Chapter24-2 結婚式と襲撃(4)
【刻外】をも使用して、たっぷりお喋りをしたオレとディマ。しかし、まだ少し物足りないということで、学園内を散歩することになった。
外出するなら【刻外】は使えなくなるが、散歩をするくらいの余裕はある。
手を繋いで歩き、たわいない会話で花を咲かせる。若干、通報を受けかねないビジュアルだが、オレたち二人は有名人なので問題ないだろう……たぶん。
程なくして、視線の先に見覚えのある顔を発見した。
「ターラたちか」
その広大さゆえに、学園の敷地内には、休憩所として東屋が点在している。そこにターラ、モーガン、ネレイド、エインセル、実湖都、ネモの六人がいた。魔駒クラブの女性陣に、ミコツとネモを加えた面子だな。
ちなみに、実湖都はオレたちが卒業した後も、学園に通っている。彼女が、もう少し学んでみたいと乞うてきたためだ。歳の同じ一年生組と仲良くなったことが要因だろう。
これまでの生活態度から危険性は低いと評価されていたこともあって、彼女の願いを承諾した。
無論、監視はつけている。メイド兼諜報員のネモと、傍で隠密している諜報員が一人だ。
ターラたちと楽しそうに談笑しているところを見るに、問題なく過ごせているみたいだな。報告は受けていたものの、実際に目の当たりにすると安堵の気持ちが湧くよ。
「声を掛けても良いぞ」
ふと、隣のディマが提案してきた。
オレは僅かに目を見開き、尋ね返す。
「いいのか?」
「うむ。この程度で機嫌を損ねたりはせんよ。二人きりで過ごす時間は、この先いくらでもあるからのぅ。それに、わしも教え子たちの雑談に加わってみたい」
学園長という立場を考え、普段は遠慮しておるんじゃ。そう彼女は嘯いた。
強がりでもなさそうだ。ディマのセリフに、一切の虚偽はない。彼女の感情は、余裕と好奇心で満ちていた。
至極当然の反応だった。ディマは正真正銘の不老不死なので、『時間はいくらでもある』という言葉のスケールが違う。
さておき、恋人の許可を得られたのなら、遠慮する必要はない。後輩たちと交流することにしよう。
オレとディマは、手を繋いだまま彼女たちの下に近寄った。
真っ先にこちらに気づいたのはネモだ。談笑の邪魔にならないよう、静かに一礼してくる。
フォラナーダの訓練を積んだ本職とあって、さすがに気配察知が上手いな。他への配慮も行き届いている。
次に気がついたのは、ターラと実湖都だった。オレの手解きを受けているターラと実湖都が同時なのは意外だ。
いや、そうでもないのか? たしか、実湖都は精神感応系の能力に秀でていたはず。それの影響で、感覚が鋭くなっているのかもしれない。
二人が動いたことで、残る三人もこちらに気づいた。そして、慌てた様子で頭を下げてくる。
オレたちはその姿に苦笑を溢しつつ、さらに歩み寄った。
「そんな畏まらなくていいよ。ここは公の場所じゃない。クラブに参加してた時と同じ感じで大丈夫だ」
「わしのことも気にするな。今は、ゼクスの同伴者にすぎぬからのぅ」
「そうですか?」
小首を傾げながらも、肩の力を抜くターラ。続いて、モーガンや実湖都も自然体に戻った。
この辺りは、慣れた対応である。幼馴染みのターラは今さらの話だし、モーガンもこの一年ですっかり毒されていた。
実湖都については、文化の違いだろう。身分制度のない世界の出身なら、そこまで気にしないのも当然だ。
配慮している方だとは思うけど、やはり、現地の者たちよりは緊張感がない。せいぜい、会社の上司へ向ける程度の態度だった。失礼ではないけど、根底にある心構えが異なる。
まぁ、それが悪いとは言わないさ。表面上はちゃんとしているからね。それに、今回は良い方向に働いている。
一方、エルフ組の二人は、未だ表情がぎこちなかった。これでも、半年前よりはマシになっているけども。
全員を着席させ、オレたちも空いている席に座る。それから、この場の代表っぽいターラに質問した。
「それで、何の話をしてたんだ?」
「恋バナですよ」
「「「!?」」」
何てことない風に答えるターラに対し、実湖都、ネレイド、エインセルはギョッと表情を強張らせた。
そんな彼女たちを見て、ターラは首を傾げる。
「どうしたの?」
「えっと……」
「いや、その……」
「何で素直に教えちゃうんですか? いくらフォラナーダ伯爵閣下とはいえ、男性相手ですよ?」
実湖都とネレイドは口ごもったが、最後のエインセルはハッキリ疑問を口にした。顔には、強い非難の色が浮かんでいる。
なるほど。エインセルたちの言い分は理解した。確かに、女子会の恋バナに男が割り込むのはマナーが悪い。
失敗したな。まさか、そういった話をしていたとは思わなかった。ここは出直した方が良いか。
