Chapter21-2 死者(5)
親睦会の騒動から丸一日後。すっかり陽が沈んだ頃に、オレは学園長室を訪れていた。昨晩の一件について相談したいと、学園長ディマから連絡があったんだ。
こんな時間になったのは、事後処理で忙しかったためだろう。五十人を超える生徒が倒れたんだ、当然と言える。
「早速だが、昨晩の事件の概要を説明する。詳細はこの資料に載ってる。読んでおいてくれ」
ディマの対面に座ったオレは、前置きを省いて本題に入った。
大事な生徒を傷つけられて悔しげにしている彼女の顔を見たら、無駄な話なんて挟んでいられない。
ディマが手渡された資料に目を通すのを認めつつ、【反魂術】に関わる情報を伝えた。
一通り聞き終えた彼女は、頭痛を堪えるように額を押さえる。
「話には聞いていたが、魔法とは異なる術か。どうりで、学園のセキュリティを潜り抜けるわけじゃ」
森国の一件の時は全部退けられたのに、と溜息を吐くディマ。
気持ちは分かる。今の学園の警備は、オレが入学した当初よりも格段に向上している。それこそ、王城よりも堅牢かもしれない。
だが、それは魔法や物理に限った話である。この大陸には存在しない魄術のことなんて、想定されていなかった。
とはいえ、事実を語っても慰めにはならないだろう。それを理解した上で、ディマは落ち込んでいるんだ。教育者としての信念を持つ彼女は、これを罪だと背負い続ける。今までと同じように。
オレには何もできない。いくら強くなろうと、他者の精神に手を加えるなんて許されない。せいぜい、【平静】で僅かな間だけ心を落ち着かせるくらいだ。
もどかしい気持ちにそっとフタをし、オレは説明を続ける。
「一応、解決策は作った。ウィームレイにも渡したが、ディマの方にも配っておくよ」
【位相隠し】から取り出したのはメガネだ。武骨なデザインのそれを十個、テーブルの上に置く。
「これは?」
「【反魂術】でよみがえった連中――通称“死者”を判別する魔道具だ」
「昨日の今日で作ったのか……」
唖然と呟くディマ。
驚くのも無理はない。オレも、結構無茶をした自覚はある。
これらは、今朝から一年かけて研究および開発した代物だった。もちろん、【刻外】内での経過時間である。オレ、スキア、ノマ、リンデの努力の結晶だ。
結論から言おう。サザンカの予想は正しかった。光と闇の組み合わせが、“死者”の識別を可能としていたんだ。
どうにも、金魔法は“生命”に関わる特性を有し、紫魔法は“不定形”に関わる特性を有するらしい。二つの劣化である光魔法と闇魔法も、同様の特性を持つ。ゆえに、魂の状態を詳しく感じ取れるようだった。
当然ながら、これらは新発見の情報である。これを解明するのに十ヶ月は費やしたよ……。
ちなみに、先に説明を聞いたミネルヴァは、かなり興奮していた。
由来が分かれば、あとは簡単だ。二属性を魔道具に込めれば良いんだからね。
まぁ、実際は配分などに苦労したんだけど、それでも費やしたのは二ヶ月程度。原因究明の十ヶ月よりはマシだった。
「そのメガネをかければ、“死者”が判別できる。見つけ次第、倒していけばいい。“死者”は生前の能力しか持ってないから、苦戦はしないはずだ」
学園の潜んでいる“死者”は学生が大半だから、ディマ以外の教師たちでも対応できるだろう。
「……」
しかし、ディマの反応は芳しくなかった。何かを悩むような、曖昧な表情を浮かべている。
彼女が内心で何を考えているのか、すぐに察しがついた。
オレは目を細め、諭すように告げた。
「躊躇うなよ? 相手はもう死んでるんだ」
元々は自分の生徒だったゆえに、懊悩してしまっているんだと思う。
その点は同情するが、放置しては生きている生徒たちに危険が及ぶ。その躊躇を許容することはできなかった。
こちらの指摘を受け、ディマは「容赦ないのぅ」と苦笑を溢す。そして、自身の両頬を軽く叩いた。
「うむ。悩んでおる場合ではないな。早速、手配しよう」
