Chapter23-ep 一つが終わり、次に進んで
結論から語ろう。戦争は連合軍の勝利で終わった。主戦力の座天使と主天使の全滅は、やはり天翼族にとって致命的だったらしい。カロンとニナが大将を討伐した後、敵軍はあっという間に瓦解したという。
ただ、戦線から逃げた残党もいるようで、連合軍の解散はしばらく先になるとのこと。戦後の後始末が終わっても、まだまだ忙しいとプリムラが愚痴っていた。
一方、オレが攻めた塔は、完全に崩壊した。居合わせた天翼族は、大半が巻き添えを食って死んだみたいだ。いくらか生き残った者もいるけど、未だ混乱は収まっていない。
然もありなん。彼らの支柱だったディナトは滅び、智天使、座天使、主天使という上位陣のほとんども消えたんだ。精神的なダメージは計り知れない。
加えて、まとめ役に繰り上がったのが、中間管理職にすぎなかった力天使や能天使というのも宜しくない。戸惑う生き残りをまとめるには、あまりにも荷が勝ちすぎている。
これはオレの予想になるが、天翼族は複数のグループに分裂し、内部抗争に発展するだろう。誰が次のリーダーになるか、戦いで決めるんだ。
おそらく、高確率で当たる。天翼族の歴史は戦いの歴史。平和的に解決するはずがない。
……いや、天翼族でなくとも、似たような展開になりそうか。権威に溺れた輩の業は深いからなぁ。
ただ、その権力争いに、イミルティーナは参戦していない。彼女が生き残りの中でもっとも位が高いものの、肝心の本人が興味を抱いていないからだ。
むしろ、イミルティーナの興味は、オレたちフォラナーダに向いていた。改めて顔を合わせたら、開口一番に雇ってくれと言われたのは驚いた。
こちらとしては心強い戦力ではあるけど、受け入れるのは条件付きとした。鬼魄族たちの復興を手伝った後、合流するように命じたんだ。
軍人としての職務をまっとうしただけとはいえ、彼女たちは多くの鬼魄族の命を奪っている。贖罪は必要な過程だろう。
イミルティーナも、『敗戦国の兵なら当然の責務だな』と受け入れてくれたので良かったよ。問題は鬼魄族たちとの確執だけど、そこは時間が解決するのを待つしかない。
そんな感じで、終戦から慌ただしく過ぎた三日後。オレたちフォラナーダの面々と連合軍の有志は、シェルフレンの一画にある訓練場に集合していた。戦後処理が一区切りついたので、オレたちは一旦引き上げるのである。
有志の方は見送りだ。大部分はニナとオルカに鍛えられた、もしくはカロンやスキアに治療してもらった連中で、彼女たち四人は現在進行形で泣きつかれている。ずいぶんと慕われたなぁ。
ちなみに、ミネルヴァやシオン、マリナはこの場にいない。フォラナーダを空にするわけにはいかないので、戦争後すぐに帰ってもらっていた。
「すごい人気ね」
オレと同じタイミングで、別の苦笑が聞こえてきた。
見れば、訓練場の出入口から歩み寄ってきているプリムラがいた。
彼女を認めたオレは肩を竦める。
「女王自らお見送りとは、恐れ入るね」
「大恩人の送迎よ。当然じゃない」
「一旦帰るだけなのに」
さらりと返すプリムラに、オレは再び苦笑を漏らした。
そう。今回の撤退は一時的なものだ。復興支援は続けるため、魄術大陸から完全に手を引くわけでない。今後も、しばしば彼女たちとは顔を合わせる。だから、わざわざ足を運んでもらう必要もなかった。
第一、今のプリムラは相当忙しいはずである。吸血鬼の女王と連合軍の総大将を兼任しているんだから。
前者は、特に多忙を極めているだろう。というのも、先の戦争で五公がさらに減ってしまったから。
功を焦ったのか、裏切りを見逃されたことに思うところがあったのか。理由は不明だが、バウントードが戦死してしまったんだよ。そのせいで五公は半分以下になり、プリムラにも多くの仕事が回っていた。
不幸中の幸いなのは、残る二人の五公が協力的なことかな。
ガンガーティアは高圧的であるものの、愛国心は人一倍だった。プリムラが女王としての資質を示した結果、しっかり忠誠を誓ってくれている。
魄術バカの毛色のライネルも、伊達に公爵家当主ではないようで、状況の最悪さは理解していたらしい。嫌そうにしながらも仕事漬けの毎日を送っている。
