Chapter21-2 死者(6)
オーバーラップの公式ブログにて、2巻の書影が公開されました。
ご覧になりたい方は、お手数ですが、公式ブログか私のX(旧Twitter)にてご確認ください。
また、2巻の発売日は今月の25日となります。
各種通販サイトでは、すでに予約受付が開始されているようです。
売り上げ次第で続刊の有無が決まりますので、懐に余裕のある方はよろしくお願いします!
“死者”に関する経過報告を受けてから三日後。
相変わらず、状況に変化はない。“死者”討伐の報告のみが上げられる毎日。オレの探知網にも、敵影は引っかからない。
ここまで来ると、敵が探知妨害の手段を持っている可能性は非常に高かった。でなければ、まったく情報が掴めないのは不自然すぎる。
聖剣の気配は感じないため、オレの知らない魄術の線が濃厚か?
とはいえ、そういった術は、あらかたサザンカから教えてもらったはずなんだけどなぁ。
彼女でさえ知らない術となると、実に厄介だ。最悪の展開も考慮し、色々と準備を整えておいた方が良いのかもしれない。
「お兄さま」
そんなことをつらつらと考えていたら、カロンに声を掛けられた。
隣を歩いていた彼女は一礼する。
「私たちはこちらの教室に向かいますので、失礼いたします」
彼女は分岐する廊下の右側を指した。
そう。今は学園の真っ最中で、教室を移動しているところだった。
受ける授業がバラバラだったため、いつものメンバーの大半はいない。この場にいるのは、教室が近かったオレ、カロン、スキアと、使用人のシオンの四人だけだ。
補足しておくと、カロンたちを放って考えごとをしていたわけではない。【多重思考】によって、彼女たちとの会話を楽しみながら、思案を巡らせていたんだ。その辺りは抜かりない。
オレはカロンたちに笑顔で返す。
「また後で」
「はい」
特別なやり取りはなく、自然に別れるオレたち。
しかし、次の瞬間、それは起こった。
ドカンと、建物全体を揺らすほどの大音声が鳴ったんだ。
襲撃を考慮し、オレたちは即座に再集合。その後、周囲警戒しながら轟音の原因を探った。
とりあえず、ざっと探知を行う。現在地である建物内や周囲三百メートルに異常は見られなかった。
となると、オレたちを狙った襲撃ではなさそうだ。安心――できないな。それはそれで問題か。遠くまで轟音が届くほどの騒ぎ、というわけなんだから。
大騒動ならば、悠長に遊んでいる時間はない。探知範囲を一気に広げ、王都全体を網羅する。
「これは……」
オレは目を細めた。
大音声の源は教務棟だった。ここから四キロメートル離れた場所にある、職員室や学園長室、事務室などが集まった建物である。
そんな学園の中枢といって良い場所が今、燃えていた。いや、ただの火事ならまだ良い。建物が大きく崩壊しており、多くの人々が傷を負っている。中には命が危うい者もいた。
しかも、この惨状は人為的に起こされた模様。建物の上空で、ディマと主犯と思しき人物が戦っている。その余波でさらに建物が崩れるんだから、泣きっ面に蜂だ。
まさに大惨事。ここで黙って眺めている場合ではない。
「教務棟で人為的爆破。ケガ人多数。三人は救護を頼む」
調査内容を端的にカロンたちへ伝え、【位相連結】を開く。そして、オレは向こう側に歩を進めた。
簡潔すぎる伝達だったが、彼女たちは理解してくれたらしい。全員、オレに続いて【位相連結】を潜っており、テキパキと行動を開始する。
実際の現場を目の当たりにすると、いっそう惨いと感じるな。ガレキがあちこちに散乱し、火炎がゴウゴウと燃え盛り、あらゆる悪臭が鼻につき、悲痛な呻き声が聞こえてくる。
だが、この惨状もすぐに収まるだろう。救護を請け負ったのはカロンたち――光魔法師二人と凄腕のメイドなんだから。現に、火事は火魔法によって一瞬で消え、崩壊寸前の建物は風魔法で分解され、ケガ人の応急処置も広範囲光魔法ですでに終わっている。
