Chapter23-4 全面戦争(2)
「行ったみたいね」
「で、ですね」
戦場の片隅で、私――ミネルヴァとスキアは、ゼクスが転移したのを悟る。
念のために補足しておくと、私たちが彼の動向を察知できているのは、お互いの位置を把握する魔道具を持っているお陰よ。魔力自体はまったく感じられないし、探知の方にも引っかかっていないわ。
普段なら多少感じ取ることもできるのだけれど、今回は全然ダメね。敵が魔法に特化した天翼族だから、気合を入れているのでしょう。
その辺りは、私たちも気を付けなくてはいけないわね。これから相対する敵は、私たちと同格もしくは格上。魔力制御を怠れば、勝てる戦いも勝てなくなる。
私は心のうちで気合を入れ直し、チラリとスキアの腰にかかる黒い打刀を見る。
全長八十センチメートルほどあるそれは、彼女の身長の半分以上もある。刀使いならいざ知らず、素人同然であるスキアには扱いづらいでしょう。
しかし、現状は、あの刀はスキアにしか振るえない。それどころか持つことさえ不可能だわ。
というのも、あの打刀は、ある種の封印状態なのよ。闇魔法の“不定形に関わる性質”を活かし、刀の宿す力を掌握しているの。刀が真っ黒なのは、闇魔法で覆い尽くしているから。
ただ、闇魔法師なら誰でも実行できるわけではない。私も試してみたけれど、結局成功しなかった。ゆえに、相性や特異な才能が必要なのだと推察しているわ。
「それの調子はどう?」
「も、問題ないです。こ、ここ、拘束は、あ、安定してます」
「宜しい。まぁ、戦闘中に不安定になっても、私が手を貸すから安心しなさい。間違っても、敵前で制御に注力することはしないように」
「は、はい。そ、そのようなことをしたら、ま、負けてしまいますから」
そうよね、改めて注意する必要もなかった。聡明なスキアなら、制御に気を取られることの危険性は理解していて当然でしょう。
それでも指摘してしまったのは、自身の不安を解消するためかしら?
己の感情を分析し、『自分もまだまだ甘い』と苦笑を溢す。
とはいえ、的外れな心配とも言えないのが怖いのよね。制御が乱れたら、刀がどういった挙動を起こすか判然としないもの。敵にスキアの首が取られるよりはマシ、というだけの話。だから、細心の注意を払わなくてはいけない。
本当は、こんなぶっつけ本番は避けたかったのだけれど、こればかりは仕方なかった。これナシで戦えば、今の私たちでは敵に勝てないから。心底悔しいものの、そこを認めなくては話が進まない。
刀の調子を確かめていると、戦場全体に鐘の音が響き渡った。たしか、連合軍の進軍の合図だったかしら。続けて、魄術の【念話】のようなもので、プリムラによる号令が伝わってくる。
おもむろに、周りの兵士たちが前進し始めた。こちらの動きに合わせ、天翼族たちも行動を開始する。
火蓋は切られた。片方が全滅するまで、この戦は止められない。
どのような結末を迎えるか。それは彼らの努力次第でしょう。
戦端が開かれてから十分後。戦場はすでに混迷していた。敵味方が入り乱れ、もはや隊列の意味をなしていない。
当然よね。個人の実力はあちらの方が高いんだから、こちらに飛び込んで蹂躙してくる。読めていた展開だわ。
だからこそ、しっかり対策も講じている。訓練監督だったニナやオルカがその点を失念するはずがない。
実際、連合軍は良い勝負をしていた。乱戦にもかかわらず上手く連携し、飛び込んできた天翼族を袋叩きにしている。実力差ゆえに一方的とまではいかないけれど、こちらの被害を最小限に抑えているわ。
全体的に見て、順調な滑り出しといって良い。最悪の場合、今までの方針を無視して
私たちが蹴散らす予定だったけれど、必要はないみたいね。
しかし、いつまでも高みの見物とはいかない。苦々しい状況を放置しておくほど、敵も無能ではないのだから。
「始まったみたいね」
次の瞬間、カロラインの待機場の近くから、魔力の嵐と稲光が迸った。その規模は広範囲に及び、対極に位置する私たちの下にまで余波が届いている。
異変はそれだけに留まらない。シオン、オルカ、ニナ、マリナ、サザンカ、プリムラ、アインベル、ルガーも続くように戦闘へと入った。そこかしこから大きな爆発が発生する。
そして――
「敵の主戦力を発見しました。これより、殲滅を開始します」
「相当の実力者のようですけど、あれくらいなら何とかなりそうですかね?」
「油断は禁物だ」
私たちの下にも、三人の敵が現れた。女が二人に男が一人という組み合わせで、三対六枚の翼を持つことから、全員が主天使だと分かる。
同格の敵なのに、向こうの方が一人多い状況、か。良いわね。こちらがどれくらい強くなったか確かめる相手として、ちょうど良い塩梅だわ。
『配分はどうする?』
【念話】を用いて、手短にスキアと相談する。
彼女の返答は早かった。
『せ、制御のことを考えると、あ、あたしは、い、一対一で戦いたい、です』
でしょうね。訊いておいて何だけれど、分かり切った答えだったわ。
私は僅かに苦笑いを浮かべ、無詠唱で【色彩万魔】を発動する。それから間髪容れず、生成した五つの球体を操作し、敵二人――男女一人ずつ――に向けて五属性の一斉掃射を放った。
この術の利点は、形状変化にほとんど時間がかからないこと。初見なら、正面からでも不意打ちと同等の効果を発揮する。ゆえに、狙い撃ちした二人は、見事に後方へと吹き飛んでいった。
無論、その後を私は追う。
「しくじるんじゃないわよ」
「は、はい!」
去り際に激励すると、スキアは声を張って返してきた。
彼女もだいぶ成長したわね。以前だったら、もう少し自信なさげに返事をしていたはずよ。
嫁仲間の進歩に満足しつつ、私は意識を切り替える。
ここからは真剣勝負よ。同格を二人も相手する以上、気を抜くわけにはいかない。勝利をもぎ取って、自身の成長の糧にしてやるわ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




