Chapter21-1 門出まで(1)
本日よりChapter21開幕です。
寒さが一段と増してきた昨今。そろそろ冬休みも明ける時期に、オレ――ゼクスはとある人物と面談する時間を設けていた。
とある人物とは、先日の幽霊騒動で保護した異世界転移者、須直実湖都。身長は百五十八センチメートル程度で、セミロングの髪をおさげに結んだ地味めの少女だ。年齢はオレの二つ下、十六歳らしい。
彼女の立場は複雑である。転移者というだけでも奇異の目で見られるのに、絶賛緊張状態の帝国の客分ときた。実湖都の身柄を狙う阿呆が現れるのは、想像に難くない。
ゆえに、フォラナーダが保護する運びとなった。
ほぼ押し付けられるような形だったけど、その判断には納得を示している。オレたちのところが一番安全なのは自明だし。
では何故、このタイミングで実湖都と面談しているのか。彼女を保護してから約一ヶ月は経過しているのに。
難しい話ではない。実湖都に心の整理ができる時間を与えただけだ。
捕らえた直後に行った軽いヒヤリングから察するに、彼女は現代日本とそう変わらない世界の出身と思われる。そんな価値観を持つ十六歳の少女が、他国に捕まった状況で、冷静に振舞えるわけがない。だから、冷却期間を置いたんだ。
さて、話を戻そう。
面談の場所はフォラナーダ城の談話室。実湖都を威圧しないよう、開放感のある部屋を選択した。
普段は誰かしら待機しているんだが、今回は人払いをしていたため、オレと実湖都しかいなかった。
時間を置いたのは、正解だったみたいだな。
対面のソファに座る実湖都は、多少の緊張はあるものの、取り乱す様子はなかった。
まともな話し合いができそうだと心のうちで安堵しつつ、オレは早速口を開く。
「初めましてではないけど、自己紹介をしておこう。オレの名前はゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダ。この伯爵領を治める侯爵だ。少しややこしいかもしれないが、そういうものだと納得してくれ」
「えっと、あの……」
「普段通りに話してくれて構わないよ。今は、どんな発言をしても咎めたりしない。オレも砕けた口調で話してるから、遠慮はいらない」
言葉に詰まった実湖都を見て、その理由を何となく察したオレ。目を泳がせながら『あの、その』と言葉を選ぼうとしているので、ほぼ間違いないだろう。
「敬語って、意外と難しいよね。『ですます』をつければOKってわけじゃないし。オレも、たまに混乱するんだよ。嗚呼、これは他言無用で頼むよ」
できるだけ優しく語りかけ、最後は茶目っけを見せた。
詐欺師みたいな語り口ですごく微妙な気分だけど、彼女の緊張を解すのが優先なので我慢する。
堪えた甲斐はあったよう。実湖都は頬を染めながら小さく息を吐き、改めて言葉を紡いだ。
「すみません、気を遣わせてしまって。ご存じだと思いますが、わたしは須直――いえ、ミコツ・スナオです。フォラナーダ侯爵閣下には生活の面倒を見ていただき、誠にありがとうございます」
へぇ、意外と喋れるんだな。てっきり、堅苦しい敬語は無理だと思っていた。
先程までは、単純に緊張していただけみたいだ。オレの気遣いは、完全に余計なお世話だったらしい。恥ずかしいこと、この上ない。
顔が赤くなりそうなのを何とか堪え、気分を誤魔化すようにオレは話を進めた。
「礼には及ばないよ。微妙な立場とはいえ、キミは捕虜だ。無体には扱えない」
「それでも、ありがとうございます」
「分かった。誠意は受け取っておく」
そんな社交辞令を交えつつ、話題を移していく。
「報告は受けているんだけど、スナオ殿の口から聞きたい。フォラナーダでの生活はどうかな? 何か困ってることがあれば、遠慮なく言ってほしい」
「今のところは大丈夫です。不自由なく生活できてます。それに、何かあれば、マリナさんやネモさんが手伝ってくださいますから。自由に出歩ける分、帝国にいた時よりも充実しているかもしれません」
訓練もありませんからね、と遠い目で語る実湖都。帝国から課せられた訓練が、よほどつらかった様子。
おそらく、フォラナーダの訓練の方がつらいと思うけど、彼女がそれを受ける予定はないから黙っておこう。知らぬが仏である。
「マリナたちは迷惑かけてないか?」
せっかく話題に上がったので、彼女たちについて尋ねてみた。
まぁ、話題作りの口実だな。コミュ力の高いマリナが失態を犯すなんて、微塵も思っていない。上手く実湖都と仲良くなってくれると踏んだからこそ、サポート役に抜擢したんだもの。
予想通り、実湖都は首を横に振った。
「迷惑なんて、とんでもない。二人には、とても良くしてもらってます。こっちの世界で、一番仲良くなれたヒトたちですよ」
「そうか。いい友人となれてるのなら、采配したオレも嬉しいよ」
「友人……そうですね、マリナさんとネモさんはいい友だちです」
気持ちの良い笑顔を見せる彼女。
こうして見ると、地味ながら光るものがあるな。少し飾りつければ、愛嬌のある美人に化けそうである。
思うだけで、口にはしないけど。異性のオレが指摘しては、ただのセクハラだ。そういうのは、恋人たちの誰かが、自主的に行動を起こすだろうさ。
「語れる範囲でいいから、マリナたちとどう過ごしたか教えてくれるか? 少し興味がある」
前述したように報告は受けているが、実湖都視点の様子を聞いておきたかった。
すると、彼女は、先程までとは違った笑みを浮かべる。どちらかというと、ニヤニヤという擬態語が似合った。
「いいですよ。恋人のことは、色々知りたいですよね」
なるほど、オレとマリナの関係はすでに知っていたらしい。
まぁ、当然か。その辺りを黙っている理由がない。むしろ、明かした方が仲を深められるだろう。恋バナは親交を深めるのにもってこいの話題だ。
それからしばらく、実湖都たちの交流の様子を聞いた。城下町の散策やショッピング、マリナ主催の食事会などの遊行に始まり、歴史や地理といった勉強会も開いたとか。
基本的に報告通りの内容だったが、彼女自身が楽しそうに語っているのが印象的だった。ご機嫌伺いの言葉ではなく、心から楽しんでいると知ることができたのは良かった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




