Chapter23-4 全面戦争(8)
私が疑似的な金魔法司となってから数分。『足掻きますよ』などと豪語しておいて、戦況は特に変化しておりませんでした。依然、私が追い詰められている側です。口に出して格好つけなくて良かったと、少しホッとしています。……安堵するような状況ではありませんけれどね。
強いて違いを挙げるなら、シュティーレがおおむね本気を出している部分でしょうか。まだ余力を残しているのも事実ですが、最初とは異なり、一撃一撃に魔力をしっかり込めているような感じがします。
何となく、座天使の底が見えましたね。
あれなら、いつかきっと辿り着ける。星々の如き夢想の高みではなく、山の頂程度の高みだと把握できたのは、今回一番の収穫かもしれません。
無論、その山は峻険に違いないですが、努力次第で目指せるだけ望みがあります。
何せ、先程語った『星々の如き夢想』を、私たちは常日頃見ていますからね。お兄さまの立たれている場所は、あまりにも高く、あまりにも遠いのです。
とはいえ、です。今すぐシュティーレに追いつくのは不可能でしょう。土壇場での急成長が簡単にできるなら、世に出ている物語の主人公は『ご都合主義』などと揶揄されません。
あくまでも、現実的な打開策を考えなくてはいけないのです。
幸い、今の私には、格上の敵でも持ち堪えられるポテンシャルがありました。どうやら、金魔法司になった私は、治癒と防御の能力が向上しているようなのです。
これはきっと、あれですね。お兄さまやガルナ、プラーミアが仰っていた“魔法司の得意分野”というもの。金魔法司となった私の場合、それが『治癒』と『防御』……いえ、この感触だと『回復』と『断絶』と言い表した方が良いでしょうか?
赤魔法司の時は、おそらく『向上』と『拡散』ですね。
結局、何を申し上げたいのかというと、金魔法司状態の私は長期戦に向いている、ということです。
どこかグリューエンと似ていて非常に嫌ですが、甘んじて受け入れましょう。お陰で、この戦いに光明を見出せているのですから。
「【コード11・煌】」
「【金剛甲羅】」
シュティーレが放ってきたのは、煌々と輝くレーザー。しかも、回転を加えることで、突破力を上げています。
私は、金魔法で応じました。金色のハニカム構造――六角形が隙間なく並んだもの――の壁を展開し、真正面から受け止めます。
大きな亀裂が入り、程なくして破壊されてしまいましたが、問題はありません。敵の魔法は私の右頬をかすめて後方に流れていきました。衝突時に、軌道が逸れたみたいです。
この結果を受け、シュティーレはゲンナリした風に声を上げます。
「あー、面倒くさい。まともに防げないくせに、防御魔法なんて展開しないでくださいよ。殺せないじゃないですか!」
ものすごく理不尽な叱責をもらってしまいました。
まぁ、気持ちは分からなくもありません。同じ立場なら、私も少なからず憤りを感じたでしょう。無意味な遅延行為をしている、と。
しかし、だからといって、防御を止めるつもりはありません。私も死にたくありませんから。
それに、これは無意味な行為ではないのです。直に、こちらの思惑が分かりますよ。
私は内心で頬笑みつつ、戦闘を続けます。シュティーレが攻撃し、私がギリギリ受け流すという、同じ流れを何度も何度も繰り返します。
さらに十分後。
「【コード1・霧・リプレイ】」
「【金剛蓋封】」
何度目かも分からない攻防。シュティーレが放った目視しづらい無数のレーザーを、私が球状の防御魔法で受け止め切――れていませんね。軌道は逸れましたが、レーザーは球体を貫通し、こちらの体をも貫通していきました。
大丈夫。致命傷は避けているので、自動回復によって全部治ります。
しかし、そろそろ魔力が厳しくなってきました。何とか命を繋いできましたが、限界が近いですね。
元々、魔力量はあちらの方が多いのです。時間をかければかけるほど、こちらが不利になるのは分かり切っていました。かといって、短期決戦ができる実力差でもありません。
本当に嫌になります。どう足掻いても勝利を掴めそうにない戦いは、脳裏に『諦める』という言葉が過るため、うっとうしくて仕方ありません。
「ふぅ」
私は少し乱れた息を整え、悠々と空を飛ぶシュティーレを見据えます。
この後の動きはどうするか。敵の一挙一動を注視しながら、必死に思考を回しました。
残り十回程度の攻防で、こちらの魔力は尽きるでしょう。相手の魔法が強力すぎるので、防御も一切手を抜けませんから。
魔力が切れれば、疑似魔法司の状態も維持できません。魔力切れは、私の死を意味します。
ですが、絶望するには早いです。私の作戦は、まだ結実していないのですから。もう少し時間を稼げばきっと――。
「ふふふ。面倒くさい戦いも、いよいよ終わりみたいですね。こうして終わりが近づくと、少し寂し……くないですね、全然。ひたすら面倒くさいだけでした」
嘲笑交じりに語るシュティーレ。
すでに、彼女は勝利を確信しているようでした。
無理もありません。私が現状を覆せるなら、とっくのとうに実行しているはず。何度も同じことを繰り返していた時点で、こちらに打つ手がないことは明白でしょう。
彼女の推論は正しいです。私一人で、現状の打破は難しい。いえ、不可能と断言して良いです。
「トドメです。【コード25・煌】」
シュティーレが詠唱するとともに、天から無数の魔力の塊が落ちてきました。その威容は、お兄さまの【星】に近いものを感じます。
どうやら、この一撃で終わらせるつもりのようですね。逃亡阻止用の結界も、コード25とやらを発動すると同時に解除していますし。
実際、この魔法は防げません。残存魔力を総動員しても、一つを耐えしのぐのが関の山でしょう。
しかし、私は、まったく恐怖を抱いておりませんでした。
何故なら、今この時こそ、こちらの勝利に繋がる最大のチャンスだったのですから。
――キン。
ふと、甲高い金属音が耳に届きました。
すると次の瞬間、視界を埋め尽くすほどに存在した魔力塊が、一斉に消失します。
死の危機から解放された私は、少し唇を尖らせながら呟きました。
「遅いですよ、ニナ」
「ごめん。でも、あの結界は、さすがに斬れない」
いつの間にか、私の隣に立っているニナ。
そう。敵の攻撃を破壊したのはニナでした。ずっと、彼女がこちらに駆けつけてくれるのを待っていたのです。
私一人では、とうてい座天使には敵いません。それは認めざるを得ない事実です。
ですが、同格がもう一人協力してくださるのなら?
きっと、戦況は覆るに違いありません。しかも、私たちの中で、実力が一歩抜きんでているニナなら尚更。
この作戦は、結局はこちらの皮算用にすぎませんでしたが、あながち間違っていなかったようですね。ニナの登場に、シュティーレの表情が若干曇りましたもの。
私は己を鼓舞するよう、あえて挑発的に笑います。
「さぁ。第二ラウンドの始まりです」
一人で勝てないのなら、二人で戦う。私たちらしい戦い方で、この死闘に終止符を打ちましょう。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