そういう経緯があり、現在のプリムラに、見送りに出向く時間的余裕はないはずだった。
しかし、彼女は首を横に振る。
「関係ないわ。それだけの恩を受けたんだもん」
「そこまで気にする必要はないんだぞ? こっちだって、益があるから手を貸したわけだし」
「もちろん、純粋な厚意じゃないことは分かってる。でも、単純に利益のためでもなかったでしょう?」
プリムラは頬笑み、続ける。
「ほんの少しかもしれないけど、そこには確かな善意があった。だったら、アタシたちも善意で応じなきゃダメよ。あなたたちに感謝してますって、心を込めてお礼を言わなくちゃいけないと思うの。間違ってるかしら?」
「……そうだな。その謝意は受け取ろう」
「ええ、遠慮なく受け取ってちょうだい」
クスクスと笑う彼女につられ、オレも笑う。
この約二ヶ月で、プリムラは本当に成長したと思う。元々素養はあったんだろうが、それを加味したって目覚ましい育ち具合だ。
それから、しばらく彼女との雑談に興じていると、新たな人物が会話に加わった。
「すまぬ、待たせたな。わしの準備は終わったぞ」
軽く頭を下げてきたのはサザンカだ。
三百年振りに帰郷できた彼女だったが、こちらに残るつもりはないらしい。戦争が終わった後、フォラナーダに戻りたいとの要望を受けていたんだ。
今も、彼女が合流するのを待っていたのである。三百年前の忘れ物を回収すると言っていた。どう見ても手ぶらだが、深くは尋ねまい。何かしらの思い出の品の可能性が高いし。
オレは、傍に寄ってきたサザンカに改めて問う。
「しつこいようだけど、本当に残らないのか?」
この三日間、何度も繰り返した質問だ。
何せ、三百年振りの帰郷である。ずっと、帰りたくても帰れなかったんだ。フォラナーダに戻るにしても、今回は見送っても良いのではないかと思うのは当然だろう。
しかし、サザンカは首を横に振った。彼女は、苦笑交じりに答える。
「ここは、今回を皮切りに生まれ変わる。過去の遺物が残っても、百害あって一利なしじゃ。現に、わしと同年代のアインゼルも姿を消しておる。これからの時代は、プリムラたちのような若者だけで作り上げていかなくてはならん」
「それは分かるが……」
「心配してくれるのは嬉しいが、本当に大丈夫じゃ。今さらホームシックになるほど、柔な人生は送っておらんよ」
「そうか、分かった」
まったく揺るがないサザンカのセリフを聞き、オレは頷いた。
土壇場で翻意するかとも考えたが、彼女の覚悟は本物らしい。ならば、これ以上は失礼になるだろう。
いや、すでに失礼か。
「何度も尋ねて、申しわけなかった」
「良い良い。わしを慮っての言葉なのは理解しておる」
オレが謝罪を口にすると、サザンカはカラカラと笑った。
ただそれだけの仕草で心が軽くなるのだから、不思議なものだよ。こういうところは年の功だな。
「じゃあ、全員そろったし、【位相連結】を開くぞ」
サザンカも合流したので、オレはみんなに声を掛けてから【位相連結】を発動する。
【位相連結】の前にオレたちが並び、そのさらに前にプリムラたち連合軍の面々が並んだ。
オレはプリムラたちの方を向き、口を開く。
「定期的に使者を送る。戦争の時ほど積極的に協力はできないが、オレは――オレたちは、キミたちがしっかり立ち直ることを願ってるよ」
「ありがとう、ゼクス。女王としても、個人的にも、あなたたちには本当に感謝してる。この恩は、いつか絶対に返すから!」
「期待してる」
少し涙ぐんでいる彼女に、オレは頬笑んだ。
短いようで長かった二ヶ月が終わり、オレたちは元の日常に戻る。
山積している問題はあるが、ようやく一息吐けそうだな。
そして、三月も下旬。もうすぐ卒業式だ。
学園生活の最後くらいは、落ち着いた青春を送りたいものだよ。
これにてChapter23はおしまいです。ありがとうございました。
5月3日まで幕間を投稿し、4日からChapter24を投稿予定です。よろしくお願いします。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




