Chapter21-2 死者(1)
「親睦会?」
新学期が始まってから一週間。いつも通りクラブ活動に励んでいたところ、企画運営委員会の用事で遅れてきたアルトゥーロとモーガンが、『親睦会を開催するので、参加してほしい』と頼んできた。
オレが首を傾げたのを見て、アルトゥーロが説明を始める。
「三年とその他の学年の生徒で、交流を図ろうって企画ですね。学園中の会場を借りて、盛大にパーティーするって話です。もちろん、強制じゃないですけど」
「毎年実施しているらしいですよ。ご存じありませんでしたか?」
「うーん?」
次いでモーガンが尋ねてきたが、心当たりはなかった。そんな催しがあったなんて初耳である。
とはいえ、よくよく考えてみると、当然なのかもしれない。
大前提として、オレたちは上級生との繋がりが少なかった。せいぜい、魔駒クラブで関わったジェットとアリアノートの護衛を務めるルイーズくらいだろう。そういった情報が回ってくる可能性は低い。
加えて、時期も悪かった。
一年の頃は、ダンジョン探索という課外授業があった。原作知識によってスタンピードが発生すると知っていたため、準備を整えるのに忙しかった記憶がある。
二年次はもっと酷い。何せ、魔王を倒して間もない時期だ。自分の身の回りが慌ただしかったのは無論、国の上層部も大混乱だった。他の意識を向ける余裕なんてあるはずがない。
これらの要因が重なり、親睦会のことを知らなかったんだと思う。原作でも触れられていなかったし。
答えが出たオレは、モーガンらに『縁がなかったみたいだ』と大雑把に返した。
二人は首を傾げるものの、これについて深掘りする気はないよう。一瞬顔を見合わせるだけで、すぐに話を進めた。
「で、どうでしょう?」
「せっかくの機会ですから、参加してくださると嬉しいです」
「何か、キミたちに得があるのか?」
「どうして、そう思うんですか?」
「結構、強気でオススメしてくるからさ」
こちらに選択権をゆだねてはいるけど、言葉の節々から『ぜひとも参加して!』という意思が窺えた。ここまでの感情を抱くのは、何らかのメリットがあるからと考えるのは当然だろう。
オレの指摘を受けた二人は目をパチクリさせ、次第に照れくさそうな表情を浮かべた。アルトゥーロは人差し指で頬を掻き、モーガンは合わせた両の指を忙しなく動かしている。
それは、どういう反応なんだ?
余計に二人の思惑が分からなくなった。
オレは感情を目視できるけど、心自体が読めるわけではない。ミネルヴァなどの分かりやすい相手や予測しやすい状況なら良いけど、今回はその枠に当てはまらなかった。
最初こそ説明を渋っていた二人だったが、程なくして覚悟を決めたらしい。僅かに頬を赤くしたまま語り始めた。
「至極単純な話ですよ。先輩たちに楽しんでほしいんです。僕たち、先輩たちに少しでも恩返ししたいって気持ちから、委員会に入ったんですし」
「まぁ、その気持ちを叶えることが、私たちの得といえば得ですが」
「キミたち……」
思ってもみなかった返答に、オレは少し感激する。
それを感じ取ったのか、さらに二人の顔は赤く染まった。
照れを誤魔化すように、アルトゥーロは叫ぶ。
「あ~、恥ずかしい。だから、言いたくなかったんですよ!」
「すまん。そこまで慕われてるとは思わなくて」
正直、キツイ訓練を課した以外、普通の先輩として振舞ったにすぎない気がするんだけど、何かが二人の好感度アップに繋がっていたみたいだ。
大したことないと返すのは簡単だが、それが相手の気持ちを踏みにじる発言となってしまうことは、今までの経験で理解している。ここは素直に礼を告げるのがベストだろう。
「ありがとう、アルトゥーロ、モーガン。後輩の厚意を無下にはできないな」
「「じゃあ!」」
「嗚呼。親睦会には参加させてもらうよ。もちろん、カロンたちにも話は通しておく」
「「ありがとうございます!」」
喜色満面に溢れる二人は、その流れでハイタッチまでしていた。
その様子を見て、オレも自然と笑みが浮かぶ。
ほんわかした空気を味わうオレたちだったが、そこへ不意に声がかけられた。
