Chapter21-4 胸を埋めるものは(3)
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元の世界に戻るのに一拍遅れて、フォリーアの頬が盛大に引きつった。
彼女視点だと、急に茶魔法司が消えたようにしか見えないはずだが、状況は察している様子。伊達に、かつての魔王との戦争を生き抜いてはいないか。
それにしては、立ち回り方に賢しさが欠けている気がするけど……戦う力と考える力は別物ということかな?
もしくは、魂が複製されていることに胡座をかいているか。前世にも、残機が大量にあると、途端にプレイングが雑になる輩がいたよなぁ。
物量で押し潰すのも立派な戦法ではあるものの、オレたちには『面倒』以上の効果はない。
だからこそ、魔法司なんて引っ張り出してきたんだろうが、たった二人にフォラナーダは負けない。今の人類事情は、千年前の彼女らとは違うんだ。
とりあえず、周囲を結界で覆って封鎖。【異相世界】ほどの安心感はないが、これで逃亡は阻止できるはずだ。
それから、ディマの方をポンと叩いた。
「じゃあ、あとは任せる」
「へ?」
「『へ?』じゃないだろう。キミが自分の手で決着をつけたがっていたから、わざわざお膳立てしてあげたんじゃないか」
呆ける彼女に、オレは溜息交じりに返す。
何のために、フォリーアを残していたと思っているんだ。ディマが望まなければ、さっさと倒して他の援護に向かっている。
「パパッと倒して、因縁に終止符を打ってくれ。教育者でもヘンタイでもないディマは、違和感しかないんだよ」
もちろん、今言った、個人的な感情だけが理由ではない。現在の聖王国には、ディマの力が必要不可欠だ。力があり、教育者としても誠実な彼女には、これからも学園長の職務を頑張ってほしい。
「……うむ。感謝する」
こちらのセリフを受けたディマは、僅かに瞳を潤ませた後、毅然とした表情でフォリーアを見据えた。
オレの意図がどこまで伝わったかは分からない。だが、彼女の心はすでに整理がついたみたいだった。怒りや憎しみは残っているものの、先程までのドロドロさは鳴りを潜めている。
何と表現すれば良いか……。“凛とした真っすぐな感情”が的確かもしれない。
あの様子なら、無茶なマネはしないだろう。安心して任せられる。
オレは周囲の状況を逐一確認しつつ、ディマの目指す結末を見守るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『教育者でもないディマは、違和感しかないんだよ』
そうゼクスから指摘された時、わし――ディマは冷や水を浴びせられたような気分じゃった。フォリーアに向けた煮え滾る感情が、一瞬にして下火になった。
嗚呼、そうか。わしは復讐者に戻っておったのか。
ここにきて初めて、自分がどの立場で物を見ていたのかを自覚した。
今まで、自分は冷静だと錯覚しておったのじゃ。フォリーアへの復讐は一度果たしている。この心の底から湧き出ている怒りは、かつての残滓にすぎない。そのように思い込んでおったのじゃ。
何せ、約千年前のできごとである。記憶とともに感情も風化するのがヒトだと、わしは長い人生で悟っておった。
しかし、違った。わしは故郷を燃やされた悲しみを、家族を蹂躙された憎しみを、師への尊敬を踏みにじられた怒りを、何一つ忘れておらんかった。心の奥底にグツグツ湧いていた感情は、純粋な復讐心に他ならなかった。
復讐が無意味で無価値、とは言わない。何も生まないのは事実じゃが、次へ進むためのキッカケにはなるじゃろう。実際、わしは教職という道に進めた。
じゃが、今のわしが抱いているこれはいただけなかった。
一度は解消させたものを再燃させるなど、幼子の癇癪と何ら変わらない。『家族の無念を晴らすため』という名分が、あまりにも滑稽染みてしまう。それは死んでいった彼らへの侮辱に他ならなかった。
自分の心の安寧を保つため、と開き直る選択肢もあるじゃろうが、それを選択するわけにはいかなかった。
何故なら、わしが教育者だからじゃ。わしは子どもたちを教え導き、手本となるべき存在なのじゃ。自らがまだまだ未熟者じゃと理解はしているが、誇れぬ姿をさらすわけにはいかぬ。
ゆえに、わしがフォリーアと相対する理由は、別に用意しなくてはならない。過去の因縁といった後ろ向きなものではなく、もっと前向きな理由を。
――そう。たとえば、『子どもたちをこの悪女から守るため』とか。
うむ。それが一番しっくり来るな。建前などでは決してない。本心から、それを目的としてフォリーアと戦えそうじゃ。
「ふっ」
わしは小さく笑声を溢す。
不思議なものじゃ。目的を変えたら、先程までの怒りが嘘のように消えよった。
怒りが然程大したものではなかったのか。怒りを上回るほど、わしの教職者たらんとする意志が強かったのか。後者だと嬉しいのぅ。
……って、いかんいかん。つい泣きそうになってしまった。涙腺が緩くなるとは、わしも歳か。
「……うむ。感謝する」
