Chapter23-1 修行と方針(3)
決意した通り、あれから三日は、恋人たちとの一時に割り当てた。
短くないかって? 【刻外】も解禁したに決まっている。彼女たちの心に寄り添う以上に、大切なことなんてないもの。
当初は事態をかなり重く受け止めていたオレだが、各恋人たちに個人面談をしたところ、そこまで深刻な状態までは至っていなかったよう。
元より、カロンが泣いたのも、すべてストレスが原因ではなかったし。『魔法司の思わぬ制約に驚き、許可なく実行しなくて良かったと安堵したせい』と、彼女は後に語っていた。
しかし、ストレスがゼロだったわけではない。根本的原因ではなかっただけで、カロンたちは確実に気苦労を溜め込んでいた。
曰く、かつて予言された“オレの死”を、ずっと警戒しているとのこと。
ものすごく得心したよ。どうりで、今までよりも彼女たちの気合が入っていたわけだ。
一応、対策は講じた上で日々アップデートしているし、そのことを全員に伝えてもいた。
――が、よくよく考えれば、何を伝えたところで安心できるはずがないよなぁ。心配してもし足りないに決まっている。それくらい愛されている自覚は、さすがのオレもあった。
ゆえに、きちんと話し合ったとも。原因が原因だけに根本的な問題の解決には繋がらないけど、彼女たちの心が少しでも和らぐよう向き合った。お陰さまで、一定の理解は得られたと思う。
そして、今後は定期的に、このカウンセリングを設けようと決めた。
正直、今回の失敗は結構堪えた。心のどこかで『カロンたちなら大丈夫』なんて甘えていたことを自覚した。彼女たちだって一人の人間であり、普通に心を疲弊させるというのに。
これは恋人たちのためでもあるが、自分のためにもなるだろう。こういった機会では、相手だけではなく、こちらの胸襟も開いて話すようになるから。もっとお互いに歩み寄り、寄り添える。
反省すべき点は大いにあったけど、とても実りある三日間だったと思う。
というわけで、これまで以上に絆を育んだオレたちは、魄術大陸の問題対応に復帰した。
ニナとオルカが大多数の戦闘員たちを指導し、オレとサザンカは女王プリムラ個人に修行をつける。そんないつも通りを行おうとしたんだが、
「会議に出てほしい?」
三日振りに吸血鬼たちの拠点――シェルフレンの地下洞窟に顔を出したところ、プリムラの幼馴染みであるメイドのヴェロニカが、オレとサザンカに会議の出席を要求してきた。
首を傾げるオレに対し、彼女は恐縮した様子を見せる。
「は、はい。五公の方々がぜひに、と」
「ふーん」
五公とは、吸血鬼の国におけるナンバー2たちだ。王族の縁戚に当たる、いわゆる公爵家。
まぁ、そのうち一人は裏切り者だったので、四公と化しているんだけども。
「今後の国の動きについて、意見を乞いたいってところか?」
直近の脅威を退け、その際に約半年の猶予も勝ち取ったんだ。彼らとしても、色々動いておきたいんだろう。
ただ、敵の脅威を考えると、考えなしは得策ではない。ゆえに、窮地を救ったオレの意見を聞いておきたいんだ。
……前回の勝利に味を占め、『反転攻勢に出る』なんて言い出さないよな?
