Chapter22-4 虚像(2)
……やはり、自分と戦えるこれは、とても貴重で重要な機会だな。
オレは戦場を駆け回りながら思う。客観的に自分の戦いを観察できるのは、非常に良いものだと。どこが良くて、どこが悪いのか、分かりやすいんだよ。スポーツ選手などが自分のプレイを録画し、調整を行うのと同じだ。
いや、実際に目の当たりにしている分、効果はそれ以上かな? 一秒進むごとに、自分の動きが洗練されていくのが実感できる。現在進行形で、オレは成長を遂げていた。
過去にこの試練を受けた者も、同じ感覚を得たに違いない。この試練を受けておいて、強くなれない輩は存在しないと断言できた。
刃を交えて一分ほど。体感だと一時間は斬り合った気がするけど、砂時計に間違いはない。
もう修正する箇所はないと判断したオレは、黒ゼクスの短剣二本を自身の得物で絡め取り、魔力を思い切り流すことで粉砕した。それから、ガラ空きになった彼の鳩尾に、渾身の蹴りを放つ。
風穴を開けるつもりだったが、上手く防がれたよう。硬質な感覚が伝わってくる。
吹き飛ばされた黒ゼクスは外壁に衝突した。壁は大きく抉れ、土埃が舞い上がる。
とはいえ、視界は遮られない。魔眼【白煌鮮魔】が発動中である以上、視界の阻害は防止できている。
ふらりと立ち上がる黒ゼクス。
本来なら容赦なく追撃を仕掛けるところだが、今回は控えた。まだ四分も残っているし、他にやっておきたいことがあったからだ。
「強くなればなるほど、みんなと離れる。それについて恐怖や不安を覚えないといったら嘘になる」
それは、最初に彼が語りかけてきた内容に対する答え。
完全に立ち上がったタイミングで、オレは無数の【銃撃】を撃った。当然、【皡炎天眼】による炎弾である。
あちらも【皡炎天眼】を発動し、すべての弾丸を防ぎ切った。
「でも、それ以上に期待してるんだよ。オレが愛した彼女たちなら、とんでもない奇跡を起こしてくれるんじゃないかってね」
ならば、と追加で発射する。今度は先程よりも数を増やして。ざっと千に届く弾幕で圧し潰す。
「期待、か。ただの現実逃避じゃないのか?」
一方で、黒ゼクスもしっかり応戦した。同じ白い炎で攻撃を相殺しながら、隙を見て【銃撃】による反撃を仕掛けてきた。もちろん、オレもきちんと防御する。
乱れ舞う【銃撃】の応酬。吹き荒れる白炎と熱に、周囲の地面や壁が融解していく。
だが、お互いに止まらなかった。血涙を流す瞳でしかと敵を見据え、攻撃の手は緩めない。
「全然違う。オレは、最期は一人になる可能性を受け入れた上で、違う未来の可能性も夢見ているんだ。現実逃避じゃない」
――【コンプレッスキューブ】。
現状、無詠唱で【銃撃】以外の魔法を行使する余裕はない。かといって、詠唱する暇もない。
ゆえに、ショートカットした。左手をグッと握り締める動作で、指定範囲を圧縮する魔法を最低限のリソースで発動する。
「結局は他力本願じゃないか。“夢”なんて聞こえのいい言葉で、自分の諦観を誤魔化してるだけ――ぐっ」
とっさに【コンプレッスキューブ】に対処した黒ゼクスだが、完全に防げなかった。逸れた魔法は、彼の右足首を潰すに至る。結果、黒ゼクスは僅かにバランスを崩す。
その隙を、オレは見逃さない。【銃撃】を放ちつつ、再び接近戦を仕掛けた。敵の喉元を掻っ切ろうと、二本の短剣を走らせる。
「うおおおおお!」
ただ、トドメとはいかない。黒ゼクスは倒れかけた体を右手で支えた上で、左手と小規模の魔力障壁で攻撃を受け止めた。
ギチギチと不穏な音を鳴らす、変則的な鍔迫り合い状態に陥る。
このしぶとさ、伊達にオレのコピーではないな。
自分のことながら感心しつつ、オレは言葉を紡ぐ。
「誤魔化してるだけなのは認めるよ。でも、こればっかりは、オレには何もできないことだ。後戻りができないんだから、他人に期待する他ない」
強者の道は不可逆だ。一度進めば戻れない。変わってしまった部分は戻せない。
しかし、後悔はない。すべてはカロンを、大切なものを守るために必要だったんだから。
割と残酷なこの世界を幸せに生きるには、圧倒的な力が必要だった。それだけの話である。
「最期の孤独なんて、自問自答したところで無意味なんだよ。それを解消するには、誰かの力が必要不可欠なんだからさ。どう足掻いても、他力本願になる。恐怖はしよう、不安にもなろう。それでも、オレが決めた道なら受け入れるだけだ」
心の闇を暴くという『殻の洞窟』の試練。オレの闇とは、この“答えの出ない悩み”だったわけだ。
何とも嫌らしいこと、この上ないよ。答えが出ないのに、どうやって乗り越えれば良いんだか。
もしかしたら、これ以外に提示できる試練がなかったのかもしれないけど、それにしたって理不尽である。
あと、意味が分からないことが一点。
「じゃあ、何故、未だ強さを求めるんだッ。強くなり続けてしまっては、いつまで経っても、誰も追いつけないぞ。現実から目を背け、覇に魅入られたんじゃないのか?」
この主張が、まったくもって意味不明なんだよなぁ。
覇に魅入られるって何だ? むしろ、覇道を回避しようと必死なくらいだぞ。精神魔法の乱用は控えているし、武力解決一辺倒にならないようにも気を付けている。
うーん。ほんの僅か、カケラほどある願望を拾い上げたとか?
そうなると、本格的に、『提示できる試練がなかった説』が濃厚になるな。“悩みが一切ない能天気な人間”と評価されているみたいで、少し複雑な気分である。
オレが首を捻っていると、不意に別方向から声が上がる。
「ゼクス殿、時間じゃ!」
サザンカから、五分が経過したと報告があがった。
もうそんな時間か。若干物足りなさもあるが、口にしたことは守らないといけないな。
一つ息を吐き、大きく飛び退いた。黒ゼクスと十メートルほどの距離を取る。
敵はすぐに体勢を整え、こちらに仕掛けてこようと構えるが、もはや無意味な行動だ。
「強くなる理由なんて一つしかない。怖いからだよ、理不尽に奪われることが。“大切”が大きければ大きいほど、比例して恐怖も膨れ上がってくる。この世界は、甘えが許されるほど優しくないんだ」
基本的にオレは臆病なのさ。そう告げてから、柏手を打つ。そして、魔法を唱えた。
「【万物の色を剥す無彩色】」
次の瞬間、オレの虚像は消え失せた。一切の予兆なく、塵も残さず跡形もなく。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




