Chapter21-4 胸を埋めるものは(4)
開幕の合図はない。
「【闇の帳】」
「【解放の光】」
フォリーアが最上級闇魔法を、わしが最上級光魔法を放った。お互い、詠唱して術の強度を上げている。
あちらが行使したのは、闇の空間を展開して敵の魔法を封じる術。対するこちらは、周囲すべての魔法を解除し、一定時間だけ光魔法の効果を微増させる術。
闇と光がぶつかり、一瞬で砕け散った。相殺である。
あれでも、かつての師匠じゃ。何を仕掛けてくるかなど、容易に予想できた。昔と何ら変わっていないのなら、なおさら分かりやすい。
「「【二重詠唱】」」
異口同音で、最上級風魔法が唱えられた。
癪じゃが、考えることは同じらしいのぅ。
わしとフォリーアは揃って眉をひそめ、詠唱を続ける。
「【セイントレイ】」
「【|ボルケーノボルテックス《ウィドボルテックス》】」
こちらは上級光魔法と最上級水魔法の組み合わせ。あちらは最上級火魔法と最上級風魔法の組み合わせじゃった。
フォリーアの攻撃は単純じゃな。炎と風の渦を掛け合わせ、巨大な炎の竜巻を作り出した。業火と灼熱を周囲に撒き散らしつつ、わし目掛けて迫ってきておる。
問題ない。こちらの魔法なら容易く突破できる。
【フラッドヴェール】により、わしの周囲を水の膜が覆った。その後、手元から放たれた細い光線が水膜に直撃する。
一見、自滅に思える行為じゃが、きちんと意味があるから安心せい。
計算された角度を当たった光線は、薄い【フラッドヴェール】の中に拡散した。水膜は光輝き、内部にいるわしの姿を隠す。というか、わしも眩しくて目を開けていられないほどじゃ。
数秒ほど輝いた水膜は、次の瞬間に飛散する。そして、何百という光線を周囲に放った。
分散した光は、各々の軌道を描く。大半は迫る竜巻を、残り僅かはフォリーアを狙った。
「【カオスウォール】」
雨の如き光線に、フォリーアは上級闇魔法で対処する。
あの光線が上級魔法の【セイントレイ】と踏んでの選択じゃろうが、甘い甘い。その程度で防げるほど、わしの術は弱くないぞ。
数多の光線がそれぞれの目標に衝突した。ドドドドドドと轟音が鳴り響く。
結果は一目瞭然じゃった。炎の竜巻はキレイさっぱり吹き飛び、フォリーアも肉体に無数の穴を開けた。
わしは【セイントレイ】を単純に拡散させたわけではない。【フラッドヴェール】の残存魔力を譲渡するよう仕向けたのじゃ。結果、かの光線は最上級魔法に迫る威力に向上したのである。
フッフッフッ。どうじゃ、この高等テクニック! 【セイントレイ】を当てる角度や【フラッドヴェール】に込める魔力量などなど。かなり繊細な技術が必要なのじゃよ!
火力のゴリ押した方が早いって?
