Chapter22-3 カリキュラム(3)
高さ二百メートルを超える石柱の数々と、その足下に広がる森林地帯。吸血鬼たちが隠れる洞窟があるその地域は、地元民にはシェルフレンと呼ばれていた。『天然の要塞』という意味が込められているらしい。
実際、かの場所の攻略難度は高い。
真っ先に挙げられる難関は、大地に広がる豊かな森林だろう。天然の迷路を形成しており、しっかり準備して挑まないと、あっという間に迷子になるらしい。
転移直後のオレたち? 数キロメートル単位で探知できる者の前では無力だよ。
次の関門は、原生生物だ。
他の例に漏れず、この大陸にも魔獣に類する生物が存在した。霊獣と言い、魄術を扱う動物を指す。サザンカ曰く、その危険性は魔獣と同等だとか。
何でも、シェルフレンは霊的に強い土地で、そこに住まう生物も強く育ちやすいらしい。だから、霊獣たちも軒並み強い。
ザッと調べた感じ、最低でもレベル六十は必要そうだった。フォラナーダ以外だと、ほぼ全滅だろうなぁ。
では、吸血鬼たちはどんな方法で洞窟まで辿り着いたのか。
難しい話ではない。強力な結界で補強した抜け道を作っていただけのこと。先々代の時代の遺物で、定期的にメンテナンスも行っていたらしい。
天翼族たちによって壊されてしまい、今は跡形もないそうだが。
最後の難所は、先程もチラリと触れた『霊的に強い土地』という要素だ。魔法師であるオレたちや死鬼のサザンカには大して影響はないが、こういった場所は魄術のコントロールを著しく乱すという。ゆえにシェルフレンでは、彼らの住む地下洞窟以外ではまともに魄術が扱えないよう。
要するに、シェルフレンを踏破するには、自然の猛威と強力な霊獣を魄術ナシで攻略しなくてはいけないわけだ。並の魄術師には不可能な所業だろう。
皮肉なのは、敵である天翼族には、まったく関係ない点だな。彼らは魔法師なので、何の制約もついていない。反攻する選択肢を潰した分、むしろ、自分たちの首を絞めているくらいだった。
とはいえ、当時の吸血鬼を責めるのは酷だな。ここに逃げ込む以外の選択肢がないほど、追い詰められていたんだから。
「まぁ、そんな逃げ腰も、今日までの話だけども」
吸血鬼たちとの合流を果たした翌日。時刻は昼前。オレはそびえ立つ石柱の一つ、その頂点に腰かけていた。高度二百メートルを超えると、もはや柱というよりはビルに近いかもしれない。
眼下の森林では度々土埃が舞い、同時に耳をつんざく悲鳴が聞こえてくる。
何が起こっているのかといえば、吸血鬼の貴族や兵士が霊獣に襲われているんだ。今のところ戦線は三つで、戦闘参加者は百二十名程度か。
思ったよりも、連中の隠密能力が高いな。半分以上が霊獣に見つからず隠れている。
このままでは訓練にならないので、オレはテコ入れした。極小の【銃撃】を放ち、隠れている連中の周囲を吹き飛ばす。
これで彼らは移動せざるを得なくなった。音に引き寄せられる霊獣もいるだろうし、接敵まで時間はかかるまい。
――さて。改めて説明するまでもないと思うが、オレは今、吸血鬼たちの強化訓練の監督を務めている。内容は見ての通り、実戦である。
本来なら対人訓練を重点に行いたいんだけど、彼らの地力は及第点を下回っている。それを補うよう鍛えているわけだ。
監督役は他に二人いる。カロンやスキアと入れ替わりに転移してきたオルカとニナだ。オレとは違い、森林の中で指導を行っている。
何故、この二人なのかって?