何とか涙がこぼれるのを堪えながら、わしはゼクスに礼を告げた。そして、フォリーアを見据える。
彼女を見ても、もう心はにごらない。大丈夫。今度こそ、本当に冷静じゃ。
ゼクスは一歩後ろに下がり、わし対フォリーアという構図ができあがった。
こちらの対応を認めると、フォリーアは鼻で笑う。
「おやおや、自ら首を差し出してくれるのかい? ずいぶんと殊勝じゃないか」
嘲り塗れの表情じゃが、微かな安堵も窺えた。十中八九、ゼクスが戦わないと知って安心したのじゃろう。
少し情けなく思うが、仕方ないか。彼は魔法司さえ簡単に屠る人物。光魔法司と実際に戦った経験がある彼女からしたら、よほどの化け物に見えるに違いない。
わし一人相手なら勝てると確信しているところは、めちゃくちゃムカつくがのぅ。
まぁ、良い。その鼻を明かすのも一興じゃ。
「一度死んで耄碌したようじゃな、フォリーア。お主を殺したのは、わしじゃろうて」
あえて挑発するように返すと、フォリーアは目を細めた。
「よく言う。あれはお前が卑怯な手段を講じたからじゃないか。万全の状態であれば、負けはしなかったさ」
「ほぅ。わしは師から『勝ち方にこだわるな』と教わったんじゃがのぅ」
「チッ」
否定できなかった彼女は、反論は口にせず舌打ちした。
無理もない。フォリーアたち連合軍が魔王を封印できたのは、様々な罠を仕掛けたからじゃ。それを否定しては、自らの――ひいては聖女の功績に泥を塗ることになる。プライドが高く、聖女信仰が厚い彼女は、何も言い返せまい。先程の発言も、つい口を衝いた負け惜しみじゃろうし。
「「……」」
言葉が途切れ、無言で睨み合うわしたち。
いつ戦いの火ぶたが切られても不思議ではない状況じゃったが、不意にフォリーアが呟いた。
「……つまらない」
「何?」
かろうじて聞こえた声に、わしは首を傾げた。この場に相応しいとは思えないセリフだったので、聞き間違いだと思ったのじゃ。
しかし、そうではなかった。
「何だ、その腑抜けた態度は? 今のお前は冷静すぎる。先程まで抱いていた憎悪はどこに置いてきたんだ? これならまだ、私に復讐しようと躍起になっていた頃の方が面白かったぞ」
不機嫌そうに言葉を並び立てるフォリーア。
彼女の口は止まらない。
「もっと私を憎め。もっと私に怒りを抱け。聖女さま以外の光魔法師など、負の感情に身を焼き尽くす愚昧で醜悪な存在だと、私に示してくれ。私は、お前が醜ければ醜いほど嬉しいんだ」
「……」
開いた口がふさがらないとは、今の状況を指す言葉なのじゃろう。わしは、フォリーアの語る内容が微塵も理解できんかった。ここまで狂信的だと、いっそ清々しいのかもしれんが。
ただ同時に、多少の納得もしていた。
かつて、復讐に奔走していた頃。逃げるフォリーアはいつも愉快げに笑っておった。あれは、復讐に囚われる光魔法師を見て、己の信仰が間違っていなかったと喜んでおったのか。
「私はお前の家族の仇だぞ? お前を育てるという大罪を犯した父母は、長く悲鳴を上げられるように弱火であぶった。お前に恋心を抱いていた少年は、その心臓を穿ち、目の前で潰してやった。お前の姉夫婦は傑作だったな。赤ん坊だけは見逃してくれと、情けない顔で懇願してきたぞ。無論、お前の血族など残しておけるはずがない。いつ、聖女さま以外の光魔法師が誕生するか分からないのだから」
わしを復讐に駆り立てるためか、故郷を襲った時のことを詳細に語り出すフォリーア。
頭痛はないが、眉間を指で解した。こうやって揉んでおかないと、落ち着かない気分に駆られたのじゃ。
怒りが一切ないと言ったら嘘になるが、それ以上に憐れじゃった。他人をおとしめることでしか自己を保てないのはもちろん、よみがえっても過去の価値観に縛られている彼女が、憐れで仕方なかった。
こちらが余計に冷めていく様子を悟ったのじゃろう。フォリーアは途中で口を閉じた。その後、彼女は不服そうな顔で言う。
「これでもダメか。時間は残酷だな。あれほど醜かったお前も、このように空っぽのガラクタにしてしまう。私たち人類の糧になれないお前に、何の価値があるというのだ」
「無駄じゃろうが、あえて反論しよう。わしは空っぽなどではないぞ。復讐とは別の、大切なものを得たのじゃ。それがある限り、二度と惑わされない」
わしは復讐を果たし、前に進んだのじゃ。かつて燃えていた執念はすでに消えており、そこには新しい情熱が宿っておる。じゃから、過去には戻らない。わしは未来を見据えたい。
とはいえ、やはりフォリーアには通じなかった。彼女は鼻で笑う。
「ハッ、戯言を。もう終わりにしよう。役目を果たせないゴミほど、邪魔なものはないな」
彼女の世界は、ずっと千年前のまま止まっているらしい。記憶も、価値観も、環境も。すべての時が停滞している憐れな囚人じゃ。しかも、本人がそれを良しと許容しておる。
あちらと同意見なのは癪じゃが、終わりにしよう。言葉で解決できるタイミングは、千年も前に通りすぎておる。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




