Interlude-Marina 対新技
三月中旬。穏やかで温かな空気が肌を撫でるようになってきた頃。わたし――マリナは、相棒のマイムちゃんを伴ってフォラナーダの地下訓練場にいた。
もちろん、訓練をするために足を運んだんだけど、残念ながら先客がいた。わたしの目の前で、ミネルヴァちゃんとニナちゃんがゼクスさま相手に奮闘している。
「連射!」
ミネルヴァちゃんが、発動済みの【色彩万魔】によって無数の矢を撃ち出す。それらは数多の軌道を描いてゼクスさまに襲いかかった。
回避はできそうだけど、安易に避けるのは悪手かな。ミネルヴァちゃんの表情を見るに、回避後を狙っているように感じるし。
それはゼクスさまも心得ているみたい。足を動かすことなく、周囲に生み出した白い羽のような刃で迎撃を始めた。五属性の矢と無属性の刃が衝突する度に砕け、魔力の残滓が周囲に舞う。
「きれ~」
それを見たマイムちゃんは大はしゃぎしていた。
うん。確かに、六色の魔力が舞い散る景色はとてもキレイだと思う。傍から見ていれば、だけど。
当然、戦っているミネルヴァちゃんに余裕はない。厳しい目つきで矢の連射を続けていた。威力や角度、矢の形などを微調整しているけど、突破できる気配は、一向に感じられない。
とはいえ、何もミネルヴァちゃん一人で戦っているわけではなかった。
「シッ!」
ミネルヴァちゃんの矢の弾幕に紛れ、ニナちゃんがゼクスさまの懐まで潜り込んでいた。構えた剣を逆袈裟斬りに振り上げる。
まぁ、それでも、ゼクスさまには届かないんだけどねぇ。
ゼクスさまは一歩――たった一歩後ろに下がることで、ニナちゃんの一閃を避けた。極小の動きだから、体勢もまったく崩れていない。彼女の間合いを読み切った、完璧で最小限の回避だった。
体勢が崩れていないということは、反撃も容易いということ。
次の瞬間、ニナちゃんは弾き飛ばされていた。一瞬すぎて確証は得られていないけど、たぶん、殺傷力の低い【銃撃】を放ったのかな? それで彼女を吹き飛ばしたんだ。
相変わらず、ゼクスさまの魔力操作は神懸ってる。感知に特化しているわたしやマイムちゃんでも、たまに魔法の発動を察知できないんだもん。
でも、ニナちゃんもただでは転ばない。後方に飛びながらも、魔力を乗せた飛ぶ斬撃でゼクスさまを牽制し、ミネルヴァちゃんの隣に着地した。
もしかしなくても、後ろに飛んで威力を往なした? わたしでも感知しにくかった攻撃を察したなんて、ニナちゃんもニナちゃんでスゴイなぁ。きっと、勘で動いたとか言うんだよ、あの子。
ミネルヴァちゃんたちは小声で一言二言交わした後、左右に分かれて駆け出した。その間も攻撃の手を緩めることなく、それぞれ魔法矢と斬撃を連射している。
対するゼクスさまは、迎撃に留めていた。
どうやら今回の模擬戦、二人の実力を測るためのものらしい。ゼクスさまから積極的に攻めることはなさそうだった。
三人を結ぶと『ヘ』の字になるような位置取りになると、唐突にニナちゃんがゼクスさまへ向けて突貫した。剣を正面に構え、突きの体勢で直進していく。
偽神化の速力も合わさり、彼女の突きは巨大な槍と化す。巨大な【銃撃】の如く、だ。ゼクスさまも白い刃で応戦するものの、ことごとくが弾かれている。
とうとうゼクスさまの下に辿り着くニナちゃん。
ミネルヴァちゃんの弾幕にも対応しながらの状況では、さすがのゼクスさまも大きく動くしかなかったみたい。片手を彼女に向けて詠唱した。
「【螺旋】」
ゼクスさまの魔力が渦を巻き、物理的な圧力を与える。周囲の空間を螺旋状に歪ませ、捻じれた虚空はニナちゃんを捕らえる拘束と化した。
偽神化と言えど、ゼクスさまの魔法を突破するのは難しいらしい。ニナちゃんの突貫は、その場で完全に停止してしまう。
そうなると、魔法の影響は彼女にまで及び始める。剣の先端や服の端などが捻じれ始めた。
しかし、ニナちゃんは眉を寄せつつも、慌てない。ゆっくり息を吐き、拘束された剣を微かに動かす。
そして、
「――正鵠斬消」
厳かな声とともに、剣を振り下ろした。
そう。魔法によって絡め取られていたはずの剣を動かしたんだ。
よく見れば、ゼクスさまの魔法が消えている。たぶん、今の攻撃で消滅させたんだと思う。
ただの剣技で魔法を消し飛ばすとか、ニナちゃんはやっぱりニナちゃんだった。ゼクスさまも苦笑いしているし。
次はどんな攻防が繰り広げられるのか。固唾を飲んで見守っていたところ、魔法を連射してフォローに回っていたミネルヴァちゃんから、声が上がった。
「ニナ!」
「ッ!」
それを受け、大きく後ろに下がるニナちゃん。
ゼクスさまは追撃しない。今回の方針もあるけど、追いかける暇なく彼の体を何かが拘束したからだ。
虹色に光る七本の鎖。それがゼクスさまの全身を雁字搦めにしていた。
「魔法じゃない?」
「魔法だけど、魔法じゃない。すこし、ミネルヴァの魔力がまざってる」
わたしは怪訝に呟くと、マイムちゃんが補足してきた。
つまり、ミネルヴァちゃんの魔法がベースだけど、別の何かが加わっているってこと?