何も言うことのない、完璧な対応だ。こちらは任せても大丈夫だろう。
「オレは、オレの役目をまっとうしよう」
見据えるは上空。先程からドンパチ騒がしい戦場をジッと観察する。
かなり高い場所まで上っているようだが、それでも、僅かな余波が地上に届いていた。激戦である。
戦う影は二つ。一人は当然ながら黒長髪の幼女ディマだ。
もう一人は、事件の主犯だろう黒いセミロングヘアの女性。身長は百七十ほどあり、スラリとした体型をしている。外見年齢は二十代半ばくらいか? 結構な美女のように思う。
しかし、浮かべる笑みは醜悪の一言。頬が意地悪げにつり上がっていて、嫌味な印象を受ける。ディマが激高している様子からして、煽るような発言をしているのかもしれない。
それにしても、ディマがあそこまで怒るなんて珍しいな。歯を剥き出しにして、感情のままに攻撃を仕掛けている。経験豊富な彼女は、怒りに身を任せる愚かしさを理解しているはずなのに。
よほど癇に障ることを言われたのか……もしくは、我慢ならないほどの相手だったか。
あの女性が“死者”であることは、魔道具によって確定済み。となれば、ディマの過去の知り合いである可能性は十分にあった。
「とにかく、今は助力するしかないか」
状況は分からないものの、ディマに任せ続けるのが危険なのは分かる。どんな実力者でも、前後不覚のままでは足下をすくわれてしまう。
王都内に怪しい人物――【反魂術】の術者の反応が見当たらないことを確認してから、オレは空に跳んだ。魔力で足場を作り、神化で向上した身体能力で駆け上がっていく。
「【プラズマサイクロン】ッ!」
「【プレスレーザー】」
オレが二人の下に辿り着いたタイミングで、両者の魔法が衝突する。ディマが電撃の渦を、“死者”の女性は圧縮した水のレーザーを放った。
前者は風と光の合成、後者は土と水の合成だろう。どちらも精緻な技術の上で構成されており、見るヒトが見れば感動を覚える代物だ。
ただ、繊細だからといって、威力が控えめにはならない。最上級のぶつかり合いは、周囲にすさまじい衝撃を拡散させる。神化したオレでも、少し頬がヒリヒリ痺れたくらいだった。
このレベルの魔法を撃ちまくっていたのなら、地上に余波が届いていたのも納得だな。フォラナーダでも、上位陣でなければ介入できまい。
二つの魔法の勢いが衰えた瞬間、オレは“死者”に向かって【鑑定】を発動する。
名前はフォリーア・テンペクスタ・ソリ・エペラウス。レベルは99か。光以外の適性を持つ、典型的な魔法師と。
レベルは良い。ディマと互角に渡り合っていた時点で予想できたことだ。
だが、名前には聞き覚えはなかった。名前の法則的に、聖王国出身なのは間違いないはずなんだけども。
準子爵ゆえに、一代で終わったのか? いや、レベル99まで上げ切った人材が、無名で終わるはずがない。ディマと顔見知りであることを考慮すると、記録に残らないほど過去の人間の可能性が高そうだ。それこそ、聖王国が建国したばかりの時代。
オレは“死者”フォリーアの素性に、一つの心当たりがあった。というか、ディマの怒りっぷりを見れば、それ以外は考えられない。
先程の魔法が完全に消え、続く攻撃を放とうとする彼女ら。その前に、オレは動いた。
まず、【銃撃】をフォリーアに向かって撃つ。
「ッ!?」
三百六十度を囲う射撃だったんだが、彼女は上手く致命傷を避けてみせた。発動直前だった魔法を即座に書き換え、急所に当たりそうな弾だけを逸らしたんだ。
とっさに魔法を変更する技術もそうだが、すべては防げないと判断する状況把握の早さや、【銃撃】を受け止めるのではなく受け流す勘の良さは、一流といって差し障りない能力である。
加えて、直後に発射されたディマの魔法――風の斬撃――も華麗に回避しているし。
