Chapter23-2 拡大の弊害(2)
「あら、お兄さまと皆さん」
プリムラの特訓が終わり、地下洞窟に戻ってきたところ、タイミング良くカロンと出くわした。
彼女は木箱を複数抱えているので、裏方の仕事を手伝っていたんだろう。
現在、シェルフレンには避難民専用の区画が作られている。天翼族に追い詰められていた国に声を掛けた都合、事態が解決するまで避難を望んだ者が多かったんだ。
フォラナーダ主導で建造したんだが、ある程度不便になるようにした。便利すぎると、戦後も居つく連中が現れるかもしれないからな。
ただ、そのせいで、雑事が多少増えたのも確か。ゆえにカロンは、その辺りのフォローを自主的に行っていた。訓練で発生した負傷者の治療も担っているというのに。本当に働き者だよ、オレの妹は。
「避難所の手伝いか? お疲れさま」
「精が出るのぅ。カロライン殿のお陰で、多くの鬼魄族が助かっておる。ありがとう」
とてとてと駆け寄ってきたカロンに、オレとサザンカが労いの言葉を掛けた。
それに対し、彼女はにっこり笑みを浮かべる。
「どういたしまして。とはいえ、好きでやっていることなので、お気になさらず。つらい状況に対面していらっしゃる皆さんが少しでも笑顔を取り戻せたら、私はとっても嬉しいです」
天使かな?
カロンの目映い笑顔に、オレの心は洗われた。
いや、オレだけではない。サザンカも優しい表情になっているし、黙って様子を窺っていたアインゼンも少しよろめいている。
プリムラはどうしたのかって?
彼女はオレの背中で気絶している。反応以前の問題だ。
ここで、ようやくプリムラが気を失っていると、カロンは察した模様。キョトンと首を傾げる。
「プリムラさんは、どうして気絶していらっしゃるのでしょう?」
「心配するような状態じゃないよ。ただの疲労さ」
「訓練でかなり追い込んだんじゃ」
「嗚呼」
オレとサザンカの返答に、どこか遠い目をしながら納得するカロン。それから、もう一度頷いた。
「なるほど。【疲労回復】が必要なのですね?」
「話が早くて助かる。プリムラには、まだ政務が残ってるから、いつまでも気絶されてちゃ困るんだ」
それなら、気絶するまで追い込まなければ良いんだけど、それとこれとは話が別だ。両方とも全力でこなさないと、とうてい間に合わない。
こちらのセリフを聞いた彼女は、「お任せください」と自身の胸を叩いた。そして、間を置かずに【疲労回復】が発動する。
「……んっ。あれ?」
体力が回復したお陰で、プリムラはすぐに目を覚ました。オレの背中に預けていた顔を上げ、キョロキョロと周囲を見渡す。
次第に、自分の置かれた状況を理解したらしく、慌ててその場から飛び上がった。
「ご、ごめんなさい。アタシ、気絶してた?」
器用に地面へ着地したプリムラは、そのまま謝罪を口にする。
オレは軽く手を振った。
「気にしなくていい。無理をさせたのは、こっちだし」
「それを言うなら、訓練を頼んだのはアタシの方よ」
「じゃあ、謝罪は受け取っておくよ」
彼女から頑なな気配を感じたので、素直に応じることにした。水掛け論に発展するのは、あまりにも不毛だもの。
「カロンにも感謝しておけ。体力を回復してくれたんだ」
「そうなの? ありがとう、カロライン!」
「どういたしまして」
体力回復の経緯を教えると、プリムラはカロンの両手を握って感謝を告げた。フォラナーダの中でカロンに一番懐いているだけあって、リアクションは先程よりも大きい。
二人の様子は、とても頬笑ましい。いつまでも眺めていられる。だが、それが許される状況ではなかった。
「盛り上がってるところ悪いけど、プリムラは政務が残ってるだろう? 急いで戻った方がいいと思うぞ」
「そ、そうよ。のんびりしてる暇なんてないわッ」
こちらの指摘を受け、彼女は我に返ったよう。よほど仕事が溜まっているのか、脇目も振らずに駆け出していった。
慌ただしいことこの上ないが、その方が年相応で安心するな。何だかんだ、プリムラはまだ十三歳なわけだし。
「ワシはプリムラのフォローに回るとするかのぅ。危なっかしい」
遠ざかる彼女の背中を苦笑しながら眺めていると、サザンカが口を開いた。「また後で」と言い残して、この場を去っていく。
続いて、アインゼンが動いた。
「用は済んだ。自分も自由行動とさせてもらう」
「嗚呼、助かったよ。明日もよろしく頼む」
こちらの礼に彼は頷き、すぅと消えていった。幽玄族は透明化できる性質を持つらしいので、それを行使したんだろう。
あっという間にメンバーは減り、残るはオレとカロンだけになる。
オレたちは顔を見合わせ、クスリと笑い合った。
「それじゃあ、オレはカロンの手伝いでもしようかな。荷物、半分持つよ」
「ありがとうございます、お兄さま」
彼女の抱えていた木箱を分けてもらい、並んで目的地に向かう。
といっても、オレは目指す場所を知らないため、カロンの方が僅かに先を進む形だ。
たわいない会話を交わすだけだが、その何でもない時間に心が癒された。それに、こうして偶然訪れた時間は、どこか特別な幸せを感じられる。毎日、二人きりの時間を確保していたとしてもね。
程なくして、オレたちは目的地――避難所の倉庫区画に到着した。ここに木箱をしまえば、ミッション完了である。