それからは迅速だった。外から他の教師たちを呼び出し、テキパキと行動していく。
この調子なら、必要以上に心配しなくても大丈夫そうだな。
ディマに声をかけてから、オレはその場を後にするのだった。
○●○●○●○●
親睦会から四日、“死者”対策を講じてから三日が経過した放課後。オレは聖王ウィームレイの私室に足を運んでいた。ウィームレイに呼び出されたからだ。
“死者”の一件は、国側にも伝えてある。何なら、ディマと話し合う前に、すでに詳細を詰めていた。“死者”を識別するメガネも配布済みだ。
敵対行為を示されたのだから当然だろう。今後の被害を抑えるためにも、体制側が一丸となって対処しなくてはいけない。
メガネは国内各所の騎士に配られ、見敵必殺が命じられた。今回は、その経過報告といったところかな。
はてさて。どんな情報がもたらされることやら。
オレは、若干憂鬱な気分を抱く。
国内すべてを把握しているわけではないが、部下たちの討伐情報は得ている。その数は十に及んでいた。この三日で、である。
ちょっと多すぎやしないか。敵は、本格的な侵略を考えているんだろうか? または、目的だと思しき吸血鬼の少女を、それだけ欲しているのか?
ちなみに、捕獲数の方はゼロだった。敵も対策は講じていたようで、捕まえようとすると“死者”は塵と化すんだ。
中途半端な情報のみが募っていく。それが現状だった。
グルグルと思考を回しつつ、ウィームレイの対面に座る。
「わざわざ来てもらって悪いね、ゼクス」
すっかり王の貫禄がついた彼だけど、プライベートは相変わらずだ。穏やかな雰囲気をまとう好青年である。
オレは肩を竦め、若干のトゲを含めて返す。
「今さらだろう?」
「うっ。いや、悪いとは思っているんだ。キミに頼りすぎているとね。しかし、最近は我々の手に負えない案件も多く……」
「分かってるよ。今のは軽い冗談だ。そこまで気にしなくていい」
ジョークにしては質が悪すぎたらしい。ウィームレイは本気で気に病んでいるようだった。
気にしすぎだとは思うが……向こうの立場を考えると無理な話か。今後は話題に挙げないようにしよう。
心のうちで誓い、ゴホンと咳払いをする。そして、空気が重くなる前に、話を進めることにした。
「今回呼んだのは、“死者”にまつわる報告だろう?」
「あ、嗚呼。経過報告が上がったから、キミにはいち早く伝えようと思ってね」
そう言って、ウィームレイは報告書の紙束を手渡してきた。
それを受け取ったオレは、パラパラと中身に目を通していく。十枚程度の資料のため、五秒とかからず読み終えられた。
「討伐数が二十一、か」
こちらで処理した数を合わせれば三十一となる。
オレの呟きに、ウィームレイが頷く。
「そうだ、あまりにも多い。しかも、連中は一般人と変わりなく生活していたというのだから、質が悪い」
死体が塵になるのは幸いだったな。もし死体が残るようだったら、周りから人殺しと勘違いされたかもしれない。
しかし、繰り返すようだが、数が多いな。【反魂術】に、回数制限などはないらしい。禁術と聞いていたので、頻発できないと思い込んでいた。
「こうなってくると、できるだけ早く元凶を見つけないと」
魔道具のお陰で被害の拡大は防いでいるものの、所詮は対処療法。問題の解決にはなっていないし、いずれは限界を迎える。早急な対処が必要だった。
「我々も総力を挙げて探す。別大陸の存在による襲撃となれば、協力を惜しむ貴族もいないはずだ」
「今は、それしかないか」
手当たり次第に捜索しながら、“死者”を潰して敵の思惑も絶つ。それが今できる限界だった。
もどかしく思った敵が、劇的な動きを見せてくれたら嬉しいんだが……それだって、気長に待つしかない。
その後、詳細を詰めたオレたちは、上層部による会議に参加する。
ただ、ウィームレイとの話し合い以上の内容にはならなかった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




