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Chapter20-4 Lunatic BLOOD(2)

 赤い少女の基本構成は、先程までの液状兵器と大差ないらしい。三体ほど薙ぎ払った辺りで、だいたい把握できた。


 つまり、今回の競争において、誰が一番有利なのかは明らかということ。


 視界の端に、光線の乱れ撃ちが映った。


 いや、目前にまでレーザーは走り、オレの担当だった十七体も消し飛ばしていく。同様の光景が、サザンカの方でも広がっていた。


「終わりました!」


 その直後、カロンの嬉しそうな声が聞こえてくる。


 そんな笑顔を見せられては、『競争の意味がない』なんて文句も言えなくなる。妹の笑顔はプライスレスだ。


「さすがだよ、カロン」


「えへへ」


 一仕事を終えたカロンを労いながら、周囲の気配を探る。今のところ、復活の兆しは見られないけど……。


 こんなことなら、最初からカロンに一任していれば良かったな。如何(いか)にもボス戦といった風に登場したものだから、瞬殺は難しいと勝手に思い込んでいたよ。


 とはいえ、拍子抜けなのは確かだった。『吸血鬼の王族に伝わる秘術』なんて題目にしては、能力が地味である。そりゃ、無限に湧いてくる無形武器は強いが、秘術には程遠い気がした。


「サザンカ。液状兵器に、他の特別な能力はあるか?」


「すまぬ。ワシは見せてもらっただけで、詳細までは知らぬのじゃ」


 念を入れてサザンカに問うてみたが、結果は芳しくない。


 ()もありなん。いくら親しい間柄でも、一族の秘術の全貌を明かすバカはいないか。


 一分ほど経過しても何も起こらないので、考えすぎだったのかもしれない。ただ、襲撃の仕方を変えただけだったんだろう。


 となれば、いつまでも一ヵ所に留まっている理由はない。さっさと奥へ進み、転移者たちを回収しよう。


「先を急ごう」


 こちらの声掛けに二人は頷き、隊列を組み直す。オレ、カロン、サザンカの順番だ。


 そうして、先頭であるオレは一歩踏み出――


「ッ!?」


 ――すのを中断し、すぐさま後ろのカロンたちを抱えて跳び退いた。


「ごふっ」


 僅かに吸ってしまった(・・・・・・・)ようで、軽く吐血するオレ。


 しかし、それに構っている余裕はない。今は視る(・・)ことに注力しなくては、こちらが全滅する。


「お兄さま!?」


 オレの異常を悟ったカロンが、抱えられたまま治癒系魔法を施してくれる。だが、その回復は遅々として進まなかった。凄腕の彼女らしからぬ現象だった。


 この事態にカロンは焦りを見せるけど、当のオレは納得していた。聖剣粒子はオレにとって天敵。傷の治りを遅くする程度は造作もないだろう。


 そう、聖剣粒子だ。今のオレは、僅かばかり聖剣粒子を体内に取り込んでしまっていた。そのせいで、多少のダメージを受けたのである。


「チッ」


 吐血から数秒後。オレは舌打ちしつつ、数歩だけ後退した。


 その行動を見て、サザンカは得心したよう。ポツリと呟く。


「なるほど。気化しておるのか」


 伊達に歳を重ねてはいないみたいだな。今の二つの挙動のみで気づいたか。


 オレは首肯する。


「そうだよ。ここから先の空間には、気化した液状兵器が充満してる。さっきの赤い少女は、この仕掛けを隠すための囮だったのさ」


 形状変化のみならず、状態変化も自由自在らしい。おそらく、カロンに消し飛ばされる前提で、先程の赤い少女を作り出していたんだと思う。攻撃を受けても極小のそれらが残留するように細工をしておいたんだ。


