Chapter3-1 婚約者(3)
翌日。ノマの協力を加味した領地運営計画を打ち出したら、案の定、部下たちに正気を疑われた。
仕方ないので、ノマを紹介することにした。膨大な魔力が必要なのでオレくらいしか実現できないけど、精霊も実体化することが可能なんだ。
農業担当と流通担当、財務担当辺りが悪い笑顔で相談し合っていたから、おそらく上手く運営してくれるはず。当分、ノマは多忙を極めるだろう。ご愁傷様だが、契約だから諦めてほしい。
ついでに、カロンやオルカにも紹介した。こっちは「かわいい」を連呼してノマを揉みくちゃにしていた。少しうらやましかった。
閑話休題。
一通り仕事が片づく。午後からは、保護している少女ニナの特訓に付き合おうとしたところ、外務担当の重役であるダニエルが執務室へ入ってきた。何やら難しい表情をしているため、厄介な案件が舞い込んだのだと察する。
諸々の挨拶より始めようとした彼を止め、手早く用件を話させる。
「王宮より手紙が届きました」
ダニエルの一言で、執務室内の空気が一変する。ピリッとした緊張感を孕んだものだった。
無理もない。カーティスの一件は、部下一同とも情報共有している。彼らの王宮への不信感は尋常ではないんだ。手紙一つで、これほどまで警戒心をあらわにするほどに。
それだけ、カロンは皆より愛されている証左なんだけど、今は置いておこう。話を進めるのが先決だ。
オレはダニエルを促し、送られてきた手紙を受け取る。そして、シオンより手渡されたレターナイフを使って封を切った。
ぎっしり文字が敷き詰められていたが、貴族向けの手紙は飾りが多いため、サラッと目を通して要点のみを確認する。
五分後。部下たちが固唾を吞む中、オレは小さく息を吐いた。それから、端的に王宮よりの要求を語る。
「第二王子の婚約者に、カロンを推したいそうだ」
「「「「「「「ッ!?」」」」」」」
全員が息を呑むのが気配で分かった。おおよその内心は『厚顔無恥にも程がある』といった感じか。まったく予想できていなかった者がいないのは良かった。
そう。王族の婚約者にカロンが推挙されるだろうことは、前々から推測できていた。彼女は『陽光の聖女』として名声の高い光魔法師。カーティスの件もあるように、国としては喉から手が出るくらい欲しい人材なんだ。人材確保における一番確実な手段を、王宮側が講じてこないはずはない。【人形】で操っているカーティスに「問題なし」と報告させているのも、今回の流れを助長したんだろう。
九令式より一年も前に通達されるところにも、不自然さはあまりない。王族の伴侶になるんだ、事前の準備期間程度は用意されなくては困る。まぁ、一年は少ない方だけどさ。嫌がらせのつもりか?
しかし、ついに来てしまったか……。
オレは前述した要素とは別に、今回の婚約の件を予想していた。
言うまでもなく、ゲーム知識。ゲームでも、カロンは第二王子と婚約していたんだ。第二王子が攻略対象であることは無論、どのルートでもカロンは死んでしまうため、二人が結ばれる可能性は皆無だけどな。
第二王子のことを思い出したら、イラ立ってきた。第二王子は、初対面時よりカロンを毛嫌いするんだよ。色々と尽くそうとするカロンを無視し、まるで婚約者として扱わない。『金髪だから』なんて意味不明な理由で。
いや、金髪が嫌いなのは良いんだ。彼の身内を考慮すれば、嫌いになる気持ちは理解できる。それなのに意味不明と言い表すのは、主人公も金髪だからだ。
本ッ当に意味が分からない。金髪が嫌いだとほざいておいて、どうして聖女とは結ばれるんだ? しかも、専用ルートに入ってからならまだしも、共通ルートの時点で聖女へ懸想しているし。
第一印象の悪さを改善し、仲良くなっていく。それが恋愛ゲームの一つのスパイスなのは理解している。だが、あまりにもゲームのカロンが不憫でならなかった。正直、攻略対象の中で一番嫌いな奴だ。
嫌いな理由は、カロン関連だけではない。
第二王子は、好きなものにはトコトン愛情を注ぐが、嫌いなものは徹底して冷遇するという性格をしている。
『身内への好意は際限なく、外敵へは容赦しない』と聞けば、多少は聞こえが良いかもしれない。昨今の創作の主人公は、そういう性格のキャラをよく見るから。
だが、王族としては不適格としか言いようがなかった。嫌いな相手に対しても、笑顔で対応できなければ、国なんて治められるはずがない。清濁併せ吞めない彼に、王の器はないんだ。