ところが、すんなり達成とはいかないようだった。抱える荷物を置く予定の倉庫から、何やら騒がしい声が聞こえてくる。明らかに、揉めごとの気配があった。
オレとカロンは短いアイコンタクトをし、そのまま渦中へと飛び込む。
倉庫内には四人の男女いた。
一人は身長百二十センチメートルほどの男性。たしか、ヴィヒテルという小人系の種族だったか。足の速さが長所だったと記憶している。
あとの三人は、全員王狼族だ。男が二、女が一という内訳である。
種族を超えたマブダチ、なんて雰囲気ではない。ヴィヒテルの男性を王狼三人が囲い込んでいる様は、どう足掻いても恫喝している場面だった。
オレは目を細め、彼らに声を掛ける。
「キミたち、何をやってるんだ?」
「あん?」
「何だ、テメェ」
こちらは極力柔らかい声音を心掛けたのに、相手は初っ端からケンカ腰だった。王狼の男二人が剣呑に睨みつけてくる。
残る女は様子見に徹するらしい。ヴィヒテルの彼が逃げ出さないように抑え込みつつ、黙り込んでいた。
「連合に協力しているフォラナーダの者だ。もう一度尋ねよう。何をやってるんだ? ここは関係者以外、立ち入り禁止のはずだぞ」
オレは溜息をグッと堪えて素性を明かしたが、相手の反応は芳しくなかった。
「フォラナーダって?」
「“血吸い”たちにくっ付いてた連中じゃね?」
「上の会議にも参加してたはずよ」
「嗚呼。あのよく分かんねぇ連中か」
そんな感じで、コソコソと話し合う彼ら。
それから、連中は吠え始めた。
「うっせぇなぁ。腰巾着のアンタらには関係ないだろ」
「そうだぜ。別に、中にあるもんに触れたわけじゃねぇんだ。放っておいてくれ」
「さっさと消えな。あたしらは、こいつの相手で忙しいのよ」
どうやら、こちらを格下と判断したらしい。こちらまで、大声で恫喝してくる始末。ヴィヒテルの彼も、その怒声に怯えていた。
彼らは、ニナやオルカが監修している訓練にも参加していないみたいだな。でなければ、オレたちを全然知らないなんてあり得ないもの。そういえば、王狼族の訓練参加率が低いと報告があったな。
どこで油を売っているのかと思えば、こんな場所で他種族の非戦闘員を脅していたらしい。無駄な時間の使い方に呆れてしまう。
「「はぁ」」
オレは我慢するのを止めた。それはカロンも同様で、そろって溜息を吐く。
当然、そういった態度を受けて冷静でいられる不良どもではない。
「なめてんのか、テメェら」
「こっちが大人しくしてれば、調子に乗りやがってッ」
「上のことなんて後で考えればいいわ。吊るすわよ!」
そう威勢の良いセリフを吐き、襲いかかってきた。体の一部――両手両足を狼化させ、こちらに向かって突貫してくる。男二人がオレ、女がカロンという分担だった。
オレたちは再度溜息を吐いて、彼らに対応した。
まぁ、威張るだけはある。最低でも、三倍の【身体強化】程度はありそうだ。その辺の相手なら、簡単に倒せる実力なのは認めよう。オレたちには不足すぎるが。
「「「……」」」
次の瞬間には、オレたちの足下に王狼族の三人が転がっていた。全員気絶しており、ピクリとも動かない。
オレは彼らを一瞥した後、取り残されたヴィヒテルの男性に声を掛けた。
「そこのキミ」
「ッ!?」
「警戒しないでくれ。オレたちは、キミに害を加えたりはしない」
ビクッと肩を震わせる彼に苦笑を溢しながら、オレは落ち着くよう語りかける。
こちらの態度から、嘘はないと判断したよう。僅かな間を置いて、彼は恐る恐る口を開いた。
「ぼ、ぼくに、何の用でしょうか?」
「こいつらを連行するんだけど、被害者側の事情を聞いておきたいんだ。一緒に来てくれるか?」
「あ、はい。わ、分かりました」
二つ返事で承諾してくれるヴィヒテルの彼。理解が及んだからか、流されているからかは判然としないが、話が早いのは助かるので良しとしよう。
オレは王狼の三人を【位相隠し】に突っ込み、抱えていた荷物を適当な場所に置く。
そして、最後にカロンへ謝罪した。
「ごめん、カロン。オレは後始末をしなくちゃいけないから」
「お気になさらないでください、お兄さま。僅かでもお話しできただけ、私は嬉しかったです」
「それなら良かったよ」
笑顔を向けてくれる彼女に、ホッと胸を撫で下ろす。
オレたちは軽く挨拶を交わし、それぞれの仕事に戻った。
その後の事情聴取で、予想通り、裏で恫喝や暴行などが行われていたことが判明する。今回の一件に限らず、小さなイザコザが頻発しているようだった。
これは、組織が大きくなった弊害だ。元々、分かれて暮らしていた連中が集まれば、トラブルが起きるのも当然だろう。
特に、王狼族の横暴が酷い印象を受ける。故郷の被害がそこまで大きくなく、なまじ種族全体で強いのが事態の悪化に拍車をかけていた。
やはり、プリムラの成長は急務だな。強者による統率は、結構バカにならないものだ。
プリムラの体調を考慮しつつ、迅速な成長を促さなくてはいけないとは。実に厄介な案件だよ。
すべての処理が終わってからも、オレは頭を悩ませ続けるのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




