Chapter21-5 魔の翼(2)
『敵の本拠地が王都の地下にある』
オレがもたらした情報は、その場を震撼させた。あのアリアノートでさえ、動揺を隠せなかったほどである。
当然だ。“灯台下暗し”なんて、早々起こる現象ではない。重要地であればあるほど、隙のない警備網を敷くものだ。
ほぼ確実に、アリアノートを含む国の重鎮たちは、王都に敵が潜んでいる可能性は考慮し、捜索も行ったはずだ。というか、オレたちフォラナーダも調査済みである。
だのに、今まで敵の尻尾を掴めていなかったんだ。王都には隠れていないと考えるのが普通だろう。
しかし、実際は違った。連中は、オレたちの足下に隠れ果せていた。これは、転移の逆算などから導き出された答えであり、覆しようのない事実である。
では、どうやって、こちらの調査を逃れていたのか。
それも、今回の追跡のついでに解析できていた。
驚くべきことに、敵は魔法で隠れていたんだ。連中の最終防衛ラインは秘術の一つ――魄術ではなく、オレたちが扱うものと同じ力だった。
ただし、隠密に使用されていた魔法は、未知の術式構築をしていた。五属性の合成魔法なのは分かるんだけど、それ以外が既存の術とは大きく異なっていたんだ。
同じ魔法なのにコンセプトが違うというか、根本的なアプローチが違うというか。多少は通ずる部分があるものの、大半が理解しづらいんだよ。まるで、他社の製品を修理してくれと言われているみたいな感覚だ。
まぁ、一度見つけてしまえば、こちらのものだったけどね。
オレの魔眼【白煌鮮魔】は。すべてを見通すんだ。未知の術式とはいえ魔法のカテゴリ内であり、行使者が魔法司以上の存在でないのなら、解析するのに問題はなかった。
解析によって判明した隠密魔法の正体とは、言うなれば【ダンジョン創造】の魔法だった。文字通り、ダンジョンにも似た構造物を作り出す術である。
具体的には、内部への探知や転移ができない五十階の建物を作る魔法、だな。内部が術者の強い支配下に置かれているせいで、軽く様子を窺うことも難しい。
何で、五十階だと分かるのかって?
術式自体に、階層数が組み込まれているんだよ。他にも外観などの指定もされていた。思ったよりも、融通の利く術ではないらしい。
つらつらと敵の隠れ方について語ったが、それによって判明したことがある。
それは、黒幕一味に別大陸出身の魔法師が在籍していることだ。断言しても良い。オレやアリアノートでも見覚えがない術式なんて、ルーツの異なる魔法としか考えられない。
数多の秘術だけでも混沌としていたのに、ここにきて未知の魔法を扱う者の登場。余計に、敵がどういった組織なのか分からなくなってきたよ。
そも、サザンカの話によると、魄術大陸には魔法師なんていなかったそうだし。どこから湧いて出たんだか。
――さて。そろそろ本題に移ろう。
といっても、話は至ってシンプル。敵の本拠地が判明したとなれば、やることは一つしかない。強襲である。
これ以上、“死者”を送り込まれても面倒だ。少なからず被害も出る。さっさと反撃に出た方が良いだろう。
それに、こちらが嗅ぎつけたことを、相手側に察知されている可能性も否めない。徹底して“死者”しか表に出さない点から、黒幕はかなりの慎重派だと分かるからな。
相手の準備が整う暇を与えず、一気に仕留め切るのが最適解だった。
「だから、オレ一人で突入すると提案したんだけど」
その場の全員から反対されたんだよね。他にもお供をつけなくてはダメだと、譲ってくれなかった。
どう考えても、今回はオレ単独の方が早いんだけどなぁ。五十階層を即座に踏破し、魄術や未知の魔法にも対処できる人材なんて、他にいない。
フォラナーダの実力者全員でゴリ押しするという手段もあるにはあるが、その場合は地上がガラ空きになってしまう。さすがに、防衛の人員がゼロなのは避けたかった。
結局、白熱した議論の末、オレには一人のお供がつけられた。
はたして、その人物とは――
「当然だろう。未知の魔法と聞かされて、単独行動を許す者なんていないさ。ただでさえ、主殿は死ぬ予言を受けているのだし」
――呆れた声を上げる土精霊のノマだった。ややボーイッシュな印象を受ける、手のひらサイズの女性。オレの唯一の相棒である彼女こそ、今回の同行者だ。
魔法技術に長けた精霊なら未知の魔法に対処できるだろうし、足手まといになりそうでも、小柄だから隠れやすい。それらが、ノマの選出された理由だった。
ノマの指摘に、オレは肩を竦める。
「予言のことなら、大丈夫だって何度も言っているんだけどね」
「それで納得すると思っているのなら、主殿は恋人たちと、しっかり向き合った方が良い」
「分かってる。ほんの冗談だ」
真面目に返されてしまったため、慌てて自身の言葉を訂正した。
ノマの言いたいことは十二分に理解している。もし逆の立場なら、オレだって同じ苦言を呈したさ。実際、カロンについては、かなり過保護に接していた自覚はある。
この話をこれ以上続けても不毛だと感じたオレは、ノマを連れて移動を始めた。すでに他の面々とは別れており、あとは人工ダンジョンに突入するだけだった。
【位相連結】を潜った先は、王都地下に広がる大きな下水道。かなり古い施設で、近々埋め立てが決まっていたものだ。
その一ヵ所の壁面が、大きく揺蕩っていた。人工ダンジョンの出入口である。
他にも三ヵ所ほど同じものが存在するみたいだが、今回はスルーする。
「入らないのか?」
出入口の手前で足を止めたオレに、不思議そうに問うてくるノマ。
オレは「ちょっとな」と短く返した。
念のため、再度ダンジョンを調べたかったんだ。何か穴があればラッキー程度の調査だけども。
……うん、新発見はないな。もっと深く踏み込むと、敵側に露見するかもしれない。下手に突かない方が賢明だ。
「行こう」
「了解した」
オレたちは頷き合い、揺れる壁面の中へと入る。
人工ダンジョンは、石造りの内装だった。武骨な廊下が真っすぐ続いている。
事前に解析した情報によると、迷路になっているんだったか。迷路の構造自体は、さすがに術式にも記されていなかったので、ここからは自力で踏破するしかない。
とはいえ、悠長にダンジョン攻略を実行する時間も惜しい。相手には転移の秘術がある以上、感づかれると逃げられるかもしれない。
であれば、オレの行動は一つしかなかった。
魔力隠蔽を自分とノマに施した後、【身体強化】を神化まで引き上げる。
おっと、肩に乗るノマがグロッキーにならないよう、防御も固めておかないと。
オレはすべての準備を一瞬で終え、両手を地面に突いた。尻を高く上げ、クラウチングスタートの構えを取る。
――そう。オレが導き出した人工ダンジョンの攻略方法とは、『全力ダッシュして最奥を目指す』である。
単純すぎる? 単純上等。こういったシンプルな手段が、意外と敵を混乱させたりするんだよ。
というわけで、加減はほとんどしない。力任せに走り切ってやる。
「舌、噛むなよ」
「わ、分かった」
「シッ!」
一応、ノマに忠告してから、オレは駆け出した。
その後、人工ダンジョンがどうなったかは、ご想像にお任せする。
一つ補足しておくと、加減は“周囲が蒸発しない程度”しかしていない。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




