Interlude-Orca 魔法マニア
書籍2巻の発売日まで、一週間を切りました。
早くも店頭に並んでいるお店もあるそうです。手に取っていただけると、とても嬉しいです。
また、オーバーラップの広報にて、書籍特典の情報も公開されました。
ご興味のある方は、そちらも確認してみてください。
「あれ、ミネルヴァちゃんがいないなんて珍しいね」
とある日の夕食時。ボク――オルカは食卓を見渡した後に首を傾げた。食堂にそろう顔がボク、カロンちゃん、マリナちゃんだけだったからだ。
ゼクス兄とシオン姉、ニナちゃんはお仕事だと知っているので良い。スキアちゃんも、普段から食事の時間に間に合わないことが多いので、まだ良しとしよう。
でも、ミネルヴァちゃんが連絡なく欠席するのは珍しかった。彼女はこの手の伝達を怠る性格じゃないし。
同じ違和感をマリナちゃんも覚えたらしい。「確かに~」と頷いた後、視線を少し上に向けて泳がせ始めた。たぶん、周囲の気配を感知しているんだろう。
「屋敷の中にはいないねぇ。町に出てるか、フォラナーダに戻ってるかの、どっちかだと思うよー」
「ふーむ」
寝坊という可能性も潰え、ボクは益々首を傾げた。いったい、ミネルヴァちゃんは何をしているんだろう? 厄介ごとに巻き込まれていなければ良いんだけど……。
「カロンちゃんは何か知ってる?」
僅かな不安を胸中に湧かせつつも、ここまで黙っていたカロンちゃんに尋ねてみた。
「さぁ?」
「『さぁ?』って」
あまりに素っ気ない返答に、ボクは頬を引きつらせる。
いつも、何かと競い合っている二人だ。この反応は案の定ではあるけど、もう少し気にしてあげても良いんじゃないかなぁ。
ボクの内心に気づいたんだろう。カロンちゃんは肩を竦める。
「ミネルヴァがどこで油を売っていようと、取り立てて問題に上げるほどではないでしょう? 彼女は、お兄さまも認めるフォラナーダの一員なのですから」
彼女のセリフを受け、ボクとマリナちゃんは顔を見合わせた。どうやら、同じ感想を抱いたみたい。
それからすぐ、ボクたち二人は、カロンちゃんに生温かい視線を向ける。
すると、カロンちゃんはビクリと肩を震わせ、眉根を寄せた。
「な、何ですか?」
「いや、カロンちゃんも素直じゃないなぁって」
「二人は、何だかんだ仲良しさんだもんね~」
「……すさまじく不本意な評価ですが、ここで否定しても無意味そうですね」
ハァと溜息を吐き、そっぽを向く彼女。
その仕草がとてもミネルヴァちゃんに似ていて、ボクは少し吹き出してしまった。思いっきり、カロンちゃんに睨まれちゃったよ。たはは。
結局、その後もミネルヴァちゃんが食卓に現れることはなく、ボクたちは夕食を終えるのだった。
○●○●○●○●
「どうして私が……」
「まぁまぁ。そんなこと言わずに」
「それ、あなたのセリフではないと思いますよ?」
「まぁまぁ」
文句を垂れるカロンちゃんを宥めながら、ボクたちはフォラナーダの研究所に足を運んでいた。
というのも、ここにミネルヴァちゃんがいるという情報を得たためだ。しかも、スキアちゃんも一緒らしい。
たかが夕食に顔を出さなかっただけ、と思うかもしれないけど、『魔電』での連絡にも出てくれなかったんだ。さすがに心配にもなるよ。
ちなみに、マリナちゃんは別件で手を離せないので、同行はしていない。
「ミネルヴァめ。あとで模擬戦を吹っかけて、ボコボコにしてやります」
ボコボコて。可愛い女の子が口にして良い言葉じゃないと思うなぁ。最近のカロンちゃん、益々脳筋に拍車がかかっている気がする。
ボクは苦笑を溢しつつ、カロンちゃんに問うた。
「そういえば、最近の二人の戦績はどうなの?」
カロンちゃんとミネルヴァちゃんは、何かにつけて戦う。ほぼ毎日戦っているんじゃないかな?