 しかも、霊力までも散逸させているようで、通常の探知にも引っかからないというオマケつき。


 今は、聖剣粒子から感じる危機感を利用し、ギリギリ感知している状態だ。この方法だって、かなり意識を割かないと感じ取れない。


(わたくし)が消し飛ばしますか?」


 じりじりと後退する中、カロンが提案してくる。


 確かに、一番手っ取り早いのは彼女の魔法だ。彼女が本気の火力を出せば、さすがに気体の維持もできないだろう。


 しかし、その場合に使われるのは、間違いなく【偏照(あまてらす)】となる。最上級光魔法の【ディア・カンノーネ】で火力不足だったんだ。他に選択肢はない。


 【偏照(あまてらす)】の何が悪いのか。


 場所が宜しくないんだよ。洞窟内であんなものを行使したら、確実に気流が乱れる。大嵐の中の如き状態になるのは分かり切っていた。


 オレたちは良い。自前の結界で耐え切れる。


 問題は、奥に進んでいる転移者たちだ。巻き込まれたら最後、ミンチになる未来しかない。運が良くて手足バラバラかな?


 気流が乱れない程度に、手加減するわけにもいかない。今必要なのは高火力なんだから。


 面倒くさい罠だ。完全に、こちらの戦力を測った上での策だった。


 まぁ、事前に気づけなかったオレが悪いんだけども。液体系の凶器が状態変化するなんて、定番中の定番なのに。


 おっと、反省は後だ。そんなことに思考を割くよりも、状況打開の方法を考えないと。


 ――【コンプレッスキューブ】で空間ごと圧し潰す?


 ダメだ。気体に聖剣粒子が含まれている以上、オレの攻撃は弱体化してしまう。取りこぼす危険性がある。


 ――結界を身にまとい、強引に突っ切る?


