Chapter23-5 見張る者(4)
塔の半分を超えた辺りで、さすがに侵入が露見した。
「【止まれ】」
前を歩いていたグリゼムたち三人を、【言霊】を使って強制的に止める。そうでもしないと、間に合いそうになかったんだ。そも、素直に言うことを聞いてくれない可能性もあった。
動きを止める彼らとは逆に、オレは先頭に躍り出た。神化の踏み込みによって、一瞬で立ち位置が入れ替わる。
そして次の瞬間、こちらの顔面に向かって、煌々と輝くレーザーが放たれてきた。瞬く間に眼前まで迫ってきたそれを、魔力壁を展開することで防ぐ。
ジュワッと、熱した金属を水につけたような音が鳴る。レーザーと魔力壁の接点に目映い光が灯り、周囲に熱波が拡散された。そのせいで、魔力壁の向こう側の廊下がドロドロに溶け始める。
オレは魔力壁の範囲を拡大し、廊下全体にフタをした。これで、熱がこちら側に襲いかかることはない。
直接防御しているので分かってはいたが、かなりの威力だな。オレやイミルティーナでも、まともに受けたら大ダメージ必至だ。他の三人の場合、一瞬で消し飛んでいただろう。
しかも、この攻撃、転移魔法越しに撃ってきている。前方五百メートル先に【位相連結】と似た穴が開いており、その向こう側は別階層に繋がっているらしい。
大量輸送は無理だけど、魔法一つくらいは簡単に転移させられるわけか。
心のうちで納得しつつ、反撃に出ようとする。
転移越しなどの要因は、障害たり得ない。むしろ、自分の居場所を教えてくれるので楽だ。
探知術で捉えた敵を【銃撃】で撃ち抜こうとしたオレだったが、それが実行されることはなかった。
というのも、さらに三人の新手が現れたためだ。
魔力壁のこちら側。つまり、オレたちの背後から、突如として現れる天翼族の男女。四対八枚の翼を見るに、座天使だろう。
最初のレーザーを撃ってきているのも座天使なので、今回は座天使四人による奇襲ということになる。
事前に魔法の用意は済ませていたらしい。転移してきた三人は、間髪容れず攻撃を繰り出した。溶岩のツブテや風雷の槍が無数に飛来し、赤黒く発色するトゲが地面から突き出てきた。
位置的に、真っ先に攻撃を受けるのはイミルティーナになってしまうが、それを許すわけがない。協力してもらっている以上、しっかり安全は保障する。
継続射出されているレーザーとは違い、背後の攻撃は独立した術。であれば、片手間でも対処は容易だった。
――【分解】。
無詠唱で発動した魔法により、迫っていた攻撃はすべて霧散した。術が内包していた魔力のみが拡散し、オレたちの頬を撫でる。
以前にも語った気はするが、オレにとって、魔法しか使えない敵は脅威にならない。天翼族の魔法は、特に分解しやすかった。
何せ、プログラム通りにしか動かないんだもの。一度構成を覚えてしまえば、目をつぶったままでも対処できる。
それだけ余裕を残せているのなら、追撃も容易い。【分解】の行使とほぼ同時に、【コンプレッスキューブ】も発動した。無色透明の立方体に囲われた座天使三人は、声を上げる暇もなく圧し潰されて消滅する。
残るは二人。
レーザーを撃ってきていた敵を【銃撃】で始末しつつ、オレは右手の虚空に向かって手刀を放った。実体化した魔力をまとう一撃は、白い軌跡を描く。
すると、
「ごふっ」
何もいなかったはずの場所から、天翼の男が現れた。八枚の翼を持つので、紛れもない座天使だ。
この座天使は、先程の三人とともに転移していたんだが、不意打ちを狙って姿を隠していたんだ。
まぁ、精霊よりも見通せるオレの【魔力視】の前には、魔法による隠密なんて無意味だったけども。
彼は盛大に血を吐き出し、上半身と下半身がお別れしながら地面に倒れた。精神の反応が消えたので、死んだ振りの心配はいらない。
しかし、イミルティーナたちの前に死体を残しておくのは、些か配慮が足りないだろう。【コンプレッスキューブ】を行使し、死体を処理した。
続けて、【天変】を発動。レーザーによって灼熱地獄と化していた廊下を、元通りの環境に塗り替える。
よし。これで座天使は品切れだな。今倒した五人と、戦場にいた一人、そしてイミルティーナ。全七人を把握し切れている。
「あとは智天使四人と自称神だけだ」
オレがほんのり達成感を味わっていると、今まで黙していたイミルティーナが口を開く。
「座天使を四人も相手にして、この余裕か。ワタシの想像を遥かに超えていたな」
どこか諦観した様子の彼女。
見れば、グリゼムたち三人も間の抜けた表情で固まっていた。
最初に使った【言霊】の効果は切れているはずなので、今の戦闘に驚いたんだろう。オレの実力を察していたイミルティーナさえあの反応なんだから、無理もない。
とはいえ、ずっと固まっていられるのは困る。敵は確実にこちらの存在を認めているんだ。追手が迫ってくるのも時間の問題だ。
オレは【平静】を使い、呆然とする面々を正気に戻す。それから、「先に進むぞ」と促した。
我に返った彼らを率い、進行を再開するオレたち。
先程の戦闘や智天使を仕留めた一件は、イミルティーナの部下たちに良い刺激を与えたらしい。グリゼムからの敵意は薄まり、他二人からは敬意のようなものを感じる。
王狼族ほど極端な弱肉強食ではないが、強者が尊ばれる価値観を有しているらしい。こんなことなら、さっさと実演していれば良かったかもしれない。
程なくして、開けた空間が視界に入った。
オレは眉根を寄せ、その場に立ち止まる。
すると、こちらの行動を不審に思ったイミルティーナが、問うてくる。
「どうした?」
「あの部屋の中が、探知できない」
正確には、魔力の通りが悪い。そのせいで、目視できるまで部屋の存在を感知できていなかった。当然、中の様子も分からない。
オレの返答を受け、彼女は「嗚呼」と頷く。
「あの部屋は、力天使以上が使用できる訓練場だ。周囲に被害が広がらないよう、壁や床には魔力を阻害する仕組みが施されている」
「なるほど」
イミルティーナの説明に納得の声を上げつつ、オレは魔眼【白煌鮮魔】で部屋を観察した。
大雑把に説明するなら、部屋全体に魔力を流すことで、他の魔力の流出入を防いでいる感じか。かなり力技な仕組みだけど、単純ゆえに効果は確かだ。
そして、対策も分かりやすかった。
「……」
「進まないのか?」
「そうだな。行こう」
無言でたたずむオレに、イミルティーナが怪訝に尋ねてくる。
オレは一つ頷き、歩を進めた。
そうして、オレたちが入室を果たすと――
「待ってました、侵入者さんと裏切り者さん。ここからは、あーしが歓迎してあげる」
部屋の中にはギャル風の少女と、四人の男女が待ち構えていた。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




