Chapter22-3 カリキュラム(1)
フェインに対する尋問は、あっという間に終わった。【刻外】をもってすれば、実質一瞬で終わるんだから、本当に便利である。
むしろ、尋問に入るまでが大変だったな。監視を許可しているにもかかわらず、ガンガーティアやミュコーヘンを筆頭に、多くの貴族が反対してきたんだよ。
魔法という未知に人一倍の警戒心を抱いているのは分かる。彼らは天翼族の魔法によって、ここまで追い詰められているんだから。
でも、もう少し柔軟に対応してほしいところだ。何せ、当のフェインが諜報方面の技術を熟知しているという。手のうちを知られている吸血鬼たちでは、情報を搾り取れるわけがない。
そんなこんなで何とか説得し、オレとサザンカが尋問を行った。
「も、もう終わったの?」
「お疲れさまです、お兄さま、サザンカさん!」
「お、おお、お疲れさま、で、です」
【刻外】を解除して以前利用した会議室に出ると、外で待機していたプリムラ、カロン、スキアが声を掛けてきた。他にも多くの貴族たちがいるけど、彼らは遠巻きに見守っているだけである。
プリムラの方が、カロンよりも口を開くのが早いのは少し驚いた。それほど、今回の一件を重く受け止めていた証左か。
恋人二人に「ありがとう」と頬笑みつつ、プリムラに答える。
「おおむね予想通りの内容だったかな」
「予想通りって、どういうこと?」
前のめりに尋ねてくる彼女に対し、オレは『どうどう』と両手を掲げる。
「まぁ、落ち着け。二名ほど、酷く疲れてるんだ。彼らに休息の時間くらいは儲けてやれ」
「え? あっ!」
こちらの指摘により、ようやくオレ以外のメンバーに意識が向いたらしい。
【刻外】内に同行していたのは、オレとサザンカ以外にもいた。ガンガーティアと五人の貴族が、監視役についていたのである。
彼ら六人の顔色は、一様に青ざめていた。五公――もう四公か?――の矜持か、ガンガーティアだけは気丈に振舞おうとしているものの、他五人は膝や両手を地面についていた。今にも吐瀉しそうである。
否。実際に、尋問中に吐いていた。今の彼らが持ち堪えられているのは、すでに胃の中身が空っぽだからだった。
一方、オレとサザンカは平然としている。お互いに、この手のことは慣れていた。
ガンガーティアたちの惨状に気づいたプリムラは、メイドのヴェロニカに向かって「水を用意して!」などと、慌てて指示を出し始める。
カロンとスキアは、そんな彼女をなだめながら、看病に協力していた。
「……行ったのは尋問で間違いないのだな?」
室内が少し騒がしくなる中、訝しげに問うてきたのはミュコーヘンだった。彼は、五公で唯一、プリムラの傍に控えていたんだ。
ちなみに、バウントードとライネルは警備に回っている。裏切り者たちを一掃した以上、天翼族たちの増援が送られてくる可能性が高いためだ。
オレの結界で十分対応できるんだけど、丁重に断られた。というか、解除してくれと懇願された。
無論、素直に応じたさ。警備に回っている者たちの立場がないし、部外者に生殺与奪権を握られることが怖いのは分かる。
閑話休題。
「当然だろう? 物理的には、一切傷つけてない」
ミュコーヘンと質問に、オレは肩を竦めて答えた。ついでに、サザンカに視線を向けて同意を求める。
彼女は苦笑を漏らした。
「うむ。嘘は吐いておらんな。フェインとやらは五体満足じゃ」
「何なら、この場に出して証明もできる」
「そうか……」
オレたちの言葉を聞き、彼は得心してくれたらしい。疑念は未だくすぶっているようだけど、本当にフェインは傷ついていないので問題ない。
その後すぐに、ミュコーヘンもプリムラたちの手伝いに向かう。オレとサザンカの二人だけがポツンと残された。
幾許かの沈黙が流れた後、サザンカが呟く。
「にしても、物は言いようじゃのぅ」
「何が?」
向けられた半眼に対し、オレは惚けてみせた。
すると、彼女は溜息を吐く。
「『何が?』ではないわ。確かに、物理的にはフェインを傷つけておらん。しかし、精神的にはボロボロではないか」
「それだって、元に戻したじゃないか」
「だからこそ、監視たちも恐怖したんじゃろうて。あそこまで壊れた者が元通りなど、意味不明すぎる」
「大袈裟だなぁ」
サザンカの苦言を、肩を竦めて受け流すオレ。
実際のところ、オレがやったことは、そこまで酷くない。沈黙や嘘を吐いたフェインに、精神魔法で“痛み”を与えただけだ。それこそ、警策を使った瞑想の訓練と同じように。
多少威力を上げたことは否定しないが、それでも、戦闘で傷つくよりも若干痛い程度に抑えた。大袈裟に見積もっても、拷問の域を出ない行為だったはずである。
予想外だったのは、フェインの堪え性のなさだな。あんな簡単に狂うとは思わなかったよ。
まぁ、お陰で、精神状態を一定時間巻き戻す【クリアマインド】を試す良い機会にはなったけどね。この魔法、記憶はそのままだから、かなり話し合いに有用だった。
あと、堪え性がなかったので、ペラペラと情報を吐いてくれたのも助かった。今後の戦に役立つものも、いくつか得られたし。
フェインの語った内容を思い出し、オレは目を細める。
「しかし、先代女王の存在は、想定していたよりも大きかったみたいだな」
「そりゃそうじゃ。王にして死鬼。その二つの肩書は、あまりにも重い」
どうにも、先代はフェインの裏切り行為を見逃していたみたいなんだよね。一定ラインを踏み越えそうなら牽制し、時には逆スパイのように情報を抜き取っていたらしい。
さすがという他ない。獅子身中の虫を上手く使いこなす手腕は、アリアノートを彷彿とさせる。先代の場合、さらに高い戦力まで保有しているんだから、ヤバすぎた。
どうりで、あの曲者ぞろいの五公を束ねていたわけだ。
フェインの一件を考慮すると、今後も身内から噴出するものがありそうだ。裏切りか、はたまた別の問題かは分からないが、絶対に何か秘められている。
「連合軍の結成へ動く前に、吸血鬼たちをしっかりまとめないとなぁ」
「どうするんじゃ? 内部統制は、相応の時間を要するぞ」
「うーん」
サザンカの言う通り、正攻法で内部の膿を解消していこうとすると、かなりの時間がかかる。それは望ましくない展開だ。チンタラしていたら、帝国との戦争が始まってしまう。
となると、方法は一つしかない。
「現女王を鍛えよう。最低でも、戦闘力は先代に匹敵させたい」
先代と同じ方法で、曲者ぞろいの連中を制御する。それが最短の手段だ。だが、短期間でそこまで育つかは未知数である。ゆえに、せめて力で抑えつけられるようには育てておきたい。
オレの答えを聞いたサザンカは、小さく溜息を吐く。
「それしかないか。ご愁傷さま、じゃな」
「酷い物言いだな。これは彼女も望むことだろう?」
「だからこそ、じゃよ。不憫で仕方ないわい」
どうやら、新参の部類である彼女にも、オレの訓練の誤解が広がっているらしい。まったくもって遺憾である。
まぁ、良い。今はこれからの計画を立案しなくてはいけないんだから。
看病に奔走する現女王――プリムラを眺めながら、オレは静かに思考を回し続けた。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