 一考の余地はある。少量でダメージを受けたのは、オレと聖剣粒子の相性が悪いせいだ。カロンやサザンカなら、ほとんど傷を負わないだろう。結界で防ぎ切れる公算も高い。


 ただ、敵本体と気体兵器に挟まれる形となるのがネックだった。気体の範囲は操作できるようなので、早々に決着をつけないと逃げ場を失う。


 その後もいくつかの案を頭に浮かべるものの、どれもしっくりこなかった。


「やっぱり、これしかないか」


 あまり好ましくないが、仕方ない。


「サザンカ。気体兵器の突破、任せてもいいか?」


 オレが渋っていた方法とは、要するに“他人任せ”である。思考放棄みたいでいやなんだけど、専門家に任せるのが一番なのも事実。


 すると、サザンカはニヤリと笑ってみせた。


「任せろ。死鬼(しき)の面目躍如といこうではないか。まぁ、そのためには、時間稼ぎをしてほしいんじゃがな」


「どれくらいだ?」


 需要のない老婆のテヘペロを無視しつつ、必要な時間を尋ねる。


 彼女は真面目な顔に戻り、短く答えた。


「五分じゃな」


「分かった」


 上々である。五分程度なら、稼ぐ方法はいくらでもあった。


「カロン、防御魔法だ。完全密封で頼む」


「お任せください!」


 オレの注文を聞き、『待ってました』と言わんばかりに力強く返事をするカロン。こうして張り切ってくれる彼女の姿は、本当に頼もしい。


「【ディア・カストロ】」


 術の強度を上げるため、カロンはあえて詠唱する。それは最上級光魔法の名称だった。


 オレたちを覆うように、光の城が作り出された。煌々と輝くそれは、目前まで迫っていた気体兵器をきちんと阻害している。


 これだけでも十分そうだが、さらなる手を打った。彼女の魔法に、オレの魔力を流し込んだんだ。


 【身体強化】の魔法版と表現するのが適切かな。ヒトや道具を強化する【魔纏(まてん)】から文字って、名を【魔填(まてん)】という。


 この魔法、言うが易し行うが難しの典型なんだよね。既存の魔法を崩さないよう、繊細な作業が求められるから。他人の術に手を加える際は特に。


 ……オレの魔法はそんなのばっかりだって? 気にしたら負けさ。


 無論、強化の仕方は工夫する。光の城の表面ではなく、内側にオレの魔力が流れるようにした。でないと、聖剣粒子によって弱体化してしまうもの。


 これで時間稼ぎは完璧。あとは、サザンカの手腕にゆだねられた。


 こちらが防御魔法を作り上げている時から、彼女は瞑目していた。といっても、それは顔にある両目だけ。両腕にある大量の目玉は忙しなく動いていた。


 五分後。事前の宣言通り、サザンカは打開策を見出す。


「あそこを狙え」


 そう言って、彼女はオレの肩に手を置いた。


 伝達の魄術(びゃくじゅつ)を行使したんだろう。脳内に、とある座標情報が送られてくる。オレから見て、十一時の方向の虚空だった。


 言われてみて、初めて理解する。確かに、あの場所の聖剣粒子は違和感があった。


 弱体化中のオレに伝えたのは、あの場所をピンポイントに攻撃する必要があるからだろう。カロンは、そういった精密射撃は苦手だもんなぁ。


 内心で苦笑を溢しながら、結界の外に魔力を集める。聖剣粒子のせいで操作しにくいが、不可能ではない。


 ――【銃撃(ショット)】。


 件の座標付近に魔力の弾丸が生成され、見事に狙い通り撃ち抜いた。


 途端、微かに感じていた聖剣粒子の気配も霧散する。目論見通り、充満していた気体兵器の一掃に成功したらしい。


「もう大丈夫じゃ」


 サザンカのお墨付きを得たオレとカロンは、防御魔法を解除した。


 とはいえ、休んでいる暇はない。気体兵器の排除は敵も認知しているはず。新手が投入される前に、少しでも前に進む必要があった。


 ところが、こちらが考えていた以上に、敵は追い詰められていたらしい。


「――――!!!!」


「「「ッ!?」」」


 魔法の解除とほぼ同時。筆舌に尽くしがたい高音が、オレたちの耳に届いた。攻撃性のあるものではなかったが、眉根を寄せるほど不快な音である。


 そして、


「お兄さま!」


「来るぞ、ゼクス殿ッ」


 カロンとサザンカが警告してきた。


 オレは察する。二人の探知に、何かが引っかかったんだろう。それはおそらく、最深部の敵が動いたんだと予想できる。


 その考えは正しかった。十秒と置かず、オレたちの目前に何かが駆け込んできた。


 それは真っ赤に染まったヒト型だった。先程遭遇した赤い少女と同じ形状をしている。


 だが、中身はまるで違う。圧力の次元が異なる。あれは魔法司と同等の実力者であると、オレの直感が告げていた。


 しかも、赤い少女の右手には片手剣が握られている。真っ赤な液体に覆われた、おどろおどろしい剣が。


「聖剣か」


 間違いない。聖剣どころか魔剣みたいな見た目をしているけど、あれは聖剣であると、オレの本能が警鐘を鳴らしていた。


「――」


 赤い少女は高音で何かを呟いた。


 言語化はできない。魔力による翻訳を通じないとなると、意味の込められたものではないんだろう。


 それに、彼女の瞳はギラギラ輝いているだけで、一切の理性を感じられなかった。明らかに暴走している。


 聖剣を手にしたことで狂ってしまったのか? 確証はないが、その可能性は十分に考えられた。


「何か分かるか?」


 警戒しながら、オレはサザンカに問うた。


 ずっと、敵が知人の可能性を示唆していたんだ。何らかの気づきがあるかもしれない。


 しかし、サザンカは首を横に振った。


「分からぬ。まったく見通せん」


 見る能力に特化した彼女が断言できないとなると、正体を探るのは難しそうだ。あちらは敵意をビシビシと放っているし、もはや戦う以外の道はないだろう。


 こちらとしても、引くに引けない理由があった。彼女の完全無力化を迫られていた。幽霊(ゴースト)の量産を止める目的もそうだが、もっと差し迫った問題があるんだ。


 赤い少女の背後に五つの赤い球体が浮いており、その中に転移者や帝国兵たちが囚われているんだよ。彼らからエネルギーを吸収しているようで、ドクンドクンと球体が脈打っている。


 どうにも、ここまで走ってくる最中に捕まえてきたらしい。


 手軽すぎないか? 三分クッキングも顔負けの超スピードである。もう少し抵抗してほしかった。


「カロンとサザンカは、彼らの保護を最優先してくれ」


 全員で赤い少女の無力化に注力したいが、さすがに人命優先だ。


 これ以上の指示は……難しいか。そろそろ、敵が攻撃に移りそうだった。


 はてさて、赤い少女の実力は如何(いか)ほどか。狂った吸血鬼との戦いが、幕を上げようとしていた。

 

次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。

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