Chapter23-5 見張る者(9)
建物が崩れる轟音が響き渡る中、オレたちは無言で見つめ合う。お互いが発する魔力のせいか、騒音が激しいはずなのに、不思議と静謐な雰囲気が場を支配していた。
オレは言う。
「たしかに、神や神の使徒は、一つの世界の命運に頓着してないんだろう。彼らの仕事は、あくまでも世界群の管理。言うなれば、森をより良い状態に保つため、不要な木を伐採するようなものだ」
「そう、その通りですよ。ですから、ぼくが遊んでも問題ない。ぼくが世界を見張っている以上、すべてが破綻する心配はないのですから」
「やっぱり、お前は間違ってるよ」
こちらの言葉に乗っかるよう、持論を展開するディナト。
しかし、オレは首を横に振った。この世界に生きる一人の人間として、彼の意思は否定しないといけない。
自分の力があれば、完璧に世界群を管理できるから。そんな理由で好き勝手振る舞っていたら、絶対に破綻する。
あと少しは大丈夫。もうちょっと。次で最後。
そんな風に“遊び”を続けて、致命的なラインを超えるに決まっていた。これほど自分の快楽に正直なディナトなら余計に。
オレの精神魔法に対する自戒と同じだ。線引きを曖昧にすると、自制心の甘い者は徐々にハードルを下げる。そして、取り返しのつかない場所まで辿り着いてしまうんだ。
おそらく、神とやらも同様の考えに至ったんだろう。最初は世界を良くする方向で干渉していても、そのうち目的が反転してしまう。その危険性を理解しているから、神の使徒に厳格な制限をかけているんだ。
神が判断を誤るのかって?
現時点で誤りまくっているじゃないか。ディナトは暴走しているし、グリューエンなんて異分子も発生していた。
神はかなり優秀なんだろうけど、世界群はそれ以上に広いんだと思う。イレギュラーに逐次対応はできないんだ。
まぁ、神に関しては、全部オレの推測にすぎない。今後会う予定もないから、正確に知る必要はないけどね。
「空中戦は面倒くさいし、そろそろ終わりにしようか」
塔の傾きが三十度を超えた。強化なしでは踏ん張れなくなった辺りで、オレは告げる。
対し、ディナトは訝しそうに眉を寄せた。
「終わらせるのは賛成ですが、キミが言える立場ですか? ぼくの進化した魔力に、手も足も出ないというのに」
彼の疑問はもっともだ。今のところ、オレの攻撃は一度も通っていない。
しかし、忘れてもらっては困る。オレの得意分野をさ。
「【進化】」
短い詠唱とともに、オレの魔力が変質する。ディナトと同質――否、より洗練されたものへと変わっていく。
それを目撃したディナトは瞠目した。
「それはッ!?」
「お前の【進化】の能力とやらを、自分なりにアレンジさせてもらった。何度もお手本を見せてくれてありがとう」
礼を言いながら不敵に笑う。
オレが昔から得意とするのは分析と対策。これまでの戦いは、学ぶための時間だったわけだ。
とはいえ、今回は色々と条件がそろっていたお陰で、模倣できたんだけども。
まず、ディナトも言っていたが、人間も【進化】の力を有していること。無意識ながら使っているのなら、あとは自覚するだけだった。
次に、オレが【身体強化】を得手としていたこと。【身体強化】は魔力で能力を上昇させる術。ある意味で【進化】に似ているんだ。模倣の取っ掛かりとするには十分すぎる。
最後に、進化先を何度も観察できたこと。ディナトが進化した魔力を使いまくってくれたお陰で、目指すべき場所が明確になった。これが生命力や霊力だったら、もう少し苦戦していたかもしれない。
魔力の質が同じ地点に至った場合、どちらが勝つかなんて分かり切っているだろう。何せ、他のすべてにおいて、オレの方が勝っていたんだから。
「ありがとう。オレは、また強くなれた」
「ま、待って――」
「【脱色】」
ディナトが言い終える前に、オレは新たな無色魔法を唱える。
それによって、自称神は跡形もなく消滅した。最初から、そこには何も存在しなかったように。
