Chapter20-5 永劫の聖剣(4)
カロンが待ちの姿勢だと理解したんだろう。転移者たちは、戸惑いながらも行動を開始した。
前衛として突っ込んでくるのは、爽やかくんと如何にも脳筋っぽい巨漢。全身から雷を迸らせ、彼我の距離を一気に詰めてくる。
速度からして、だいたい三・四倍の【身体強化】と同等かな?
何とも微妙な数字だ。オレ流の【身体強化】は聖王国内に広まっているため、そこまで脅威とは言えない。制御がニガテな者でも、二倍前後の強化はできるからなぁ。
かといって、布教前なら無双できたわけでもない。熟練の魔法師であれば、三・四倍程度の強化にも対応できただろう。防御魔法などを駆使して距離を維持すれば良いし、多少の強化は既存の属性魔法でもできたもの。
動きに緩急をつける目的で、初手に全力を出していない可能性も考えられたが……それはなさそうか。突進してくる二人に、何かを企んでいる感情は見られない。
一方の後衛と思しき清楚風少女は、大量の雷を周囲に湛えていた。体内から放出する雷を徐々に増やしていき、頭上で一つに固めている。
前衛二人で足止めしている間に、後衛が大技を繰り出す。定番の戦法だな。
カロンなら難なく前衛を蹴散らし、後衛に致命打を与えられるはずだが、今回は様子を見ることにしたらしい。オレの“転移者たちの戦力を測る”という意図を汲んでくれたんだ。
カロンは清楚風少女を一瞥した後、前衛の二人組を見据えた。そして、両こぶしを構える。
すでに近接戦闘用の魔法は発動していたよう。彼女のこぶしは光輝いていた。
あれは結界か。手を傷めないように施したんだろう。
強化魔法を使わなかったのは、過剰強化になり、彼らが持たないと判断したんだと思う。中・長距離魔法で応戦しなかったのも同じ理由だな。
相手を侮っているわけではない。カロンは高火力魔法を多く習得している反面、細かい制御がニガテだ。下手に術を行使するよりは、防御を優先した方が良いと考えたんだろう。
あくまでも、目的に沿った魔法を的確に選択している。カロンはどこまでも冷静だった。
そうこうしているうちに、前衛組が彼女の下に辿り着く。僅かに脳筋くんの方が早く、勢いのままにパンチを繰り出してきた。
「へぇ」
「ほぅ」
オレとサザンカが、そろって感心の声を漏らす。カロンも目を丸くしているので、同様の感想を抱いたようだ。
脳筋くんのパンチは実に洗練されていた。力任せに見えて、技術の集約が窺えたんだ。おそらく、元の世界で何らかの格闘技を習っていたんだろう。
ただ、距離を詰める際の足取りは素人くさかったので、武道系ではないな。あの手の技術には歩法も含まれている。
逆に近距離でのステップは上手いから、ボクシング辺りが有力候補かな。
まぁ、いくらボクシングの熟練者でも、カロンには勝てないけどね。
左ジャブの三連撃に対し、カロンは頭を傾けるだけで対処する。すべて顔面狙いだったため、回避も簡単だったようだ。
というか、顔を殴りにかかるとか正気か? もしも当たっていたら、うっかり殺してしまうところだったぞ。
回避が終わったタイミングで、爽やかくんも合流する。
彼は片手剣と小盾というオーソドックスな装備で、盾で上半身を守りながら剣を振るってきた。左下から振り上げる逆袈裟斬りだ。
同時に脳筋くんも右フックを放っており、小規模な挟撃となる。
両方を避けるには後退するしかないが、それは悪手だろう。あちらは前のめりに連続攻撃するという次の手があるので、息が続かなくなってしまう。
ゆえに、対処の仕方は決まっていた。
「「なっ!?」」
転移者二人の驚愕の声が響く。
彼らの攻撃は、カロンに当たる直前で停止していた。こぶしや剣の進路上に光の板が発生しており、それによって妨げられたんだ。
五センチメートル四方の小さな板にもかかわらず、爽やかくんたちは攻撃を押し込めない。どれだけ力を入れようと、微塵も板は動かなかった。
この板を誰が生み出しかなんて、改めて説明するまでもないだろう。
攻撃を止められて隙だらけの二人に、カロンは徒手空拳を見舞った。爽やかくんのアゴを蹴って宙に飛ばし、脳筋くんの鳩尾にこぶしを撃ち込んで後方へ殴り飛ばす。
紛れもないクリーンヒットだった。手加減はしていたようだけど、そうは思えないほど、気持ち良く吹き飛んだ。
「光輝さん!」