ゼクス兄曰く、『ケンカするほど仲が良い』の典型。致命的な仲違いは起こっていないので、みんな呆れながらも放置しているんだよね。結果、フォラナーダの定番イベントと化しており、たまに賭けの対象にもなっているらしい。いろんな意味でスゴイよ。
最初こそカロンちゃんが連戦連勝だったものの、ミネルヴァちゃんの追い上げはすさまじく、学園に入学した頃には五分五分だと聞いていた。だから、今はどういった状況なのか、多少なりとも興味があった。
こちらの質問に対し、カロンちゃんは渋い表情を浮かべた。
「五分……いえ。認めるのは癪ですが、若干私が押され気味ですね」
「へぇ」
これまた意外な答えだった。
カロンちゃんは色魔法を修めている上、疑似的な魔法司化も果たしている。最近では本物の赤魔法司プラーミアの指導も受け、その実力はかなり上昇していた。だから、いくら天才のミネルヴァちゃんでも、突き放されているんじゃないかと思い込んでいたんだ。
しかし、フタを開けてみれば、ミネルヴァちゃんが勝ち越しているという。驚かない方が難しいだろう。
「参考までに、どんな風に負けてるのか訊いても?」
「……」
少し逡巡した彼女だったけど、おもむろに語り始めた。
「まず、色魔法の行使を防がれます。基本的に、色魔法は詠唱しないと安定しないのですよね。そのため、速度重視の魔法を撃たれると、対応に苦慮するのです」
「そういえば、最低でも魔法名は唱えてたね」
「自らの未熟さを嘆きたいところですが、熟練のガルナやプラーミアでさえ必ず詠唱するそうです。ひよっこの私では難しいと、断言されてしまいました」
そんな弱点が色魔法にはあったのか。ボクは魔法司を相手取ったことがないから、全然知らなかった。
まぁ、それを見抜き、的確に詠唱を邪魔する術を選択するなんて、ミネルヴァちゃん以外には不可能に近い気がするけども。手数が豊富な彼女だからこそ、上手くいくんだと思う。
カロンちゃんは説明を続ける。
「普通の魔法も、たまに乗っ取られるのが厄介なのですよね……。『術式が粗いから、操作権を奪うのが楽で助かるわ』と煽られた時は、本当に怒りでどうにかなりそうでした」
「うわぁ」
カロンちゃんのモノマネは、真に迫っていた。ここまでそっくりに演出できるのは、それだけ相当頭に来た証明だろう。印象に残りすぎて、寸分違わずマネできるんだ。
いつも思うけど、ミネルヴァちゃんはカロンちゃんに対して本当に容赦がない。傍から聞いていると、ドン引きするもん。逆もまた然りなのも怖い。
頬を引きつらせるボクだったが、ふと疑問が浮かんだ。
「えっ、ちょっと待って。他人の魔法のコントロールって奪えるの?」
二人の容赦ない関係性のせいでスルーしそうになったけど、かなり意味不明なことを言っているぞ。
【現出】した魔法は、【設計】通りにしか動かない。これは魔法の大原則だ。術者にだって変更できない。
もちろん、魔力を繋げたままにするとか、後から無理やり書き換えるなんて例外は存在するけど、そう簡単に行えるものでもない。
しかし、カロンちゃんの言い振りでは、ミネルヴァちゃんは毎回成功させているようだった。何をどうやったんだろうか?
考えつく限りだと、【放出】――魔力を体外に出す瞬間を狙ったとか?
いやいやいや、それはそれで不可能に近くない? 熟練の魔法師ほど、【放出】から【現出】するまでの時間は短縮するよう心掛けるもん。
精密操作がニガテなカロンちゃんとはいえ、それは普段のメンバー内では下位という話。一般的にはかなり上位の腕だ。【現出】までの時間は、刹那よりも短いはず。
とはいっても、安定して魔法の操作権を奪う方法なんて、他に思いつかない。
ボクが頭を悩ませている間に、カロンちゃんが正解を口にする。
「ミネルヴァが言うには、魔力の動きから【放出】する瞬間を計算し、狙い撃っているそうです」
「なる、ほど?」
「そういう反応になりますよね。私も意味が分かりません」
思考がフリーズしたボクを見て、同感だと頷くカロンちゃん。
そう、彼女の言う通り、意味が分からない。『魔力の動きから【放出】のタイミングを計算する』って何? まるで、魔力の動きを見れば、【設計】の過程が分かるみたいな――
「え、待って。そういうこと?」
思わず呟いてしまうボク。
えっ、ちょっ、本当に? ミネルヴァちゃん、魔力の動きだけで【設計】の進捗が読めるの?
