Chapter22-2 五公(3)
※以前に吸血鬼の先代女王を『従』の死鬼と記載しておりましたが、正しくは『傀』の死鬼となります。申しわけございません。
出入口から続く通路を抜けると、大きく開けた空間があった。ここが、吸血鬼族たちの今の居住空間なんだろう。
思いのほか立派だな。岩肌を利用した建物、平らに整備された歩道、洞窟を満遍なく照らす照明などなど。町としての体裁をしっかり保っている。
人口密度がやや過剰な気もするが、そこは仕方ないか。生き残った国民すべてを囲うには、この洞窟は若干手狭だ。入っただけ御の字だと思う。
――彼らの隠れ家の観察は程々に、目の前の現実と向き合おうか。
通路を抜けてすぐに大きめの広場があったんだが、そこには大量のヒトが集まっているんだ。
いや、ヒトが集まるのは良い。先程までの騒動を思えば、そういった行動も取るだろう。
問題なのは、その大勢が、プリムラと相対して威圧している点にあった。彼女に味方しているのは、メイドの格好をした少女一人だけである。
「どういう状況なのでしょう?」
困惑気味に呟くカロン。
自分たちの命を守ってくれた女王が帰還したのに、どうして敵意を向けるのか。その理由がサッパリ分からないようだ。プリムラ側で物を見たら、意味の分からない状況でしかないもの。
ところが、あちら側の視点だと、あの態度は何も不思議ではないんだよな。
彼らからしたら、女王が帰ってくるなんて思ってもいなかったんだ。絶対に敵いっこない天翼族が外で監視している以上、結界を維持し続けるのが生存の必須条件だからね。プリムラは、生涯をかけて逃げ続けなくてはいけなかった。
そんな彼女が半年もせずに戻ってきた。しかも、結界を解除して。
そこから導き出される答えは一つしかない。
「ぷ、プリムラさんが、じ、自分たちを売ったと、か、かか、勘違いされてるんでしょうか?」
オレが答える前に、スキアが予想を口にした。
さすがはスキアだな。この一瞬で状況を整理し終えたのか。
そう。今のプリムラは、国民たちに売国奴だと疑われていた。敵に捕まった彼女が、我が身可愛さに国民を売ったと思い込んでいるわけだ。
「そんな……」
スキアのセリフを聞き、カロンは絶句する。そして、国民たちに若干の怒りを向けた。
気持ちは分かる。プリムラの献身を知っている身としては、理不尽な敵意を抱く彼らを叱りたくなるのは当然だった。
とはいえ、あちらを一方的に攻めるのは憚られるんだよなぁ。
何せ、普通は、こんなにも早く帰って来られるはずがないんだから。イレギュラーすぎるオレたちの存在を考慮しろという方が難しい。
だからこそ、プリムラ側に味方がいるのは驚きだった。
見た目から分かるのはメイドであること、銀髪紅眼であること、十五歳前後であること、プリムラとの距離感から親密な関係であること、くらいか?