戦闘後の静寂はない。塔が絶賛崩壊中のため、けたたましい音が周囲にどよめいている。今まさに、オレの足場も崩れ落ちた。
「浸ってる場合じゃないな。脱出しないと」
崩落に巻き込まれた程度で死にはしないが、格好がつかないのは確か。ここにはもう用もないので、サクッと帰るとしよう。
しかし、行動へ移る前に、予想外の事態が起こった。
「――何者だ?」
気がついた時には、そこにいた。目をつむったわけでも、話したわけでもない。それどころか、ずっと視線を向けていたはずの目の前だというのに、その人物はいつの間にか立っていたんだ。
一見すると、普通の女性だ。床に着くほど長い黄色の髪と眠たげな黄色い瞳を有する、二十歳前後の美女。
だが、実体と懸け離れているのは明らかだった。オレの探知術を潜り抜けたこともそうだし、崩れ落ちている塔に平然と立っているんだもの。
「何だ、特異点が倒しちゃったのか。完全に無駄足―」
美女はこちらの質問に応じることなく、気だるげな様子で溜息を吐く。それから、何ごともなかったかのように、この場から去ろうとした。その証拠に、彼女の姿が透け始めている。
当然ながら、オレは慌てて制止の声を掛けた。
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ!」
関わらない方が賢明では? という考えが一瞬頭を過ったけど、放置したらしたで面倒だと判断した。
「………………はぁ。なに?」
声に若干の魔力を込めたお陰か、今度は反応してくれた。露骨に溜息を吐かれはしたけども。
気だるげにオレを見つめる彼女。そこには、何の感慨も込められていない。ここまで興味を抱かれない経験は、幼少期以来かもしれないな。
「あなたは何者だ? どうして、ここに現れた?」
美女から『早くしろ』という圧を感じるので、オレは単刀直入に尋ねる。
態度を見るに、素直に答えてくれるとは思っていなかったんだが、彼女は思いのほかアッサリ答えてくれた。
「わたしは『神の癒し』ラビエル。ダルクに代わって、ディナトの始末に来た。でも、すでに完全消滅してるみたいだし、完全に無駄骨」
お前のせいだと言わんばかりに、半眼を向けてくるラビエル。
そんな彼女の視線を苦笑で受け流し、思考を巡らせる。
彼女は神の使徒だったか。合点はいったが、ポンポン登場しすぎでは? こう何度も出会える存在ではないはずなんだけどね。
まぁ、神の使徒との遭遇率は置いておくとして、問題はラビエルの目的だ。先のセリフが真実なのであれば、とある疑問が浮上する。
――ディナトの暴走は、今まで本当に感知されていなかったのか?
ラビエルは、自分のことを代理だと語った。つまり、離反した神の使徒を始末する役割が存在するんだ。そして、それを担っているのが、ダルクという神の使徒なんだろう。
消去法で、オレと敵対している神の使徒は、そのダルクで間違いない。
となると、ディナトの件は一気に怪しくなってくる。奴をオレにけしかけるため、わざと放置していたのではないか、と。
実際のところは分からないけど、盤上で転がされているような気持ち悪さがあった。敵を倒した達成感に、水を差された気分だ。
「もういい?」
渋面を浮かべていると、ラビエルがイラ立った様子で問うてくる。
精神魔法で思考を加速させていたので、さほど時間は経過していないはずだが、彼女にとっては十分長かったらしい。
オレは慌てて頷いた。
「あ、嗚呼。ありがとう」
「じゃっ」
こちらの礼を受けた彼女は、挨拶にしては短すぎるセリフとともに消え去る。
残されたオレは、溜息交じりに呟く。
「帰るか」
すでに塔は原型を留めておらず、オレは魔力の足場を作って直立している状態。この場に残る意味はなかった。
少し後味の悪さは残ったものの、こうして天翼族との戦争は終結するのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