理由は単純。オレたちの中で、もっとも『勝つために手段を選ばない』人員だからだ。種の存続のために戦う彼らにとって、『勝利』や『生存』を重視する二人の戦い方はとても参考になるだろう。
ちなみに、眼下の騒動が外部に漏れる心配はない。結界の範囲を、すでにシェルフレン全体に広げているもの。その辺りは抜かりない。
「ゼクス殿」
背後で開きっ放しにしていた【位相連結】から、サザンカが現れた。
オレは肩越しに彼女を見る。
「終わったのか?」
「うむ。程良い具合に仕上がった」
こちらの問いに、小気味好く頷くサザンカ。
彼女には、今朝からプリムラの訓練を担当してもらっていた。
というのも、今朝の段階で、プリムラは他の吸血鬼よりも強かったためだ。
先代直々に稽古をつけてもらっていたのもあるが、一番の原因は別だろう。
聖剣に操られていた期間。あれが彼女のポテンシャルを大きく引き上げたと、オレは予想している。
操られていた時、彼女はほぼ無限に幽霊を生み出し、紅い液体を操る秘術――【鮮血】という名称らしい――を巧みに操っていた。サザンカが言うには、一連の能力行使は、下手をすると死鬼に匹敵するほどだったという。
おそらく、かの聖剣は、プリムラの眠っていた才能を引き出していたんだと思う。未だ原石のままだった力を、強引に顕現させていたんだろう。
強引だったとはいえ、一度は表に出た力だ。聖剣が手を離れた後に影響が残っても不思議ではない。本人も、以前より霊力がコントロールしやすくなったと言っていたし。
そういった経緯があり、プリムラにはシェルフレンでの訓練は生温いと判断した。だから、サザンカに一任したわけだ。
彼女に任せた理由は言をまたない。フォラナーダの各員も任意で受けた『百目の試練』を、プリムラにも受けさせたんだ。元『試練を課す者』である彼女以上に、才能を引き上げることに特化した人材はいない。
とはいえ、
「ずいぶん早かったな」
精神世界での修行だから時間経過が遅いにしても、半日も経たず終わるとは思わなかった。
いやまぁ、ニナたちは十分も使わなかったらしいが、それは例外である。
すると、サザンカは珍しく少し興奮した様子で語った。
「本人のやる気のお陰もあるが、それ以上に才能じゃな。元々その片鱗はあったが、魄術に限れば、お主に匹敵する才能かもしれん」
「へぇ」
この親にしてこの子あり、ということなのかな。死鬼であった先代の娘も、それに達する可能性があると。
間違いなく朗報だな。精神面や政治的手腕においては、圧倒的に経験不足。先代のように振る舞うのは夢のまた夢だ。
しかし、戦闘に関しては、最低限追いすがれる点は大きい。戦時である今なら尚更。強い指導者に、民衆は付き従いたくなるゆえに。
「今はどうしてる?」
「疲れたのか眠っておる。しばらくは休ませておくべきじゃろう」
言外に、そっとしておけと牽制された。
オレを何だと思っているんだ。休ませる時は休ませるなんて常識だろうに。【刻外】を使った修行でも、休憩はこまめに取らせていたぞ。
オレは小さく溜息を吐いてから、サザンカに今後の予定を告げる。
「じゃあ、前に言ってた場所に、明日向かおう。今日の残りは休みだと、プリムラに伝えておいてくれ」
「良いのか?」
「最初の課題を早くクリアしたご褒美だよ」
「なるほど。飴と鞭の与え方が上手いのぅ」
「嫌な言い方するなよ」
こちらの文句をまるっとスルーし、再び【位相連結】の向こう側に消えていくサザンカ。
今さらだけど、彼女もだいぶフォラナーダに染まってきたな。最初の頃はあんなに緊張して接していたのに。
やれやれと肩を竦め、【位相連結】を閉じる。サザンカの報告用に展開していたものなので、もはや維持しておく意味はない。
再び一人になったオレは、眼下の状況を確認する。相も変わらず轟音と悲鳴が響いており、吸血鬼たちの成長は微々たるものだった。
女王は必死で頑張っているんだから、もっと気合を入れてほしいところだ。今夜の経過報告の際に、プリムラの現状を伝えるのも良いか。発破をかけられるかもしれない。
まぁ、まだ一日目だ。気長にやっていこう。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




