Chapter1-2 盗賊(3)
「悩んでても埒が明かないな」
所詮は……と言ったら失礼だけど、結局は子どもの遊び。あれこれ考えるのではなく、行き当たりばったりに楽しもう。せっかくの童心に帰るチャンスなんだから。いや、肉体は紛れもない子どもだけどさ。
とりあえず、広場の外へ向かう。ここに誰もいないのは確定しているから、さっさと行動を起こしてしまう。
えっ、カロンの居場所は考えないのかって? そんなものは、考えるまでもなく分かり切っていた。彼女のことは誰よりもオレが理解しているんだ、隠れる場所くらい容易に想像できる。
十中八九、ダンたちの近くにいる。カロンは勝敗よりも遊びを楽しむ方へ重きを置いているから、彼らが発見されれば自ら姿を現すはずだ。
優先するターゲットはダンとミリアで確定。カロンの発見も目途が立っているし、ターラのことは追々考察しよう。
そんなことに思案を巡らせつつ、オレは路地の間を抜けていく。あれくらいの子どもなら、単純に目の通りにくいところへ向かうだろう。
「真新しい足跡もある。間違いないな」
そちら方面の技能があるわけでもないので、正確な分析はできない。だが、できたばかりの足跡を確認する程度は可能だった。ダンたちがオレの予想通りの行動をしているのは、確かだと思う。
誰かが隠れていても即座に見つけられるよう、周囲を見渡しながら進む。路地と言っても、この辺はまだ治安の良い場所のため、そこまで警戒する必要がないのは楽だった。
歩くこと十分程度。そろそろ、かくれんぼの範囲の限界に到達しようとしていた。未だダンたちは見つからないので、かなりギリギリのところに隠れているらしい。
これで、ターラが本当に反対側に隠れてたら、オレの負けだ。三歳児に敗北する前世との合算年齢三十超え、これ如何に。苦笑いしか浮かばないな。
フフッと笑声が漏れる。思いのほか、オレも遊びを楽しんでいるようだった。肉体に精神が引っ張られているのかもしれない。
鼻歌交じりに歩くことしばらく。とうとう、オレは2ブロック先まで辿り着いた。辺りを確認してみるが、ダンたちの気配は感じられない。
読みを外したか?
そう考えたが……何というか、妙な胸騒ぎを感じる。虫の知らせとでも言うのか。嵐の前の静けさのような、嫌な予感を覚えた。
そして、その直感は正しかった。
訝しげにしているオレの元に、微弱な魔力の波が届く。
「カロンッ!?」
考える間も置かず、オレはその場から駆け出していた。
届いた魔力は、紛うことないカロンのものだった。これは、万が一の事態が発生した時のために決めておいた救難信号。今まさに、彼女は危機に陥っているんだ。
駆けながら、オレは探知術を起動する。街中ゆえに、いくつもの生体魔力が引っかかるけど、重要なのは一握り。
「見つけたッ」
現在地より直線距離で五十メートル離れた地点、そこにカロンがいた。しかも、すぐ傍にはダンとミリアもいる。ターラも近場にいるが、三人とは距離を置いていた。
カロンたちは、正体不明の魔力五つに囲まれていた。魔力の大きさからして、一般人以上騎士以下。街のチンピラといったところか? 魔力的には勝てるとは思うが、敵は五人もいるし、他の要因を含むと分からないな。
ゲームなら主人公の転生者特典――メタなことを言うとプレイヤー視点――で、対象のレベルを確認できるんだが、オレはそのようなご都合主義的な代物を持ち合わせていない。
しかし、四の五の言っていられる状況ではなかった。敵対者は、徐々にカロンたちと距離を詰めている。急いで助けに入らないと。
直線距離は五十メートル程度だが、ここは入り組んだ路地だ。チンタラ道なりに走っていては、どう頑張っても間に合わないだろう。
であれば、律儀に順路をならう必要はない。
オレは三階建ての建物に向かって、全速力で走る。このままでは壁に激突してしまうところだが、その心配はいらなかった。
建物と激突する前に、オレは足に力をこめる。そして、上空へと跳んだ。
オレは建物の壁面を駆け、ついには建物の屋上へと足をかける。そのまま、屋根伝いにカロンの元へ向かった。
普通の身体能力なら、このような芸当は不可能だろう。だが、オレには【身体強化】があった。現時点で元の五倍まで強化できるオレにとって、三階建て程度は障害物に足り得ない。
限界まで強化した脚力を用い、ものの数秒で目的地へ辿り着く。
階下を見れば、粗野な男どもに囲まれているカロンたちの姿が見えた。殴られたのか、ダンは地面に倒れ伏していて、カロンやミリアも男たちに腕を掴まれている。
「ッ!?」
一瞬、頭が真っ白になった。怒りに我を忘れそうになった。
でも、留まる。ここで無暗に突入しては、三人のうちの誰かを人質に取られる可能性があった。
落ち着け、クールになれ。感情は活力にはなるが、同時に失敗の源でもある。感情を表に出すのは良いけど、振り回されるのはダメだ。
深呼吸に加え、【平静】の魔法を使うことで、ようやく気を落ち着かせた。
階下の状況に変化はない。ダンは気絶しているようで、倒れたまま。ミリアは泣きながらダンの名前を呼んでいる。カロンは気丈にも男たちを睨んでいた。
カロンが火魔法で抵抗しないのは、【偽装】に依るところが大きいのだろう。今の彼女は茶髪に緑目という容姿。火魔法を扱えるのは不自然なんだ。
一発でこの状況を打破できるなら問題ないが、失敗した場合に怪しまれるのは確実。ダンたちもいる以上、下手に攻めて出られなかったんだと思う。
フォラナーダの娘だと悟られないために元とは離れた容姿を選んだんだが、完全に裏目に出てしまった。
友だち想いの優しい子に育ってくれて嬉しい反面、自分の身を第一に考えてほしくもある。複雑な心境だ。
さてはて。どうやって、三人を助け出そうか。
ここから飛び降りて不意を打つ、という手は有効そうだが、普通に対処されそうな気もする。上手くいっても、三人倒せるかどうかか?
やはり、相手の力量が図れないのが痛い。平和な日本育ちかつ箱入り息子が、そういった物騒な技量を持ち合わせているわけないんだ。
万全を期すなら、もう一手欲しいところだが――。
時間の猶予もない中、オレは改めて周囲を見渡す。
すると、少し離れた物陰に、ターラが隠れているのを見つけた。彼女は悪漢に囲まれる三人を、ハラハラした様子で覗いている。
彼女を薄情というのは酷だ。三歳児に、あの状況へ飛び込むのを求めるのが間違っている。逆に、自分は足手まといにしかならないと分かっている理解力を褒めるべきだ。
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