Chapter20-4 Lunatic BLOOD(3)
真っ先に動いたのは赤い少女――仮称・鮮血姫としよう――だった。
体を覆う赤い液体のうち、直径一センチメートルほどが虚空に舞ったかと思ったら、次の瞬間には約六十倍の体積に膨れ上がっていた。
霊力を注入して増やしたんだろうと、原理の予想はつく。しかし、マネできるかと問われたら、首を横に振るしかない。
何せ、非実体の霊力を、赤い液体という物質に変換しているんだから。属性魔法ならともかく、魄術での再現はほぼ不可能といって良いだろう。
おそらく、液体兵器が秘術と呼ばれる所以は、この辺りの仕組みが関係しているはずだ。傍から見れば、無から有を生み出しているのと変わらないもの。
直径一メートルの赤い球体は、ブルリと一瞬震えた後に爆散した。液体は細かい針の形状となり、四方八方に散る。針の弾幕がオレたちに襲いかかった。
当然、こちらは防御手段を取る。各自で結界を張り、攻撃に備えた。
だが、針の威力は予想以上だった。オレとサザンカの結界が、容易く突破されてしまったんだ。ドドドドドドと轟音を鳴らし、地面や壁などに小さい穴を量産していく。
オレの場合は、完全に聖剣粒子のせいだな。結界がまったく機能していなかった。
サザンカの方は、魄術方面の問題だろう。結界封じの術式でも組み込まれていたのかな? 当のサザンカが盛大に眉をひそめているので、間違いなさそうだ。
幸い、すべて回避できたものの、状況は芳しくなかった。威力が控えめになりがちの範囲攻撃でカロンしか防げないのならば、他の攻撃も同様の結果となるのは目に見えていた。
とはいえ、文句を垂れてはいられない。囚われている者たちの命の安全を考慮したら、手をこまねいている暇なんて微塵もないんだから。
針攻撃を乗り越えたオレたちは、間髪容れずに次の行動へ移ろうとする。オレは鮮血姫の足止め、カロンとサザンカは転移者たちの救出だ。
しかし、間髪容れなかったのは鮮血姫も同じだった。彼女自身が動いたわけではない。すでに、次なる攻撃の布石は打たれていたのである。
何が起こったのかというと、あちこちに着弾した針が細長いトゲへと変形し、再び攻撃してきたんだ。室内というキャンパスを赤いペンで描き殴ったかのように、空間の大半が赤く染まっていく。
防御不可攻撃の連続には、さしものオレも肝が冷えた。
まぁ、命中することはないんだけどね。弱体化を受けていても、この程度でやられるオレではない。跳び、駆け、捻り、ギリギリのところでトゲを避けた。
それはサザンカも同様だ。伊達に死鬼の席にはついていないようで、魄術を行使して襲い来るトゲを逸らした。彼女のたたずむ場所だけ、不自然に赤いトゲが寄り付かない。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
どちらも結界で防ぎ切ったカロンが、オレとサザンカの安否を気遣ってくる。
「大丈夫だ」
「無事じゃよ」
事もなげに答えるオレたちを見て、カロンはホッと胸を撫で下ろす。彼女も、今の攻撃には驚いたらしい。
本当はもっと気の利いたセリフを返したいところだけど、そんな余裕はなさそうなんだよな。
二度あることは三度ある、ではないが、周囲を埋め尽くすトゲがまた動き始めたんだよ。枝分かれするように新たなトゲを生やし、残る空間を埋め尽くそうとする。
無論、何度も攻撃を許すオレではない。聖剣粒子のせいで魔法の威力が減衰するとしても、ゼロになるわけではないんだ。いくらでも、やりようはある。
「【反射板】」
一辺十センチメートルの正方形の魔力板を、十五枚作る。白い半透明のそれは、バラバラに宙へ舞った。そして、分岐する無数の赤いトゲを受け止める。
本来なら好きな角度に攻撃を反射する魔法なんだが、弱体化のせいで、僅かに軌道を変えるのがせいぜい。加えて、一回の接触で壊れてしまった。
だが、問題はなかった。軌道を多少逸らせただけでも、オレの目的は達成できていた。
軌道の変わったいくつかのトゲは、他のトゲと衝突する。するとどうなるかというと、相殺し合う形となった。攻撃力や耐久が同じなんだから、当然の帰結だろう。
さらには、一部はビリヤードの如く連鎖する。次々とトゲの軌道は変わっていき、ほとんどが壊れる結果となった。
もちろん、これは狙って起こしたことである。【先読み】の魔法を応用し、分岐するトゲの動きを逆算したんだ。相手の攻撃を止めるのに、自力である必要はないからね。
トゲの残骸である赤いカケラがパラパラと落下する中、オレはようやく攻勢に出た。
一拍置く余裕さえない。何故なら、敵はもう、次の攻撃を繰り出そうとしているんだから。
「【十三の羽】!」
白い羽を模した十三の刃が、一挙に鮮血姫を襲った。対応しにくいよう、あちらに到達する際の角度とタイミングは調整する。
死角や意識の隙を突くオレの刃。並の相手なら、これでトドメを刺せるはずだけど、鮮血姫は並の枠に収まらない。彼女に届く寸前、【十三の羽】はすべて弾き返された。
一瞬、鮮血姫を覆う赤く薄い膜が確認できた。おそらく、常時発動している防護膜なんだろう。薄く展開することで、攻撃接触時以外は目視できない仕様なんだと思われる。
薄くしても強度が落ちていない辺り、さすがとしか言いようがない。
一応、すぐさま【銃撃】も三十発ほど撃ち込んでみたが、一発も通らなかった。遠距離攻撃で、あの膜は突破できそうにない。
一連の攻撃によって、鮮血姫はオレに狙いを絞ったらしい。液状兵器で作り出した長さ三メートルの槍を、オレに向かって放ってくる。しかも、連射で。
回避できない速度ではないが、それだけでは不十分だ。先程の針同様、着弾後も形を変えて襲ってくる可能性があるんだから。
何発も迫る槍に対して、オレは真っすぐ突っ込む。強化した思考で間合いを正確に測り、紙一重で回避する。そして、槍の側面に軽く手を添えた。
ジュワッと手のひらが焼けるけど、必要経費だと割り切る。
同じ行動を、鮮血姫の下に辿り着くまで繰り返した。
結果、すべての槍は形を保てなくなった。背後に着弾してすぐ、バチャッと音を立てて地面や壁を赤く濡らす。
何をしたかというと、敵の攻撃にオレの魔力を流し込んだんだ。それによって術式を掻き乱し、無力化したのである。ただの液体に戻ってしまえば、警戒しなくて済んだ。
オレが目前まで迫ると、鮮血姫は赤い聖剣を構えた。どうやら、防護膜は遠距離攻撃専用らしい。近接戦闘の幕開けである。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




