Chapter24-2 結婚式と襲撃(3)
パレード中の襲撃はあったものの、その後に新たな襲撃が起こることはなく、いつもの王都に戻った。
王都民なんて、二時間ほど経過したら普段通りの生活を送り始めていたよ。おそらく、これまでの経験の賜物だろう。来賓の方々は、ものすごく驚いていたけどね。
一方、確保した敵の尋問だが、あまり収穫はなかった。
というのも、粗方の記憶が消えてしまっていたんだ。彼女の認識では、自分は十五歳の村娘だというんだから困ったものだ。
十中八九、呪いで記憶を消したんだろう。そんな兆候はまったく感知できなかったので、オレが彼女を捕捉する前に呪いを使ったんだ。
明らかに、逃げ切れないことを前提にした動きだ。彼女は、自爆特攻要員だったと考えられる。
この推測が正しいのなら、余計に敵の目的が分からなかった。主犯の結末を考慮すると、失敗すると理解していたにもかかわらず、実行したように思える。
謎といえば、記憶消去の呪いを使用した点も気掛かりだ。あれは魔女アムネジアの研究だったはず。彼女と関りのなかった魔王教団が使ったというのは、辻褄が合わなかった。
オレたちが把握していない繋がりがあったと考えるべきなんだろうけど、どうにも釈然としない。
残党程度が高性能の呪物を所有していた疑念も含めると、やはり、単純な魔王教団の犯行だとは思えなかった。
黒幕の最優良候補は帝国だ。戦争を目前にして、嫌がらせ目的で魔王教団をけしかけてきた。そんな考えが頭を過るのは、無理からぬことだろう。
しかし、確定とは言えなかった。何せ、帝国にとっての具体的なメリットが思い浮かばない。何らかの成果を上げるならともかく、今回の襲撃は失敗前提だったんだ。帝国の利はまったくないと思う。
オレが考えつかないだけで、何らかのメリットが存在するのかもしれないが……そこはアリアノート辺りに相談するしかなさそうだ。
ただ、彼女も戦争前で忙しい。アポイントメントは取ったので、その時にゆっくり尋ねるとしよう。
そうなると、面談まで時間の猶予が生まれる。その間を無為に過ごすのはあり得ないだろう。
というわけで、オレは他の黒幕候補について、情報収集することにした。
パレードの翌日。昼頃に訪問したのは、つい先日卒業したばかりの学園――その学園長室だった。この部屋の主たるディマに、とある質問するためである。
「『魔女に横の繋がりはないのか』のぅ……」
隣に座る彼女は、用意したお茶を一度口にしてから、オレの質問をオウム返しに呟いた。
そう。オレが彼女に教えてほしかったのは、魔女に関する内容だった。
今回の襲撃で肝となっているのは呪い。そして、呪いといえば魔女だからね。
また、魔王教団が魔女アムネジアの研究成果を使っていたのも、魔女を調べる理由となるだろう。魔女同士を繋ぐコミュニティがある可能性は、大いに考えられる。
ちなみに、『原初の魔女』と呼ばれるガルナにも訊いてみたんだが、そちらは空振りに終わっていた。本人曰く、『自分は過去の所業から魔女と呼ばれているだけであって、正式な魔女ではない』とのこと。かつて敵対した魔女に、『お前は魔女ではない』と怒られたことがあるらしい。
どうやら、教会の認定とは別に、独自の魔女の定義が存在するようだった。それが魔女の共通認識なら、よりいっそうコミュニティの実在が疑われるね。
話を戻そう。
オレの問いに対し、ディマはアゴに指を添えて思案を巡らせている。過去の記憶を振り返っているんだと思う。千年生きる彼女にとって、その労力は膨大だ。
すぐに思い出せない時点で、重大な情報は得られないと判断できた。
だが、大人しくディマを見守る。おそらく、今の彼女は、些細なヒントが転がっていないか探っているんだろうから。
程なくして、ディマは申しわけなさそうに告げてくる。
「記憶にある限り、お主の求めるような情報はないな」
「そうか」
「すまぬのぅ」