確かに、それなら現状に辻褄が合う。だって、ゼクスさまがまったく抵抗できていないんだもん。
ガチャガチャと鎖を鳴らすゼクスさまに向かって、ミネルヴァちゃんは得意げに笑った。
「【星煌縛封】。あなたの力を封じる術よ」
「魔法に”星の力”を加えたのか。ここまで上達してるとは驚いた。数日前までは、詠唱が必須だっただろう?」
「私も成長してるのよ」
星の力。聖剣の下となった力だっけ? ミネルヴァちゃんとスキアちゃんが研究していたはず。
なるほど。それならゼクスさまを拘束できるのも納得だ。あの力は、ゼクスさまへの特攻だから。
普通なら、勝敗は決したも同然。もはやゼクスさまに打つ手はない。
ただ、わたしはそう思えなかった。だって、あのゼクスさまだもん。負けるビジョンが浮かばない。それに、今の彼は何一つ焦っていないし。
その辺りはミネルヴァちゃんやニナちゃんも感じていたよう。二人とも眉根を寄せ、トドメとばかりに攻撃を繰り出した。五属性の魔法による弾幕が、ゼクスさまを襲う。
しかし、
「【分解】」
たった一言の詠唱と同時、ミネルヴァちゃんの魔法はすべて消滅した。もちろん、彼を拘束していた鎖も。
その事実を受け、ミネルヴァちゃんは瞠目する。
「良い術だとは思うけど、まだまだ粗いかな。”星の力”に指向性を持たせるのが魔力である以上、それを阻害すれば良いわけだし」
「ッ!? そんなことできるの、あなたくらいでしょう!」
あっさり解決策を見出したゼクスさまに、ミネルヴァちゃんは悔しげに怒鳴る。
どうやら、簡単にできるはずのない方法で突破してしまったらしい。さすがはゼクスさま。
すると、わたしが感心している隙に、一つの影がゼクスさまに迫り来る。
「油断大敵」
ニナちゃんだった。ゼクスさまを斬り捨てんと横一文字に剣を振り払う――が、
「油断なんてしてないよ」
またもや、一歩後ろに下がることで回避してみせるゼクスさま。ニナちゃんの一撃は、虚空を斬るだけに終わった。
渾身の攻撃が不発に終わり、ニナちゃんは悔しがると思った。でも、実際の彼女の笑みは消えていない。
「だから、油断大敵と言った」
再び呟かれるニナちゃんの言葉に合わせ、ゼクスさまの胸元が裂けた。まるで、彼女の剣に斬られたかのように。
それを認めたわたしは得心する。嗚呼、あのトンデモ攻撃かと。
ニナちゃんが最近開発した、過去を斬るという攻撃。戦闘で活用できるレベルだと最大五秒しか遡れないらしいけど、それでも異常すぎる剣術。
たぶん、ミネルヴァちゃんが色々やっている間に、集中力を高めていたんだろう。そして、満を持して攻撃したんだ。
無防備な過去なら、ゼクスさまでも防ぎようがなかったみたい。その証拠に、彼の胸元は裂けて……?
「斬れてない?」
わたしが疑問に思うのと同じタイミングで、ニナちゃんが目を見開いた。嘘だと言わんばかりに驚愕が顔を彩っている。
そう。ゼクスさまの胸元は斬れていなかった。服は裂けているんだけど、体の方は無傷だったんだ。
ゼクスさまは肩を竦める。
「概念系の攻撃は、神化状態等の相手には効果が弱まるんだよ。もっと威力を上げないと、オレには通らない」
過去を守る方法はあるってことだ、とゼクスさまは語った。
この時、この場にいる全員の心は一致していたと思う。ゼクスさまは反則すぎる、と。
結局、この後のゼクスさまの反撃により、ミネルヴァちゃんとニナちゃんはボコボコにされていた。
頂へ辿り着くには、まだまだ精進が足りないらしい。わたしも頑張らなくてはいけないと痛感しました。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




