Chapter21-2 死者(3)
緊急事態ということで、オレたちは【位相連結】を使って移動する。目標は【念話】で報告を上げてきたカロンだ。
オレたち三人が移動した先は、どうやら親睦会の会場の一つらしい。広間を埋め尽くすヒトの波と料理や仄かなアルコールの香りが漂っている。
ただ、カロンたちの周りだけは、人払いがされていた。光魔法の結界により、必要最低限の人員以外は近寄らせないようにしているようだ。
結界内には、大量の生徒が倒れていた。ざっと五十人程度か。種族や性別、学年には、まるで統一性がない。全員、顔が青白くなっており、意識もなかった。
カロンは、彼らの治療に当たっているよう。手早く光魔法を施し、歩き回っている。
彼女以外にも、対応に当たっている者が二人いた。
一人はニナ。治療はできないものの、周囲警戒に務めている。
もう一人は聖女セイラ。カロンほど早くはないが、学生たちの治療を手伝っている。
「ゼクス」
警戒していただけあって、オレたちの到着にすぐ気づいたニナ。彼女は、ホッと安堵の表情を浮かべた。
とはいえ、それも一瞬。即座に気を引き締め直し、状況の説明に入る。
「ついさっき、会場内にいた学生の一部が倒れた。人数はここにいる五十三人。カロンの診断によると、いずれも重度の魔力枯渇で意識を失ってるらしい。軽く聞き込みしたけど、『いきなり倒れた』以外の情報はナシ」
「敵影は?」
五十三人が一斉に魔力枯渇なんて、外的要因しか考えられないだろう。オレは自分の探知術を行使しつつ、ニナの調査結果を尋ねた。
彼女は首を横に振る。
「怪しい人物は引っかかってない」
「あなたでも追跡できないのね……」
それを受け、ミネルヴァが難しい顔をする。
ニナは魔法こそ得意ではないものの、気配を探るのはかなり上手い。それを掻い潜るのは至難の業だ。ミネルヴァが驚くのも無理はない。
一方で、オレは納得もしていた。
何故なら、こちらの探知術にも、怪しい影は一切引っかからないから。王都全体まで範囲を広げたにもかかわらず、目ぼしい人物は見つけられなかったんだ。
一応、この会場から離れるような動きをしている者たちはチェックしているけど、それだけで犯人とは断定できない。偶然、その方向に歩いているだけということもあり得える。
最悪、転移によって遠方に逃げ果せている可能性も否定できなかった。
「カロライン。結界の方は私が変わるわ。あなたは治療に専念しなさい」
「助かります!」
探知に意識を集中させている間、ミネルヴァもカロンたちの手伝いに加わる。諸々の調査は、オレとアリアノートに任せれば良いと判断したんだろう。
その期待に、応えなくてはいけないな。
犯人の追跡は一旦諦め、オレは【白煌鮮魔】を発動する。たいていの情報を抜き出せる魔眼を用いて、被害者を含む会場全体を見渡した。
「何か見つけられましたか、ゼクスさん?」
白く光る瞳を見て、オレが何らかの調査をしていると察したらしい。アリアノートが問うてくる。
オレは魔眼による観察を続けながら返す。
「周囲に怪しい人物は見当たりません。会場内にも、目ぼしい情報はありません。ただ――」
「ただ?」
「何か妙だ。具体的に説明できずもどかしいですが、よく分からない違和感を覚えます」
会場内では、何一つ術は使われていない。それは断言できる。少なくとも、魔法、魔術、魄術、己道の痕跡は見当たらない。
妙なのは“ヒト”だ。この会場を出入りしていた学生たちの情報に、違和感がある。変わった情報が混じっているわけでもないのに、ものすごく引っかかる。