謝る彼女の姿は、意気消沈という言葉が似合った。情報を提供できなかっただけにしては、落ち込みすぎである。
もしかしたら、恋人になって初めて頼られたから、良い格好を見せたかったのかもしれない。愛い奴め。
オレは小さく頬笑み、ディマの両手を優しく握る。
「気にしないでくれ。頑張って記憶を探ってくれただけ、オレは嬉しかったよ」
「ゼクス……」
ちょっとクサすぎるかな? と思ったが、そんなことはなかったみたいだ。ディマは僅かに頬を赤らめ、感動した表情を浮かべている。
然もありなん。長い生の中で他者の恋愛は見てきた彼女だけど、自らが恋愛するのは初めてだと聞いた。
傍から見るのと、実際に体験するのは大きく異なる。こういったベタな愛情表現は、かなり効くんだろうな。
何というか、チグハグなんだよなぁ。初心のようでいて初心ではない。かといって、所々で慣れた反応をするので、ただの耳年増とも違う。今までにないタイプの恋人で、なかなかに新鮮だった。
ディマの感情が落ち着いたのを見計らい、オレは言葉を紡ぐ。
「魔女のコミュニティがあるかもって予想は外れか」
割と自信があったんだけど、ディマほどの魔女が知らないとなると、可能性はほぼ皆無だろう。
やはり、前世――原作知識以外は、あまり当てにならないな、オレの頭脳は。それなりに勉強はできるが、本物の天才には敵わないもの。卒業時点で、オルカやスキア、アリアノートに学力で負けていたのが良い例だ。
心のうちでそんな風に落ち込むオレだったが、ディマが「いや」と首を横に振る。
「まだ、断言はできぬと思う」
「でも、心当たりはないんだろう?」
「わしの記憶にはない。じゃが、懸念点が一つある」
「懸念点?」
渋い顔をする彼女に、オレは首を傾げる。
雰囲気から察するに、あまり答えたくない内容のようだ。しかし、こうして語り始めたということは、明かす気はあるんだろう。
であれば、彼女が覚悟を決めるまで、オレはゆっくり待つ。
ディマが続きを話すまで、そこまで時間を要さなかった。彼女は、渋面を浮かべたまま語る。
「わしがヤンチャしておったことは、すでに話したと思う」
「嗚呼。復讐を果たすため、聖王国とドンパチやり合ってたっていう」
「そう。当時、わしには一切の余裕がなかった。近づく者はすべて敵と捉え、見境なく攻撃しておった。魔女としての力を身につけたのも、その期間だったはずじゃ」
「つまり?」
「お主の予想する『魔女のコミュニティ』が存在するとしたら、きっと新人魔女の勧誘を行うじゃろう。組織を維持するなら増員は必須事項じゃし、勧誘の成功率を上げるなら、新人を当たるのが良い。しかし、当時のわしは、誰も彼も屠っておった」
「……勧誘の使者が来ていたとしても、語る前に殺してしまった可能性が高い、と」
「うむ。殺すまではいかなくとも、敵認定は受けたじゃろう」
「敵となった魔女に、わざわざ改めて接触してこないか」
「そういうことじゃ。自らの不手際や役立たず具合を語るのは恥ずかしいことこの上ないが、そのせいでゼクスの迷惑になるのは避けたい」
「いや、正直に話してくれて助かったよ」
シュンと気落ちするディマの頭を、オレは優しく撫でる。
とは言ったものの、振出しに戻ってしまったのは痛いな。ディマとガルナ以外に、魔女の知り合いなんていないし、これ以上は調べようがない。さて、どうしたものか……。
解決しない難題に頭を悩ませつつ、口を開く。
「用事は済んだし、帰るよ。邪魔したね」
自分の仕事が残っているのもそうだが、学園長業務で忙しいディマを気遣ったつもりだった。
だが、それはいらぬ配慮だったらしい。
オレが立ち上がろうとしたところ、ディマがオレの裾を掴んだんだ。
彼女は上目遣いで呟く。
「もう少し、一緒におらんか?」
可愛い恋人に懇願されて、意見を翻さない男がいるだろうか?
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