まぁ、吸血鬼族は全員銀髪紅眼だし、老化速度がエルフと似ているため、年齢と外見が一致しているとは言えないんだが。
要するに、あのメイドに関しては、ほとんど情報がなかった。
「メイドについて、何か訊いてるか?」
こちらの問いに、スキアとサザンカは首を横に振る。
しかし、カロンのみは首を動かさなかった。
「世話役の幼馴染みがいると仰っていました。名前はたしか……ヴェロニカ、と」
「なるほどね」
幼い頃から一緒にすごした、同年代の世話役か。それなら、ああやってプリムラの肩を持つのも理解できる。二人は正しく親友なんだろう。
「頃合いだな。介入しようか」
一通りの状況把握を終えた辺りで、オレは改めて歩き出す。
これまでは睨み合うだけだったが、そろそろ手が出そうな連中がいた。実害が出てしまうと、プリムラの立場上、穏便な解決が難しくなる。最悪、処刑なんて手段を講じる必要もあった。
敗戦による不安が蔓延っている状況で、それを助長するような展開は望ましくない。手遅れになる前に動くべきだろう。
近づいたことで、ようやくオレたちの存在に気づいたらしい。国民たちは、あからさまに動揺し始めた。
「あれは誰だ?」
「まさか天翼族か!?」
「いや、翼がない」
「でも、女の二人は、霊力が微々たるものだぞ。やはり天翼族では?」
そんな感じで、こちらに対する評価が囁かれている。おおむね、オレたちが敵かどうか判断しかねている風だった。
大半の意識がオレたちへと逸れたお陰で、上手い具合に時間を稼げた。暴動が起きる前に、オレたちはプリムラたちの傍まで到着する。
「あの、ゼクスさん――」
「今度からは気を付けるように」
「……はい」
何か言おうとするプリムラだったが、その前にオレが口を挟む。
注意を受けた彼女は素直に頷き、その後は何も語らなかった。
所感ではあるけど、プリムラのようなタイプは、口で説明するよりも実際に経験させた方が早い。今後は、猪突猛進な行動を控えてくれるだろう。
一方、彼女に寄り添っていたヴェロニカは、訝しげな視線をこちらに向けている。警戒心も高い。
無理のない反応だが、今は相手をしている暇がない。彼女のことはカロンに任せよう。
さらっとヴェロニカを無視し、オレは一歩踏み出す。国民たちの視線からプリムラを庇うような立ち位置に入り込む。
同様に、サザンカも前へ出た。オレの隣に立ち、吸血鬼たちを見据える。
これから彼らと言葉を交わすのは、オレとサザンカの二人だ。
ここでようやく、全員の注目がオレたちに集まる。ずっとプリムラを注視していた連中も、ポジション的にオレを見ざるを得なかった。
「吸血鬼諸君。オレの名前はゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダ。ここより遠く離れた大地を治めるカタシット聖王国にて、侯爵位を与る者だ。今回、女王プリムラ殿の嘆願を受け、貴殿らの助力に参った」
「ワシは百々目鬼族のサザンカじゃ。『独』の死鬼でもある。彼の言葉が真実であると、ワシが保証しよう」
オレたちのセリフを聞き、吸血鬼たちは今まで以上に騒がしくなった。内容はオレの出自を疑うものが主だが、中にはサザンカの正体まで疑うものもある。
どうやら、一部界隈では、サザンカは死んだことになっていたらしい。然もありなん。彼女は、三百年近くこの大陸を離れていたんだからな。
ただ、その騒ぎも長くは続かない。
「静まれ、民たちよ!」
一つの声が響き、立ちどころに沈黙が場を支配した。
その後、五つの人影が民衆の中から姿を現す。
四男一女。女は二十代前半ほどで、男たちは十代後半から七十代程度と幅があった。身にまとう高そうな服装からして、高位の貴族に違いない。
オレの予想は正しかったらしい。彼らを認めたプリムラとヴェロニカが『五公』という言葉を呟いた。
五公、ね。語感的に、五つの公家もしくは公爵家といったところか? 国のナンバー2連中だとするなら、あの騒ぎを一声で黙らせたのも納得できる。
五公の一人――気の強そうな二十代半ばの男が、代表して口を開いた。
「貴公らの身元は正直疑わしい。しかし、結界解除から時間が立っているにもかかわらず、敵の襲撃がないことは事実。話し合いのテーブルは用意しよう。ついてきたまえ!」
そう告げると、五公たちは踵を返す。同時に国民たちは割れ、一つの道を作った。
有無を言わさぬ態度は褒められたものではないが、こちらが怪しい集団なのは確か。戦時中ゆえに、なめられないよう強気な交渉が求められている部分もあるんだろう。ここは大人しく従うのが最善かな。
オレは小さく苦笑を漏らし、提示された道を辿り始める。
それを見て、他のメンバーも続いた。プリムラとヴェロニカは呆然としていたが、カロンとサザンカがフォローしてくれているので大丈夫だと思う。
はてさて。五公とやらは、どんな話をしてくれるのか。お手並み拝見といこうか。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