嗚呼、気持ち悪い。何かが変だと分かっているのに、その正体がハッキリしない。腹立たしい感覚だ。
今この場にいる学生たちには違和感を覚えないので、すでに退出した者の中に、怪しい者がいるのは確か。
だが、追跡は難しかった。違和感があまりにも曖昧すぎて、個人の特定ができないんだ。
「そうですか……」
一通り説明を終えると、アリアノートは神妙に頷いた。それから、彼女はアゴに指を添え、会場全体を見渡す。
しかし、答えを見つけられない模様。眉間にはシワが寄っていた。
アリアノートでも判断が難しいとなると、いよいよ手詰まりだな。
犯人に通ずる糸口が見えず、ほとほと困り果てていたオレたち。
いたずらに時間のみが経過していく――そんな時だった。一つの【念話】がオレの下に届く。
『ぜ、ゼクスさま。し、し、至急、お、お伝えしたいことが』
それはスキアだった。彼女は若干の焦りを滲ませ、言葉を紡ぐ。
『あ、あたしのいる会場内に、せ、生徒に扮した、ご、幽霊? っぽい何かが入ってきました。か、数はふ、二人です。げ、撃退しても宜しいでしょうか?』
幽霊っぽい何か。
その言葉を聞き、オレはすぐに思い至った。魔力枯渇騒動の犯人はそいつらだと。何せ、幽霊は触れた者の魔力を吸収する特性を持つ。
オレの探知や魔眼を掻い潜ったのかが謎だが、その解明は後回しだ。今は、敵の排除ないし確保が優先すべきだろう。
「敵を発見しました。向かいます」
「私も同行いたしますわ」
「分かりました。後に続いてください」
オレとアリアノートは【位相連結】を使い、スキアの下へ急ぐ。
転移した先は、親睦会が開かれる会場の一つ。その片隅だった。スキアは両手に料理と飲み物を持ち、気配を極限まで殺している。
どうやら、こんな場所でひっそり過ごしていたらしい。親睦会に来た意味とは?
ま、まぁ、以前の彼女なら、そもそも参加しなかっただろうから、進歩はしていると思う……たぶん。
とはいえ、今回はスキアの行動が良い方向に働いた。人気の少ない場所に転移したお陰で、オレたちの登場に驚く者が少ないからね。
転移直後、ざっと【白煌鮮魔】で会場全体を見渡す。
――が、スキアのいう『幽霊っぽいもの』は特定できなかった。先程の会場と同じ違和感は覚えるものの、ものすごく曖昧で分かりにくい。
幸いなのは、犯人が行動をまだ起こしていないことか。誰も魔力枯渇に陥っていなかった。
オレはスキアの方に目を向ける。
「来て早々にすまない、スキア。発見したっていう二人は、誰なのか教えてくれ」
「え、えっと……あ、あの二人、です」
何でわざわざ尋ねるのか。そんな怪訝そうな表情を浮かべながら、スキアは獣人の男女を指した。二人とも固まって移動しており、非常に分かりやすかった。
どう見ても幽霊には見えないんだが、スキアの言葉を疑うことはない。信頼しているのはもちろん、彼女には幽霊の気配を察知していた実績があるからだ。
呑気に観察している暇はなかった。周りにはパーティーを楽しむ学生がたくさんいる。次の瞬間に、周りの魔力を吸い始めても不思議ではない。
というわけで、
「まずはご退場願おうか」
オレは【異相世界】と【刻外】を展開。オレ、スキア、アリアノートの三人と、件の獣人二人を内部に取り込んだ。これで、被害の拡散は防げる。
景色を模倣する必要はなかったので省略。真っ白い空間が広がる【異相世界】内。
突然のできごとに、獣人たちは狼狽していた。その反応は、幽霊とは思えないほど自然である。
だが、自分の支配領域に取り込んだことで、ようやく分かった。あれは確かに『幽霊っぽい何か』だ。『生者でありながら、微妙に生者とはズレている』と表するのが的確か?