たわけッ。魔法師ならば、細部にこだわってこそじゃろう。力技のみなど、優雅さに欠けるわッ。
「ッ!?」
フォリーアも驚いておるな。
当然じゃろう。この技量に至ったのは、彼女が死んだ百年後くらいじゃ。知るはずがない。
さて、まだまだ驚いてもらうぞ。
全身から血を流してふらつくフォリーアに向けて、わしは追撃を仕掛ける。次の一手は、魔女としての攻撃じゃ。
「【禁呪・――」
詠唱を始めると同時に、わしの体から呪いが噴き出る。濃密な呪いは、特別な眼を持たずとも可視化できるほどじゃ。
そして、呪いを集めた両手を、地面へと押し当てた。
「――樹海万華】」
呪いと魔力が注がれた地面を割り、おびただしい量の植物が現れる。植物たちは秒ごとに成長していき、瞬く間に周囲一帯を埋め尽くした。樹海の顕現である。
これらの植物は、元々地面に根差していたものを、わしの魔法で生育させたのじゃ。
しかも、ただ育てただけではない。わしは植物たちを意のままに操れるのじゃよ。無論、呪いと各種魔法で強化しておる。
葉の一枚さえも凶器と化した樹海。それに閉じ込められたフォリーアは、まさに針のむしろ状態じゃった。
「行け」
わしの命令に従い、樹海がフォリーアを襲う。葉が、花びらが、茎が、実が、根が。あらゆる生命が彼女を攻撃する。
当然、フォリーアも抵抗するが、無駄である。この植物たちは、わしの魔法で成長し続ける。壊したところで新しい生命が生まれるのじゃ。ここら一帯を屠る術でないと、反撃にはならない。
植物たちに襲われながら高火力の魔法を構築するなど、ほぼ不可能じゃろうがのぅ。
まぁ、この魔法も万能ではない。色々と改善点はあるが、一番の問題は燃費の悪さじゃな。わしは魔力量が割と多い方じゃけど、【樹海万華】の維持は十分とできぬ。
そもそも、格上には容易に突破されるし。ゼクスが良い例じゃな。一瞬で樹海が塵となったあの時は、自分の目を疑ったわ。
とはいえ、フォリーアにそこまでの実力はなかった模様。五分で彼女は魔力切れとなり、植物たちに蹂躙された。
禁呪を解除すると植物たちは枯れ果てるため、そこには何も残らなかった。
「お疲れ」
ふと、背後から声がかけられる。そこにはゼクスが笑顔で立っていた。
そういえば、ずっと見守ってくれていたんじゃった。フォリーアに集中しすぎて忘れておった。
わしは彼に笑顔で返す。
「ありがとう。お主のお陰で、冷静に戦えた」
「礼はいらないよ。オレのお陰というより、ディマの信念がそれくらい強かったってだけの話さ」
肩を竦める彼に、気取った様子はない。
いつもそうだ。ゼクスは助けたことを恩に着せてこない。毎回、当たり前のように手を差し出してくれる。
わしが学園長だから、という打算はあるのじゃろう。国の利益を考慮するなら、わしに配慮するのは自然な判断じゃ。
しかし、わしの勘が告げている。彼が助力する際、真っ先に浮かぶ理由は、もっと思いやりに満ちたものだと。細かい理由は後付けで、純粋な優しさが最初の動機なのじゃと感じた。
伊達に長生きはしていない。誰かの手を借りるなんてこと、今までもたくさん経験してきた。だのに、ゼクスにだけ強く頼りがいを感じるのは、彼の根本の優しさのせいじゃろう。
というか、今さら語るまでもないか。ゼクスが妹御や家族のために尽くしているのは周知の事実。そのような人物が他者には一切優しさを見せないなど、あり得ない話じゃ。
できることなら、その優しさに特別な意味を込めていてほしかったが……うん?
いや、待て。今の考え、どこから湧いてきた? もしかして、そういうことなのか?
とんでもない事実に気づきかけ、わしは頭を抱える。
間違いであってほしかったが、考えれば考えるほど、記憶を振り返れば振り返るほど、確証しか得られなかった。
「あぅあぅ」
わしは顔をうつむかせ、うめく。
どうやら、わしはゼクスに惚れておったらしい。
……改めて言葉にすると、ものすっごい恥ずかしいのぅ。歳を考えろと言いたい。
うわぁ。どうするんじゃ、これ? 気づいてしまったからには無視できんぞ。
落ち着け、ディマ。今は敵に襲われた直後じゃ。そういった浮ついた話をしている暇はない。そう、これは気恥ずかしさから来る逃亡ではなく、空気を読んだ戦略的撤退じゃ。何の問題もなかろう。
わしは自分にそう言い聞かせ、軽く両の頬を叩いた。よし、もう大丈夫。
一つ息を吐いたわしは、顔を上げる。
「保護した生徒たちの下に行きたい。【位相連結】を開いてくれるかのぅ?」
「あ、嗚呼。分かった。オレはカロンたちや王城の様子を見てくる。ここからは別行動だ」
「あい分かった。此度は世話をかけたな」
その後、ゼクスと別れてフォラナーダ城に転移するわし。
保護されていた彼らは全員無事のようで、本当に安心した。
子どもたちの今と未来を守る。それがわしの使命だと、今回の一件は改めて認識できた。良い経験とは言い難いが、無駄にはならなかったと思う。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