まぁ、第二王子ルートでは聖王の座に就くんですけどね。彼のルート、聖女が支えながら成長していく話だし。
ハァ。散々愚痴を溢してしまったが、今は王宮からの要求への対応を考えなくてはいけない。
現状のフォラナーダでは、王宮からの要求を突っ返すのは難度が高い。ましてや、王族との婚約を断るともなれば、周辺貴族よりのバッシングも必至。普通なら受け入れるしか道はないが、どう対処するべきか。
――一旦、状況を整理しよう。
オレの今までの行動より、聖王国において王宮の権力が結構強いことは、察しがついていると思う。この国は宗教国家の側面もあるため、教会とは組織を別にしているとはいえ、『信心深い者は王の発言に従うもの』という固着観念が染みついていた。
無論、何でも融通が利くほどの強権ではない。平民はまだしも、支配者階層たる貴族たちは確かな自立心を持っている。
だが、その権力を目当てに聖王の派閥に属する貴族は多く、あからさまに反抗してしまうと、その派閥の貴族らまで敵に回してしまうんだ。
多くの貴族から刺客を送られたり、政略的な嫌がらせを受けたりするのは、いくらオレが強かろうと手が足りなくなる。ゆえにオレは、王宮へ明確な敵対行動を取らないよう気をつけていた。今の段階では勝ち切れないから。
では、聖王家を滅ぼしてしまえば良いって?
正直、それも考えた。オレが圧倒的武力を示し、恐怖によって周囲を牽制するのは、一つの手段だろう。
しかし、それは実行したくなかった。
オレの目的はカロンに迫る死の運命を覆すことである――が、単純に死ななければ良いとは考えていなかった。たとえ生き延びても、彼女が笑えない未来しか残っていないのは、あまりにも悲しすぎると思うんだ。
恐怖政治を敷いた場合、その先に待っているのは潜在的な敵との探り合い。きっと、カロンは楽しい生活を送れない。そんな結末は、オレの望むところではなかった。
だからこそ、今は耐える。本末転倒にならないように注意しながらも、目先ではなく将来を見据えて行動するんだ。
オレは、この場に居合わせている各部門の者へ視線を向けながら問う。
「例の進捗はどうだ?」
「私の方は問題ありません」
「こちらも大丈夫です」
「私どもは、もう少し時間がかかりそうです。ノマ殿の助力により、大幅に計画は進みますが……」
「同じく」
「私の担当も同じですね」
「……こちらは問題ありません」
「ふむ」
外務と内務、諜報は準備を終えていて、農業や財務、流通がノマ次第か。騎士団や魔法師団はそろそろ最低ラインに達するから、真面目にノマには頑張ってもらわないといけないな。
「どれくらい時間を要する?」
オレの更なる質問に、準備が整っていないと答えた三人は熟考する。それぞれで話し合った末、財務担当が口を開いた。
「今年度末までは、時間をいただきたいです」
「ギリギリだな」
王宮側は、カロンの九令式に婚約を公表したいと意見している。カロンの誕生日は三月、つまり今年度末だった。
ギリギリ――否、事前に情報を掴む貴族もいるだろうから、些か遅いくらいだ。
とはいえ、文句は言えない。彼らも最大限努力して、この見積もりなんだろう。であれば、年度末まで時間がかかっても問題ないように立ち回れば良い。
「できる限り急いで事を進めろ。一段落済んだら、いくらでも休暇は取っていい」
「「「承知いたしました!」」」
気合十分といった様子で返事をする三人。彼らなら大丈夫だと信じよう。
さて、方針は決まった。
「第二王子との婚約は受け入れる。しかし、唯々諾々と従うつもりはない。皆、年度末に向けて、各々の準備を進めろ。来年の三月に、フォラナーダは動き出す」
「「「「「「「「「「はい!!!!!!」」」」」」」」」」
部下たちは気勢を上げる。そして、これまで以上のハイペースで仕事を捌いていく。
「今年も忙しくなりそうだ」
テキパキと働く彼らを眺めながら、オレは一人呟いた。
その後、第二王子との婚約の件をカロンに話したところ、彼女は渋々ながら受け入れてくれた。「お兄さまに、何かお考えがあるのでしょう?」と言われたので、こちらの思惑は筒抜けだった模様。
さすが、オレと比肩するブラコンの妹。兄のことは何でもお見通しらしい。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




