表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Web版】死ぬ運命にある悪役令嬢の兄に転生したので、妹を育てて未来を変えたいと思います~世界最強はオレだけど、世界最カワは妹に違いない~  作者: 泉里侑希
第二部 Ex stage

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

828/1167

Chapter21-4 胸を埋めるものは(3)

ご報告が遅れましたが、オーバーラップの公式サイトにて、書籍2巻の口絵や試し読みが公開されています。興味のある方は、ぜひご覧ください。

 元の世界に戻るのに一拍遅れて、フォリーアの頬が盛大に引きつった。


 彼女視点だと、急に茶魔法司が消えたようにしか見えないはずだが、状況は察している様子。伊達に、かつての魔王との戦争を生き抜いてはいないか。


 それにしては、立ち回り方に賢しさが欠けている気がするけど……戦う力と考える力は別物ということかな?


 もしくは、魂が複製されていることに胡座(あぐら)をかいているか。前世にも、残機が大量にあると、途端にプレイングが雑になる輩がいたよなぁ。


 物量で押し潰すのも立派な戦法ではあるものの、オレたちには『面倒』以上の効果はない。


 だからこそ、魔法司なんて引っ張り出してきたんだろうが、たった二人にフォラナーダは負けない。今の人類事情は、千年前の彼女らとは違うんだ。


 とりあえず、周囲を結界で覆って封鎖。【異相世界(バウレ・デ・テゾロ)】ほどの安心感はないが、これで逃亡は阻止できるはずだ。


 それから、ディマの方をポンと叩いた。


「じゃあ、あとは任せる」


「へ?」


「『へ?』じゃないだろう。キミが自分の手で決着をつけたがっていたから、わざわざお膳立てしてあげたんじゃないか」


 呆ける彼女に、オレは溜息交じりに返す。


 何のために、フォリーアを残していたと思っているんだ。ディマが望まなければ、さっさと倒して他の援護に向かっている。


「パパッと倒して、因縁に終止符を打ってくれ。教育者でもヘンタイでもないディマは、違和感しかないんだよ」


 もちろん、今言った、個人的な感情だけが理由ではない。現在の聖王国には、ディマの力が必要不可欠だ。力があり、教育者としても誠実な彼女には、これからも学園長の職務を頑張ってほしい。


「……うむ。感謝する」


 こちらのセリフを受けたディマは、僅かに瞳を潤ませた後、毅然(きぜん)とした表情でフォリーアを見据えた。


 オレの意図がどこまで伝わったかは分からない。だが、彼女の心はすでに整理がついたみたいだった。怒りや憎しみは残っているものの、先程までのドロドロさは鳴りを潜めている。


 何と表現すれば良いか……。“凛とした真っすぐな感情”が的確かもしれない。


 あの様子なら、無茶なマネはしないだろう。安心して任せられる。


 オレは周囲の状況を逐一確認しつつ、ディマの目指す結末を見守るのだった。








◇◆◇◆◇◆◇◆








『教育者でもないディマは、違和感しかないんだよ』


 そうゼクスから指摘された時、わし――ディマは冷や水を浴びせられたような気分じゃった。フォリーアに向けた煮え滾る感情が、一瞬にして下火になった。


 嗚呼、そうか。わしは復讐者に戻っておったのか。


 ここにきて初めて、自分がどの立場で物を見ていたのかを自覚した。


 今まで、自分は冷静だと錯覚しておったのじゃ。フォリーアへの復讐は一度果たしている。この心の底から湧き出ている怒りは、かつての残滓にすぎない。そのように思い込んでおったのじゃ。


 何せ、約千年前のできごとである。記憶とともに感情も風化するのがヒトだと、わしは長い人生で悟っておった。


 しかし、違った。わしは故郷を燃やされた悲しみを、家族を蹂躙された憎しみを、師への尊敬を踏みにじられた怒りを、何一つ忘れておらんかった。心の奥底にグツグツ湧いていた感情は、純粋な復讐心に他ならなかった。


 復讐が無意味で無価値、とは言わない。何も生まないのは事実じゃが、次へ進むためのキッカケにはなるじゃろう。実際、わしは教職という道に進めた。


 じゃが、今のわしが抱いているこれ(・・)はいただけなかった。


 一度は解消させたものを再燃させるなど、幼子の癇癪と何ら変わらない。『家族の無念を晴らすため』という名分が、あまりにも滑稽染みてしまう。それは死んでいった彼らへの侮辱に他ならなかった。


 自分の心の安寧を保つため、と開き直る選択肢もあるじゃろうが、それを選択するわけにはいかなかった。


 何故なら、わしが教育者だからじゃ。わしは子どもたちを教え導き、手本となるべき存在なのじゃ。自らがまだまだ未熟者じゃと理解はしているが、誇れぬ姿をさらすわけにはいかぬ。