すると、後衛の清楚風少女は悲痛な叫び声を上げつつも、準備を進めていた大技を繰り出した。青白い輝きを放つ直径十メートルの光球が、カロンの頭上から落とされる。
雷を内包しているはずの光球は、不気味なくらい静かだった。僅かな風切り音のみを鳴らして落下する。
地面に落ちた瞬間、周辺一帯に雷が拡散した。まるで爆風の如く電撃が吹き荒れ、離れていたオレの体にも若干の痺れを与えてくる。
時間をかけて準備しただけはある。見た目ほどの破壊力はないものの、生物に対する威力は相当なものだろう。何せ、直撃していないオレやサザンカをも多少痺れさせたんだから。
区分としては上級……ギリギリ最上級魔法くらいか? 生物以外に効果が薄いところは、減点せざるを得ないし。
拡散した雷のせいで土埃が舞い、視界が遮られる。カロンがどうなったのか、視覚で確かめるのは難しかった。
「光輝さんッ」
今の一撃で仕留めたと考えたんだろう。清楚風少女が爽やかくんの下に駆け寄っていった。これまでの態度から、彼女は爽やかくんに気があるんだと分かる。
「あぐっ」
爽やかくんは宙を舞った後、派手に落下していた。何とか受け身は取ったようだけど、ダメージは大きい。上半身を起こすだけで精いっぱいのようだった。
というか、あれはアゴにヒビが入っていると思う。カロン、手加減が下手だからなぁ。
「ごほっごほっ」
別方向に吹き飛んで倒れていた脳筋くんも、ようやく体を起こした。血を吐いているものの、意識はハッキリしている模様。
あの様子なら、内臓が少し傷ついた程度かな? 破裂しないで良かったね。
しかし、正直言って拍子抜けだ。身体強化の練度もそうだけど、近接戦闘の技術も大したことがないし、遠距離攻撃の威力も上位に引っかかる程度。挙句、敵の状態も確認しない。索敵系の能力がないのか?
もしかしたら、現在保護している少女が、索敵要員だったのかもしれない。それにしたって、油断しすぎだと思うが。
のんびり態勢を整えている彼らに呆れたみたいだ。待つのを止めた彼女は、火魔法を使って土埃を払う。
一気に開けた視界には、仁王立ちするカロンの姿が映った。黄金の髪をなびかせる様は神々しく、心底つまらなそうに細められている紅い瞳は酷く冷たい。
彼女を認めた転移者たちは絶句してした。先の一撃で倒せなかったことが信じられないよう。攻撃した張本人は「嘘でしょ」と呟き、狼狽している。
隙だらけの彼らだが、カロンは動かない。もう少し、実力を測るつもりらしい。
「うおおおおおおお!!!」
僅かな沈黙が降りた後、爽やかくんが絶叫した。バチバチと今までの比ではない量の放電をし、無理やり立ち上がる。
それに感化されたのか、脳筋くんの方も血を溢しながら立ち上がった。
同時に駆け出す二人。
今度の爽やかくんは、剣技だけで勝負しなかった。走りながら、小規模の電撃をいくつも放ってくる。下級魔法程度の威力だな。
数ばかり多い攻撃を食らうほど、カロンは弱くない。攻撃の軌道を先読みし、ピンポイントで小さな結界を作成。最低限の消耗で攻撃を防いだ。
近接戦闘の距離に入っても、戦況は変わらない。爽やかくんの剣や脳筋くんのこぶしは、彼女を捉えるには至らなかった。最小の動きで回避ないし受け流され、カウンターによって簡単に吹き飛ばされる。
同じような流れを、何度も繰り返した。途中、清楚風少女の援護も入ったけど、結果は何一つ変化しない。彼我の実力差は明白だった。
手加減のニガテなカロンの攻撃だ。転移者たちの負傷が酷くなっていくのは必然。四度目には脳筋くんが立ち上がれなくなり、六度目には爽やかくんも動けなくなった。
「お兄さま」
カロンがオレに声を掛けてくる。もう終わりだと言いたいんだろう。
そうだな。これ以上は続ける意味もないか。
最後まで折れなかった根性は認めるけど、強さはせいぜいレベル五十前後。平均よりは上だが、上位層では下の方。優秀には違いないものの、上には上がいる。要するに、上の下の実力だ。
まぁ、彼らが転移者の中でどれくらいの実力者なのかにもよるけど、フォラナーダの脅威にはなり得ないな。チームを組めれば、部下たちだけでも対処可能だと思う。諜報部隊なら、単独撃破もできそうだ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