少し心配だな。吸血鬼族は、全体的にプライドが高い傾向にある。負け犬根性が染みついているよりはマシだけど、調子に乗りすぎるのも問題だ。
すると、両腕にたくさんの目が生えた老婆――サザンカが口を開いた。
「安心せい。攻めっけが強くなっている、なんてことはない」
この三日間、彼女はシェルフレンに残っていた。事前に、五公連中の様子も窺っていたんだろう。多くの経験を積む彼女の見解ならば、間違いはなさそうだった。
サザンカのセリフを認めたオレは、小さく首肯する。
「分かった。会議に参加しよう。案内してくれ」
「ありがとうございます」
慇懃に一礼したヴェロニカは、その後すぐに先導を始める。
はたして、五公が何を発言するのか。あまり突飛な意見は出さないでほしいと、オレは心のうちで祈るのだった。
町の中央にある建物、その一画にある会議室にて、オレたちは一堂に会していた。
メンバーはそこそこ多い。オレやサザンカは当然として、女王のプリムラと五公の四人の他に、比較的立場が高いんだろう貴族たちが顔を揃えている。
「それでは、会議を始める。司会進行は私、ミュコーヘンが担わせていただく」
見た目は十代後半ほどの銀髪紅眼の青年――吸血鬼は全員銀髪紅眼だ――が、丁寧に一礼した。
当主として若造ではあるが、五公の中で一番プリムラに敬意を払っている。少なくとも、表面上は。司会を任せるに持ってこいの人材だろう。実際、彼へ不平不満の感情を向ける者はいない。
そこからは、つつがなく会議は進んでいった。この前の戦いからの回復具合、備蓄の状況、町の治安、訓練の経過報告などなど。整然とした情報が、各人からもたらされる。
やはり、こういった事務処理は優秀なんだよな。頭抜けた天才ではないが、安定感がある。平時に輝く人材が多いんだ。生まれる時代を間違えたとしか言いようがないね。
途中、こちらが口を挟むような機会はまったくなく、淡々とした時間が流れていった。
そうして、いよいよオレの出番が回ってくる。
「最後となったが、対天翼族に関して、今後の動きを話し合おう。フォラナーダ殿から提案があると窺っているが……」
ミュコーヘンから水を向けられ、室内にいる全員の視線がこちらに集まった。
それらを受け、オレは立ち上がる。
「オレは、連合軍の結成を提案したい。他の鬼魄族と手を組み、天翼族と戦うんだ」
「「「「「「「「……」」」」」」」」
場が静まり返った。
しかし、それも一瞬のこと。すぐさま、ざわざわと動揺が伝播する。
――そう、動揺だ。大半の者が、天翼族と正面切ってぶつかり合うことに不安を感じていた。つい先日まで勝利の美酒に酔っていたとは思えないほど、彼らは気後れしていた。
然もありなん。たった一回の勝利で、これまでの敗北の味を消し去ることはできないだろう。一度屈してしまった心は、なかなか元には戻らない。
だからといって、意見を撤回するつもりはないが。そも、滅亡に瀕していた吸血鬼たちに、戦う以外の選択肢なんてありはしないんだ。
その事実は、プリムラもよく理解しているよう。
「全員、落ち着きなさい」
霊力を込めたんだろう声が、室内に響き渡った。それを耳にした貴族たちは、ピタリと動きを止める。糸をピンと伸ばしたように、場の空気が張り詰めた。
そんな中、プリムラはゆっくり言葉を紡ぐ。
「みんなが不安や恐怖を感じる気持ち、分かるわ。アタシも、あれだけ強かったお母さま――先代女王を殺した相手に立ち向かうなんて、身がすくむ想いよ」
先代女王の話題が出た瞬間、一気に空気が重くなった気がする。やはり、吸血鬼たちにとってのネックはそこか。
周りの表情や感情を観察しながら、プリムラの言葉に耳を傾ける。
彼女はギュッと右のこぶしを握り締めた。腕が微かに震えるほど力強く。
「でも、それでも、アタシは立ち向かう! どんなに怖くても、先行きが見えなくて不安でも、アタシは戦うッ。先代が守った民を、今度はアタシが守り切るために。そして、アタシたちの未来を守るために!」
声に宿った霊力は、おそらく、感情をダイレクトに伝える術だったんだろう。言葉の一つ一つからプリムラの熱意が、決意が、覚悟が、鮮烈に伝わってきた。
部外者のオレでさえ、若干心を揺さぶられるんだ。当時者たる他の面々は、もっと感じ入るものがあるだろう。実際、室内の空気は、先程までとは一転していた。
「戦いましょう!」
「そうだ、戦うんだ。我々の未来のために!」
「負けっぱなしなど、吸血鬼族の尊厳にかかわる」
「ここで尻込みしていては、死んでいった連中に顔向けができん」
誰もがやる気に満ちており、強気のセリフまで溢している。プリムラのセリフが、彼らの心に熱を宿した証拠だった。
「成長したのぅ」
「そうだな」
プリムラのリーダーシップを目の当たりにし、サザンカが感慨深そうに呟く。
その意見に、オレも首肯した。
様々な経験を得て、プリムラの精神は強くなった。まだまだ未熟な部分も残っているけど、もう一端の女王といって差し障りないと思う。
全会一致で連合軍の提案が可決したため、その後は『どうやって連合を組むか』の話し合いとなる。これに関しても、前もってオレが考案しておいたので、そう時間をかけずに決定された。
会議が早く終わって良かったよ。お陰で、ちょうど良いタイミングで駆けつけられそうだ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