未だ詳細は不明だけど、酷く歪な存在なのは確かだった。
「そこの二名。とある騒動の犯人であると、キミらには嫌疑がかけられている。大人しくこちらの指示に従って――」
ほぼ黒だろう二人に声を掛けるオレだったが、そのセリフを最後まで言い切ることはなかった。
というのも、件の二名が跡形もなく崩れ去ってしまったために。一瞬のうちに、彼らは塵と化した。
「な、なんで?」
困惑するのはスキア。
まさか、自滅するとは考えていなかったよう。
オレも少々驚いた。ただ、彼女とは根本が異なる。空間と時間を隔離した【刻外】の中で、口封じが成立するとは思わなかったんだ。
そう。あの二人は、自主的に死んだわけではない。彼らの意思とは無関係に消滅していた。感情を観察できていたので、ほぼ間違いない。
「おそらく、彼らの存在維持には、現世と接続されていることが必須だったのでしょう。それが絶たれてしまった結果、消滅してしまったのだと思われます」
さすがはアリアノート。一瞬で状況を理解したらしく、つらつらと原因を推理した。
確かに、その理屈なら得心がいく。
しかし、術者と繋がっていたわけではないだろう。もし接続先が術者だったら、オレの魔眼で追跡できたはずだからね。
オレは改めて、周囲を魔眼で見渡す。そして、首を傾げた。
見れば、スキアも同様の反応を示している。オレの勘違いではないみたいだ。
「どうしました?」
すると、アリアノートが別の意味で首を傾げていた。
そういえば、彼女も熟練の光魔法師のはずなのに、スキアみたいに幽霊関係を感知できていないんだよな。
前回は『カロンの大雑把な性格が災いしている』と判断したけど、実は違うのかもしれない。
そんな考察を頭の片隅でしながら、オレはアリアノートの疑問に答える。
「消滅した彼らの魂が、見当たらないんですよ。封鎖空間なので、肉体が消えても魂は残るはずなんです」
「魂ごと消滅するのは不自然、ということですね?」
「はい。彼らに施されていた術の副作用か何かでしょうね」
こちら側には魄術のエキスパートであるサザンカがいる。魂を回収すれば情報を引き出せると踏んだんだが、空振りに終わってしまった。
然もありなん。『幽霊っぽい何か』を使っていた以上、相手も魄術師なのは確定なんだ。敵も、その辺を考慮していて当然だった。
まぁ、少なからず得られた情報はある。魄術師が敵だと判明したのは、大きな収穫だった。対策は立てやすいし、その目的も見当がつけやすい。
フォラナーダで保護している、吸血鬼の少女を狙っているんだろう。魄術大陸の連中が関わってくる理由に、それ以外の心当たりがない。
オレの知らない別の原因も考慮するが、今は放置だな。関係ないと判明した時に、改めて対処すれば良いもの。
とりあえず、例の吸血鬼の警護を厳重にするのは確定。
あとは――
「スキア。悪いけど、この後も付き合ってもらうよ」
「は、はい。あ、あたしは大丈夫、で、です」
スキアも状況は理解できているようで、素直に応じてくれた。助かる。
何をするのかというと、他にも『幽霊っぽい何か』が潜んでいないか探し出すんだ。あの二人だけと決まったわけではない。
オレでも【異相世界】に取り込まないとハッキリ判別できないため、今はスキアの力を借りるしかなかった。
オレたちのやり取りの後、アリアノートが口を開く。
「非常に心苦しいですが、私は別行動を取らせていただきますわ。学園長と連携を取り、騒動の対策を講じます」
「分かりました。学園長の下にお送りしますので、そちらはよろしくお願いします」
「はい、任せてください」
彼女とディマであれば、良い塩梅の策を立てるだろう。
アリアノートと別れて王都中を駆け巡ったオレたちは、その後に五人の『幽霊っぽい何か』を討伐した。
しかし、残念ながら、全員跡形もなく消滅してしまい、新しい情報を得られることはなかった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