 ゆえに、わしがフォリーアと相対する理由は、別に用意しなくてはならない。過去の因縁といった後ろ向きなものではなく、もっと前向きな理由を。


 ――そう。たとえば、『子どもたちをこの悪女から守るため』とか。


 うむ。それが一番しっくり来るな。建前などでは決してない。本心から、それを目的としてフォリーアと戦えそうじゃ。


「ふっ」


 わしは小さく笑声を溢す。


 不思議なものじゃ。目的を変えたら、先程までの怒りが嘘のように消えよった。


 怒りが然程大したものではなかったのか。怒りを上回るほど、わしの教職者たらんとする意志が強かったのか。後者だと嬉しいのぅ。


 ……って、いかんいかん。つい泣きそうになってしまった。涙腺が緩くなるとは、わしも歳か。


「……うむ。感謝する」


 何とか涙がこぼれるのを堪えながら、わしはゼクスに礼を告げた。そして、フォリーアを見据える。


 彼女を見ても、もう心はにごらない。大丈夫。今度こそ、本当に冷静じゃ。


 ゼクスは一歩後ろに下がり、わし対フォリーアという構図ができあがった。


 こちらの対応を認めると、フォリーアは鼻で笑う。


「おやおや、自ら首を差し出してくれるのかい? ずいぶんと殊勝じゃないか」


 嘲り塗れの表情じゃが、微かな安堵も窺えた。十中八九、ゼクスが戦わないと知って安心したのじゃろう。


 少し情けなく思うが、仕方ないか。彼は魔法司さえ簡単に屠る人物。光魔法司(魔王)と実際に戦った経験がある彼女からしたら、よほどの化け物に見えるに違いない。


 わし一人相手なら勝てると確信しているところは、めちゃくちゃムカつくがのぅ。


 まぁ、良い。その鼻を明かすのも一興じゃ。


「一度死んで耄碌(もうろく)したようじゃな、フォリーア。お主を殺したのは、わしじゃろうて」


 あえて挑発するように返すと、フォリーアは目を細めた。


「よく言う。あれはお前が卑怯な手段を講じたからじゃないか。万全の状態であれば、負けはしなかったさ」


「ほぅ。わしは師から『勝ち方にこだわるな』と教わったんじゃがのぅ」


「チッ」


 否定できなかった彼女は、反論は口にせず舌打ちした。


 無理もない。フォリーアたち連合軍が魔王を封印できたのは、様々な罠を仕掛けたからじゃ。それを否定しては、自らの――ひいては聖女の功績に泥を塗ることになる。プライドが高く、聖女信仰が厚い彼女は、何も言い返せまい。先程の発言も、つい口を衝いた負け惜しみじゃろうし。


「「……」」


 言葉が途切れ、無言で睨み合うわしたち。


 いつ戦いの火ぶたが切られても不思議ではない状況じゃったが、不意にフォリーアが呟いた。


「……つまらない」


「何?」


 かろうじて聞こえた声に、わしは首を傾げた。この場に相応しいとは思えないセリフだったので、聞き間違いだと思ったのじゃ。


 しかし、そうではなかった。


「何だ、その腑抜けた態度は? 今のお前は冷静すぎる。先程まで抱いていた憎悪はどこに置いてきたんだ? これならまだ、私に復讐しようと躍起になっていた頃の方が面白かったぞ」


 不機嫌そうに言葉を並び立てるフォリーア。


 彼女の口は止まらない。


「もっと私を憎め。もっと私に怒りを抱け。聖女さま以外の光魔法師など、負の感情に身を焼き尽くす愚昧で醜悪な存在だと、私に示してくれ。私は、お前が醜ければ醜いほど嬉しいんだ」


「……」


 開いた口がふさがらないとは、今の状況を指す言葉なのじゃろう。わしは、フォリーアの語る内容が微塵も理解できんかった。ここまで狂信的だと、いっそ清々しいのかもしれんが。


 ただ同時に、多少の納得もしていた。


 かつて、復讐に奔走していた頃。逃げるフォリーアはいつも愉快げに笑っておった。あれは、復讐に囚われる光魔法師(わし)を見て、己の信仰が間違っていなかったと喜んでおったのか。


「私はお前の家族の仇だぞ? お前を育てるという大罪を犯した父母は、長く悲鳴を上げられるように弱火であぶった。お前に恋心を抱いていた少年は、その心臓を穿ち、目の前で潰してやった。お前の姉夫婦は傑作だったな。赤ん坊だけは見逃してくれと、情けない顔で懇願してきたぞ。無論、お前の血族など残しておけるはずがない。いつ、聖女さま以外の光魔法師が誕生するか分からないのだから」


 わしを復讐に駆り立てるためか、故郷を襲った時のことを詳細に語り出すフォリーア。


 頭痛はないが、眉間を指で解した。こうやって揉んでおかないと、落ち着かない気分に駆られたのじゃ。


 怒りが一切ないと言ったら嘘になるが、それ以上に憐れじゃった。他人をおとしめることでしか自己を保てないのはもちろん、よみがえっても過去の価値観に縛られている彼女が、憐れで仕方なかった。


 こちらが余計に冷めていく様子を悟ったのじゃろう。フォリーアは途中で口を閉じた。その後、彼女は不服そうな顔で言う。


「これでもダメか。時間は残酷だな。あれほど醜かったお前も、このように空っぽのガラクタにしてしまう。私たち人類の糧になれないお前に、何の価値があるというのだ」


「無駄じゃろうが、あえて反論しよう。わしは空っぽなどではないぞ。復讐とは別の、大切なものを得たのじゃ。それがある限り、二度と惑わされない」


 わしは復讐を果たし、前に進んだのじゃ。かつて燃えていた執念はすでに消えており、そこには新しい情熱が宿っておる。じゃから、過去には戻らない。わしは未来を見据えたい。


 とはいえ、やはりフォリーアには通じなかった。彼女は鼻で笑う。


「ハッ、戯言を。もう終わりにしよう。役目を果たせないゴミほど、邪魔なものはないな」


 彼女の世界は、ずっと千年前のまま止まっているらしい。記憶も、価値観も、環境も。すべての時が停滞している憐れな囚人じゃ。しかも、本人がそれを良しと許容しておる。


 あちらと同意見なのは癪じゃが、終わりにしよう。言葉で解決できるタイミングは、千年も前に通りすぎておる。

 

次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そもそもゼクスは金の魔法司を討伐した英雄なんだから当時を知るものなら本来は敬意を表すべき相手なんだけどなぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