そう結論を下したオレだったが、こちらが行動を移すよりも先に、ターラが言葉を紡いだ。
「だって、ゼクスさんは妻帯者で、百戦錬磨のモテ男だよ? 貴重な恋愛体験、訊きたくない?」
「百戦錬磨って」
彼女の表現に、頬を引きつらせる。
恋愛経験が他者よりも多く、特殊なパターンも経験している自覚はある。だが、百戦錬磨とは違うのではないだろうか? 他者に威張れるほど、巧みではないと思う。
しかし、他の面々はオレとは異なる感想を抱いた模様。何故か、『ものすごく納得がいった』みたいな顔をしていた。
隣のディマからも小突かれる。
「後輩の期待には応えるべきじゃぞ?」
「他人事だと思って……」
オレは溜息を一つ吐き、一応前置きした。
「期待通りの話にならなくても、文句は言うなよ?」
「それはあり得ないです。だって、結婚直前に、学園長と恋仲になるようなヒトですし。どう転ぼうと、面白い話になります」
「んなっ」
ターラの返しに、ディマは驚きの声を漏らした。
もしかして、手を繋いでおいて、恋人関係なのがバレないとでも思っていたのか? 妙なところで抜けている。
「……変な方向にたくましくなりやがって」
「ゼクスさんの弟子ですから」
本当に、遠慮がないというか何というか。
もう一度溜息を吐いてから、オレは彼女たちに尋ねた。
「オレの話をするのはいいけど、その前に、キミたちがどんなことを話してたのか訊きたい。ジャンルは合わせた方がいいだろう」
直前まで語り合っていた内容と同じ方が、彼女たちも取っつきやすいと考えての提案だった。
「幼馴染み同士の恋愛はどうか、ですね。ほら、お兄ちゃんたちのこともあったので」
「なるほど。モーガンにもアルトゥーロって幼馴染みがいるから、盛り上げやすいのか」
「そういうことです」
幼馴染みで恋仲になったダンたちとは反対に、モーガンたちは一切そういった気配がない。良い対比になっていると思う。
すると、若干不服そうにモーガンが溢した。
「アルトゥーロは絶対にあり得ません。友人としては良いですが、恋人としては子どもすぎます」
よっぽど、二人の仲を疑われるのが嫌らしい。眉間には深いシワが刻まれていた。
オレは苦笑いしながら頷く。
「幼い頃から相手を知ってる分、そういう対象に見れない気持ちは分かるよ」
「そうなんですか? ゼクスさんたちもお兄ちゃんたちも、普通に付き合い始めたじゃないですか」
身近な人間がたいてい恋仲に発展しているせいか、ターラはいまいち納得できていないようだった。
「オレたちは例外かなぁ。環境が環境だけに、子どもながらの恥ずかしい過ちは少なかった上、何にも負けない絆を育んできたから」
「でも、お兄ちゃんはバカやってましたよ?」
「あの二人に関しては、ミリアの想いが強かったんだろう。ダンの方は、告白されるまで意識してなかったわけだし」
九令式の前から、ダンのことが好きだったと聞いている。その想いの強さは、純粋にすごいと思う。まったく気づいていなかったダンには、違う意味で驚くが。
オレたちが語り合っていると、実湖都やエインセル、ディマも口を開いた。
「幼馴染みが恋愛対象外って、何となく分かる気がします。同級生の男の子って、子どもっぽい子が多いですからね」
「分かる分かる。あたしの場合、精霊魔法師って立場も影響してると思うけど、同い年ほど、無駄な虚勢を張る男子が多かった印象」
「学園ができてからは、幼馴染み同士の結婚は減ったかもしれんのぅ」
「へぇ」
各々の視点による意見は、ターラにとって非常に参考になったらしい。興味深そうに頷いていた。
モーガンがディマに問う。
「学園ができる前は、違ったのですか?」
「うむ。たいていの者は出身地から出ぬ。よって、歳の近い同郷の者と結婚するのが通例じゃったな」
「そういう理由ですか。時代を感じますね」
彼女の表情を見るに、『学園制度があって良かった』とでも考えてそうだ。どれだけ、アルトゥーロとくっつくのが嫌なんだか。
心のうちで苦笑を漏らしていると、ターラがこちらに声を掛けてくる。
「では、ゼクスさんたちが付き合い始めた理由、話してもらいましょうか。今までの流れからして、幼馴染み同士の結婚って珍しいみたいですから」
チッ、うやむやにできなかったか。
上手く別の話に誘導できたと思ったんだが、流されてはくれなかったよう。
他のみんなも目を輝かせているため、逃亡は難しい。
「分かった。話せる範囲で話すよ」
仕方ない。後頭部を掻きながら、オレは口を開く。
自分の恋愛事情を語るのは苦手なんだが、たまには惚気話も構わないか。
その後、東屋には囃し立てるような黄色い声が何度も響いた。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