にわかには信じ難いが、その可能性が高そうだ。真っ白のジグソーパズルを初見で組み立てるような難度だけど、それ以外の方法はもっとあり得ないし。
……そうか。ミネルヴァちゃんは、五属性ほとんどの魔法を網羅している。その知識を活かした戦法なのかもしれない。それにしたって、瞬時に見分けられるのはスゴイけど。
ボクじゃ、マネできなそうかなぁ。器用さで何とかできるかな? と考えたけど、どう足掻いても知識不足だ。魔法に対して一所懸命に向き合っている彼女だからこそ、実現可能な技なんだろう。
「狐の子は面白、かぁ」
ミネルヴァちゃんの父親は、魔法狂と呼ばれるほどの魔法マニアだ。
あの方と比べたら可愛い部類だけど、彼女もれっきとした魔法マニアということだね。
そうこう話しているうちに、ボクたちは二人が詰めているという研究所の一室に辿り着いた。他の職員はすでに帰宅しており、この部屋以外は暗いので、見つけやすかった。
「反応、ありませんね」
「だね」
ボクとカロンちゃんは顔を見合わせる。
来訪用のブザーを鳴らしてみたものの、まったく反応がないんだ。探知には二人が引っかかっているから、中にいるのは間違いないんだけども。
「待っていても仕方ありません。礼を欠きますが、このまま入りましょう」
「そうしようか。今は手が離せないのかもしれないし」
ボクたちは頷き合い、扉を開いた。
室内には、数多の魔道具を体に繋げたミネルヴァちゃんとスキアちゃんがいた。何やら熱心に話し込んでおり、時折ノートにものすごい勢いで書き留めている。
文字通り鬼気迫る様相だった。目がちょっと据わっていて怖い。
「はぁ」
そんな二人を見て、カロンちゃんが溜息を吐く。それから、両手を思い切り叩いた。
それには多分に魔力が含まれており、大音声を響かせる。
一部始終を見守っていたボクでさえ肩をビクリと震わせたんだ。不意を突かれたミネルヴァちゃんたちは、たいそう驚いていた。完全に動きが停止し、スキアちゃんに至っては尻もちをついている。
ようやくボクたちの存在に気づいたらしいミネルヴァちゃんが、目を丸くしたまま言う。
「あら、あなたたちだったのね」
それを受け、カロンちゃんは再び溜息を吐いた。
「『あら』ではありませんよ。二人とも、昨日の夜からぶっ通しで研究をしていましたね?」
「そうなの!?」
言われてみれば、二人の顔が若干やつれているし、目元にクマが浮かんでいる。確かに、徹夜を敢行した者の特徴があった。
ボクは眉根を寄せた。
「徹夜で研究なんてダメだよ、二人とも。もっと体を労わらないと!」
色々と無茶な訓練をするフォラナーダだけど、休息はしっかり取るように指導されている。オーバーワークはケガの元だと、ゼクス兄が口を酸っぱく言っているんだ。
だから、ミネルヴァちゃんとスキアちゃんの状態は、とても許容できるものではなかった。
カロンちゃんは呆れた調子で言う。
「研究はおしまいですよ。食事をしっかり取って、今日はもう寝てください」
「少し待って。そこまでいけば、切りが良いから」
「ダメです」
「……バッサリね」
「当然です。光魔法師として、健康に害のある状況は看過できません」
じろりとスキアちゃんの方を睨むカロンちゃん。嗚呼、スキアちゃんのお顔が真っ白。
その後、説教も程々に、ボクたちはミネルヴァちゃんたちを私室に放り込んだ。こうでもしないと、目を離した隙に研究を再開しそうだったからね。
好きだからこそ強くなっているとは思うんだけど、無茶はダメだよね。カロンちゃんじゃなくても許可できません。
翌々日。再び同じ状況になり、ボクとカロンちゃんでお説教することになったのはご愛敬かな。魔法マニアも程々にしてほしい。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