「あ、あのー……感動的な場面に水を差すようで非常に申しわけないのですが」
恐る恐るといった感じで紡いだのは、近くで三角座りをする実湖都だった。若干の怯えを湛えつつ、控えめに片手を挙手している。
オレたちの注目を集めた彼女は、挙げていた手を動かして、とある方向を示した。
「マリナちゃんたちが阿鼻叫喚な感じで転がってるの、放置していいんですか?」
その言葉の通り、オレたちのいる訓練場の一画には、マリナを含む『アルヴム』のメンバーが倒れていた。全員、他人さまには見せられないような顔で気絶している。
なるほど。実湖都が目の当たりにするのは初めてか。
本日、休み明けを考慮してセーブしていた修行のペースを、元に戻したんだ。その結果は、彼女には刺激が強すぎたらしい。
「大丈夫。しばらくすれば、ケロッと目を覚ますから」
オレが努めて優しく答えると、意図を察したアルトゥーロとモーガンも、柔らかい口調で続いた。
「そうそう。ここではこれが平常運転だから問題ないよ」
「最初は心配になるかもしれないけれど、いずれ慣れるわ」
「……」
しかし、あまり効果は望めなかった様子。実湖都は明らかにドン引きしていた。精神魔法で感情を見るまでもなく、顔が引きつっている。
そんな彼女を見て、一年二人は首を傾げた。ドン引きするほどか? と訝しんでいる模様。
……うん。順調に毒されているようで何よりだよ。
混沌とし始めた状況に、オレは遠い目をせざるを得なかった。
○●○●○●○●
三日後。アルトゥーロたちから招待を受けた、親睦会の開催日がやってきた。晩餐を兼ねたパーティーゆえに、立食形式となっている。開会時間も夕方の五時だった。
現在時刻は四時。親睦会のために開放された学園中の会場施設に、多くの学生たちが集まり始めていた。
その一つの会場に、オレたちも顔を出している。大切な後輩との約束を反故にするわけにはいかないもの。
『アルヴム』の三年生が勢ぞろいしているので結構な大所帯だけど、親睦会の規模が規模なので問題ないだろう。
何せ、三年生の半分以上に加え、一、二年生の約三分の一が参加しているんだ。全体数十五万前後と聞けば、十人程度の集団なんてちっぽけだ。
それに、パーティーが進むにつれて各々自由に動くはず。過敏に気にする必要もないと思われる。
「思っていたよりも、ヒトが多いですね」
「そうだね。ボクたちが気に留めてなかっただけで、毎年盛大に催してただろうね」
「今までノータッチだったのは、少しもったいなかったかもねぇ」
会場内のヒトだかりを見て、カロン、オルカ、マリナの三人が感想を漏らす。
それを受け、ミネルヴァが首を傾げた。
「あら。交友の広いオルカとマリナは、このパーティーについて知っているとばかり思っていたのだけれど」
彼女の疑問に、問われた二人は苦笑を溢した。
「あはは。恥ずかしいことに、完全にスルーしちゃってたんだよね」
「話自体は耳にしてたんだけど、まったく関係ないから聞き流してたみたい」
そんな彼らに同意するのはダンとミリアだ。
「興味のない話題って、全然覚えられないもんなぁ」
「うんうん。右から左だよね」
感慨深そうに頷く幼馴染みたち。
しかし、そんな二人に向けるオルカの視線は、冷え冷えとしていた。
「授業内容を覚えられないのと同列に扱われるのは、とっっっても不本意なんだけど?」
「「ななな、なんのことかな~?」」
途端に、目を泳がせるダンとミリア。何て息の合ったカップルなんだ。
隠す気ゼロの両名の様子に、オレを含めてみんながドッと笑った。
笑われた二人はバツが悪そうな表情を浮かべているけど、嫌がっている気配はない。
「クラブメンバーで集まったけど、自由に過ごしてくれ。今日は目いっぱい楽しもう!」
雰囲気が緩まったタイミングでオレが告げると、異口同音の返事があった。
今回は貴族のしがらみや複雑な計画もない。楽しい楽しいパーティーの時間を、じっくり謳歌するとしよう。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