グリューエンの暴れ回っていた時代を生き残っただけあって、実力の水準が高いのかもしれないな。
厄介な相手だと内心思いつつ、オレはディマの隣に立つ。そして、彼女の背中をバシッと軽めに叩いた。
「痛っ」
「頭を冷やせ」
「い、いつの間に……」
こちらを見て、目を白黒させる彼女。
どうやら、オレの接近にも気づかないほど、頭に血が上っていたらしい。重症だな。
彼女と話そうにも、フォリーアの存在が邪魔か。【銃撃】を乱射して討伐を試みる。
……おお。魔力感知能力に長けているのか、面白いようにヒョイヒョイ避けている。当人は必死の形相だけど、ここまで当たらないのはスゴイな。
討伐とはいかなかったが、足止めにはなった。その間に、ディマと話しておこう。
「怒りに身を任せてたら、勝てる戦いも勝てないじゃないか」
「すまぬ。あいつを見たら、どうしても我慢できなくなってのぅ」
しゅんと肩を落とすディマだが、その瞳には未だ憎悪がくすぶっていた。落ち着きは取り戻したようだが、この調子だと怒りの再燃は避けられそうにない。
ディマが生まれた時代は、魔王が封印された直後。かの存在による爪痕が色濃く残っており、聖女以外の光魔法師が迫害されていた。多くの人々が、光魔法師に害意を持っていたんだ。
それはディマの師匠フォリーアも同じだった。彼女が光の適性を持つと判明した途端に態度を一変。国に密告した上、兵士とともに故郷を焼き払ったんだという。
以来、ディマは復讐の鬼と化した。聖王国を相手に暴れ回り、『生命の魔女』と畏れられるまで至った。
その過程で、フォリーアへの復讐は果たしたと聞いていたが、憎しみは全然消えていない様子。
聖王国は寛大に許したが……国と個人は違うみたいだな。
オレは心のうちで溜息を吐く。
「かつての師匠か」
「お見通しか。その通りじゃよ。あれが、わしの復讐対象だった者じゃ。まさか、再び相まみえるとは思わんかった」
言葉の節々に『彼女が生きていること自体が許せない』という感情が滲み出ていた。
ディマの心を晴らすためにも、フォリーアの相手は任せた方が良いのかもしれない。
だが、地上への被害を配慮するなら、さっさと終わらせるべきだろう。余計な横やりが入っても面倒くさい。
「キミには悪いが、オレが終わらせるよ」
「……分かった」
最後の理性が働いたようで、渋々ながらも彼女は頷いた。
すると、こちらの会話を聞いていたのか、フォリーアが吠える。
「ずいぶんな言いようだね。この私をそう簡単に殺せると――」
「そういうの、いらないから」
彼女はオレの存在を聞かされていなかったらしい。でなければ、今のようなセリフは吐けない。
憐れには思うが、容赦はしない。オレは【異相世界】を展開し、フォリーアを世界から隔離した。
こうなっては、彼女にできることは何もない。ボロボロと体が崩壊を始める。
「な、なっ」
自らの身に起こったことが信じられないのか、言葉に詰まるフォリーア。意味あるセリフを口にすることはなく、彼女はそのまま消滅した――んだが、
「……」
オレは眉をひそめていた。今しがた倒したフォリーアの魂に、妙な何かを感じがしたんだ。肉体とともに消滅してしまったので、改めて確認なんてできないんだけども。
「どうかしたのか?」
「いや、何でもない」
隣に立つディマに問われ、オレは我に返った。
この違和感について、考えても仕方ない気がする。おそらく、一人で思案を巡らせても答えが出ない類だ。あとでサザンカにでも相談してみよう。
それよりも、今はやるべきことが他にある。カロンたちの手伝いとか、事後処理とか色々ね。
【異相世界】は解除すると、元の青空が広がった。それから、冷たい風が頬を撫でる。
実に清々しい空模様なんだけど、
「はぁ」
小さく漏らされたディマの溜息が、酷く耳に残るのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




