ちを抑え、【位相連結】を発動しようとする。
だが、その手は途中で止まった。
すると、ディマが問うてきた。
「どうした?」
嬉しそうにしてくれるのは嬉しいけど、今は構っている場合ではないんだよね。口惜しい。
オレは小さく笑みつつも、真剣な表情で答える。
「アリアノート殿下が、こちらに向かってきてる」
「王妹殿下が?」
今しがた、監視役の部下から連絡が入ったんだ。『私室で休憩していた彼女が、突然、学園長に会いに行くと言い出した』と。
首を傾げているディマの態度を見るに、面会の約束はしていないらしい。
何らかの閃きがあり、ディマから情報収集しようとしている? いや、そうだとしても、アポイントメントは取るはずだ。アリアノートは思考が飛躍しすぎる天才ではあるが、その辺りの礼儀を蔑ろにするヒトではない。
となると、いきなり押しかけることに意味がある?
「ダメだ。分からん」
所詮オレは、転生というアドバンテージがあるだけの凡人。本物の天才の思考回路を予想するなんて不可能だった。
とはいえ、今の彼女は監視されている身の上だし、基本的な常識を備えた人物だ。ディマに対して、無体なマネはしないだろう。
仮に何か仕掛けられたとしても、ディマは経験豊富な実力者。自力で乗り越えられるとも思う。
チラリと彼女の愛らしい顔を窺う。
まぁ、ここで『あとは任せた!』と放り出すのは違うよな。アリアノートの目的も気になるし、許してくれるのなら同席しよう。
「殿下との話し合いの際、オレも同席していいか?」
「構わぬぞ。わしとしては、その方が心強い」
殿下の相手をする時は頭を使うからのぅ、と苦笑を溢すディマ。
そんなわけで、帰るのは延期となった。お茶を用意し直し、オレたちはアリアノートが到着するのを待つ。
約三十分後。アリアノートは学園長室に到着した。普段通りの薄い笑みを湛え、王族らしい優雅な一礼をする。
「ごきげんよう、ゼクスさん。ご無沙汰しております、学園長殿」
「ごきげんよう、アリアノート殿下」
「卒業式振りじゃな、殿下。息災か?」
「おかげさまで。本日は、突然の訪問にもかかわらず受け入れてくださり、感謝いたしますわ」
「構わぬよ。元教え子の頼みは無下にできぬ」
「聖王家ではなく教え子であることを優先する辺り、学園長殿らしいですわね」
互いの挨拶から始まった会話は、たわいない雑談によって朗らかに進む。
しかし、いつまでも平穏な時間が続くわけではない。カップのお茶を一口含んだアリアノートは、早々に本題を切り出してきた。
「早速ですが、私が訪問した理由を明かしましょう。魔女のコミュニティについての話をするために参りました」
「すまぬが、魔女のコミュニティについてなら、心当たりはないぞ。ゼクスにも伝えてある」
アリアノートのセリフに、ディマは申しわけなさそうに答える。
ところが、アリアノートはまったく予想外の返しをした。
「いえ、尋ねる方ではありません。私が助言をする側です」
「なんじゃって?」
「なに?」
ディマもオレも思わず声が漏れる。それほど驚いたんだ。
だって、そうだろう。アリアノートは魔女でも何でもないはずなのに、『アドバイスを贈りに来た』と発言したんだ。意味が分からないにも程がある。
瞠目するオレたちを見て、アリアノートはクスリと笑った。
「百点満点の反応をありがとうございます。順を追って説明いたしますね」
それから、丁寧に語り始める彼女。
「大前提として、昨日の襲撃が魔王教団の単独犯行ではないと、私も考えておりました。あれほど高度な呪いを使う、もしくは同レベルの呪物を製造するなど、主力を失った教団には不可能でしょう。また、フォラナーダの方々の目を掻い潜ったことも、この説を補強する一因ですわ」
「オレと同じ結論に至ってたわけですか」
魔女のコミュニティに関しては、あくまでも推測に過ぎなかった。だが、アリアノートも同意見となると、ほぼ確定といって良いだろう。それくらい、彼女の頭脳は信用できる。
「はい。ただ、私は、ゼクスさんが同じ推測をして学園長殿の下へ向かうことも予想していました」
――嗚呼。やはり、天才だ。
今のセリフで確信した。ここまでの流れは、すべてアリアノートの推測通りだったんだ。オレがディマに魔女関係の質問をすることも、その後にデートをすることも、アリアノートの訪問を聞けば同席を願い出ることも。
どういった頭の構造をしていれば、これほどの精度で未来を予想できるんだ? 彼女の頭脳は、あまりにも規格外すぎる。
アリアノートに戦慄を覚えたのは、オレだけではなかった。隣に座るディマも、僅かに頬を引きつらせている。
黙り込むオレたち二人にニコリと頬笑んだ彼女は、そのまま続けた。
「学園長殿の過去は、触り程度ながら聞き及んでおりました。ゆえに、ゼクスさんの質問が空振りに終わることも読めていましたわ」
「分かってたのなら、行動を起こす前に教えていただきたかったですね」
どこまで予想しているんだよ、と呆れ返りながらも、オレは苦言を呈する。
対して、アリアノートは小さく苦笑いした。
「申しわけございません。万が一もありましたので。もし、ほんの一言でも耳を傾けていましたら、それは大きなヒントになりますから」
彼女の意見に、ディマは頷く。
「わしが、見敵必殺していない可能性も考慮したわけか。当時のわしの荒ぶりようを知らぬのであれば、その判断も無理はあるまい」
なるほど。オレはディマ本人に聞いていたから詳細を知っていたが、アリアノートはそうではない。先程語った『触り程度』というのは、文字通り概要だけなんだろう。だから、万が一を危惧し、こちらの無駄足を止めなかったと。
オレは一つ溜息を吐く。
「だとしても、少しは事情を教えてくれても良かったのでは?」
改めて苦言を呈したところ。アリアノートは目をパチクリと瞬かせた。そして、小さく笑う。
「そうですわね。説明を怠ったことは認めます、申しわけございません」
謝罪する彼女は、どこか嬉しそうだった。相変わらず機微の小さくて分かりにくいが、確かに喜びの感情がある。
今のどこに、喜ぶ要素があったんだろうか? オレの魔法って、感情は読めるけど、思考を読めるわけではないからなぁ。
かといって、新たに術を開発するつもりはない。敵の頭の中を暴けるのは便利だが、普段の生活に支障が出すぎるもの。
分かるのに分からないフリをする。見ることができるのに見ないよう心掛ける。そういうのは、日々の生活にかなりのストレスを与えると思うからね。
まぁ、アリアノートのことは置いておこう。今、率先して尋ねたい内容でもない。それよりも大事な質問があった。
「結局、助言とは何なんでしょう?」
アリアノートが訪れた目的である助言。それが気になって仕方なかった。
こちらの問いを受け、彼女は居住まいを正す。
「ゼクスさんは、組織への勧誘の効率化を目指すのに、大事なことは何だと考えますか?」
「えっと……宣伝か?」
唐突な質問に困惑しながらも、オレは答える。
アリアノートは首を横に振った。
「それも場合によっては大事ですが、違います。勧誘の効率化でもっとも大切なのは、対象を絞ることです。どういった層を誘うのかを限定し、それに適した勧誘を行うことが、効率化と成功率の向上に繋がります」
「つまり、魔女のコミュニティは、特定の条件に沿って勧誘を行っていると?」
「その通りです。私の推理が間違っていなければ、かのコミュニティは魔女に成り立ての新人を中心に声を掛けているはずです」
「新人か。その心は?」
理屈は分かる。右も左も分からない新人の方が、組織の恩恵を受けやすい。誘われれば、たいていは乗っかるだろう。
しかし、アリアノートは、別の考えもあって断言している風に見えた。
「魔女という存在が肝ですわ。その性質上、彼女たちは世間から追われやすい。正体が露見したら刺客を差し向けられ、寄る辺もありません。ゆえに、勧誘の成功率は上がります」
「確かに、魔女になったばかりの者なら、勧誘に飛びつきそうじゃ。魔女について何も分からない上、周りは敵ばかりじゃからのぅ」
心当たりがあるのか、ディマは同意を示した。
アリアノートは続ける。
「ベテランを除外するのにも理由があると考えています。魔女は、呪いや禁忌を扱う者たち。そうまでして叶えたい願いを抱く者たちです。きっと、我の強い者が多いことでしょう」
「組織的な行動ができないってことか」
魔王に心酔していた西の魔女、お調子者の原初の魔女、世界を滅ぼそうとした西の魔王、復讐に傾倒した生命の魔女。こうして列挙すると、あくが強いヒトばかりだ。多少の例外はあるものの、組織には向かないだろう。
「コントロールできない奴を誘うメリットはない、ということですか」
「もしくは、新人のうちに囲い込み、ある程度は組織に従うよう、何らかの仕掛けを施していたのかもしれません」
「あり得る話ですね。でなければ、成長とともに組織を抜けていくでしょうし」
アムネジアなんかは、その典型な気がする。あれだけ自分の研究に固執していた奴が、外部にそれを提供するとは思えない。命令遵守の呪いが施されていたと考えるなら、まだ納得がいった。
ディマが軽く手を挙げる。
「話をまとめよう。つまり、じゃ。魔女のコミュニティが存在し、そやつらが魔王教団を裏から操って聖王国を襲撃した。そういうことじゃな?」
「はい。新人魔女を勧誘している部分以外は、謎が多いですが」
アリアノートが肯定し、しばしの沈黙が流れる。
裏に潜む組織を認識できたのは良かったが、やはり不明点が多すぎる。今さら、聖王国を襲ってきた意図も分からない。やろうと思えば、もっと前に仕掛けられたはずなのに。
とはいえ、情報収集も骨が折れそうだ。何せ、魔女の集団である。必ず、認識阻害に特化した人員がいる。
おそらく、昨日の襲撃にギリギリまで気づけなかったのも、その技術が使われたからだろう。
「どうしたものか……」
オレが懊悩していると、アリアノートは何てことない風に言う。
「案外、取っ掛かりを見つけるのは、簡単かもしれませんよ」
「なに?」
「どういうことじゃ?」
首を傾げるオレとディマに対し、彼女は薄く笑う。
「よく思い出してください。我々の手元には、魔女のタマゴがいらっしゃるではありませんか」
「?」
眉を寄せるオレだったが、数秒ほどで思い出した。エセ関西弁で喋る一人の女性のことを。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




