Chapter20-2 聖剣粒子(1)
カロンの魔法によって、既存の幽霊を掃討した後。そこから一番近い町に、オレたちは訪れていた。
辺境伯側の部隊の一部も同行しており、生存者の救護に駆け回っている。町のあちこちには、事前情報の通り、多くの住民が倒れていた。
ただ、不思議なことに、昏倒してから三日が経過しているはずの彼らは、想像していたよりも衰弱していない。少なくとも、見える範囲に頬がこけている者は存在しなかった。
すると、町の様子を眺めていたカロンが呟く。
「【偏照】に【疲労回復】も混ぜたのですが、上手く発動してくれたようですね。しかし、【疲労回復】の効果量が最低限となってしまったのは無念です」
どうやら、彼女の仕業だったらしい。
己の不甲斐なさを悔いているみたいだけど、他人が耳にしたら引っくり返る偉業だと思う。攻撃魔法同士の掛け合わせならともかく、指向性の違う回復と混ぜるのは、途方もない難度となるはずなんだから。
……そういえば、【偏照】の対象指定は、回復系魔法を応用したんだったか。その点を突いて、術式を構成し直したのかもしれない。どちらにしろ、驚くべきことだけども。
ミネルヴァも今のセリフを聞いていたようで、筆舌に尽くしがたい表情を浮かべていた。驚きと妬みと呆れと……感情が色々混在している。
だが、最終的には呆れが勝ったらしい。半眼を向け、カロンの背中をバシッと叩いた。
「痛っ。何ですか、ミネルヴァ!」
「別に。少しムカついただけだから、気にする必要はないわ」
「全然、言いわけになっていませんよ!?」
恒例の口論が始まってしまったので、仕方なくオレが進行役を務める。
「調査員は、簡易調査用機材の準備を。騎士各員はその護衛だ。準備が終わり次第、調査を始めてしまって構わない。こちらへの確認は不要だ」
「「「「「「承知いたしました!」」」」」」
総勢六名が略式の敬礼を行い、各々の準備に取り掛かる。
辺境伯側とは異なり、オレたちの目的は幽霊騒動の調査だ。
例の洞窟に向かわないのかって?
あそこは大本命だけど、確定したわけではない上、罠の可能性もある。人命救助という急ぐ理由がなくなった今、無理に突入する必要性は皆無だった。結界で封じ込められているのも一因だな。
無論、後回しにしたせいで状況が悪化する場合も想定できるが、その時は周辺一帯を吹き飛ばす予定なので問題ない。クリーガー辺境伯の許可も得ている。
そも、どちらを優先した方が正解かなんて、結果が出てみないと分からないんだよ。オレは慎重論を選んだだけのこと。
「ワシはどうすれば良い?」
一人だけ指示を受けなかったサザンカが、一言問うてきた。
オレはアゴに指を添え、答える。
「今は余力を残しておいてくれ。洞窟内部の幽霊がどんどん数を増やしてる以上、次第に結界の維持が大変になってくる」
例の洞窟から出現する幽霊は、オレとサザンカの結界によって阻まれている。しかし、その程度で幽霊の増殖が停止するなんて楽観はできなかった。
ゆえに、結界の維持は最重要事項だった。きっちり元凶を潰すまで、何があっても解いてはならないんだ。でなければ、カロンが魔法を使う前の状況に逆戻りである。
「確かに、結界内がすし詰めになるのは、時間の問題じゃからのぅ」
自分の役割の重要性は理解しているよう。サザンカは素直に頷いた。
ただ、何もしないのは据わりが悪いらしく、調査員たちの手伝いに加わる。
あの程度の労働なら、目くじら立てなくても良いか。老いようと『死鬼』には変わりない。魄術の頂点たる実力者が、己の限界を見誤る可能性は低い。
一旦サザンカたちから視線を外したオレは、未だ口論を続けるカロンたちに目を向け直した。
二人はすでに下級魔法の撃ち合いにまで発展しており、これが決闘に発展するのは火を見るより明らか。というか、過去に同様の事例が存在したので、否定のしようがない。
TPOを考えて自重すると信じてはいるけど、一抹の不安が拭えないのも事実。実際、下級とはいえ、魔法の撃ち合いはしているわけだし。
溜息を吐いたオレは、ケンカする彼女たちに近づいていく。当然、二人を止めるために。
町にあった空き家を一時的な拠点としたオレたちは、夕食後に会議を行っていた。
ちなみに、辺境伯陣営は生存者の救助を完了したため、すでに別の町へ移動している。この場にいるのは、フォラナーダの面々のみだった。
「結論から述べましょう。今回の事件、聖剣が関わってるわ」
開口一番、ミネルヴァがそう告げる。
最初はカロンとじゃれ合っていた彼女だったけど、その後はちゃんと本来の仕事をこなした。調査員たちをまとめ、着実に情報を集めていった。
その結果、先のセリフを告げるに至ったらしい。
彼女は説明を続ける。
「アルトゥーロのもたらした鞘や、ゼクスが回収したという聖剣ドゥリンダナの破片。それらから検出された成分と同様のものが、周辺の大気からも検出されたのよ。ものすごく薄弱化してたけれどね」
「薄弱化してたから、オレに影響がなかったと?」
「おそらくね。あなたも、弱点をそのまま放置してるわけじゃないんでしょう?」
「そうだな」
突然の発言に驚きはしたが、冷静に考えれば納得できた。
完全とはいかないものの、星外特攻の軽減化は成功している。だから、薄まった聖剣の気配程度では、オレに害を与えられなかったんだと思われる。
しかし、そうなると、重大な問題がある。
「元凶に近づけば近づくほど、聖剣の気配は強くなるわけか」
「可能性は高いでしょうね。まだ、この町の近辺しか調査できてないから、断言はできないけれど」
その場に存在するだけなら、体が若干しびれるくらいで済む。対策を立てた今なら、通常時と遜色なく動けるはずだ。
だが、その聖剣が振るわれた場合、ダメージを負うのは避けられないだろう。己道大陸のような無様をさらす気は一切ないが、無傷で潜り抜ける自信はまだない。
「覚悟はしておこう」
僅かな逡巡の後、オレは息を吐く。
すると、みんなの雰囲気の真剣さが増した。
「……撤退はしないのね?」
目を細め、ジッとこちらを見つめてくるミネルヴァ。
それをしっかり見つめ返しつつ、しかと頷く。
「聖剣と幽霊。いったい、どんな状態になってるかは分からないけど、放っておける案件じゃない。退くわけにはいかないよ」
これが聖剣だけだったら、撤退も視野に入れていたかもしれない。聖剣は強力な武器だが、その真価が発揮されるのは特攻対象に限る。フォラナーダなら――カロンやミネルヴァなら、容易に対処可能だろう。
ところが、今回は幽霊という魄術師の陰も窺える。何らかのイレギュラーが発生している可能性が考慮される状況で、最大戦力たるオレが退くことは許されなかった。
「お兄さま……」
「大丈夫だよ」
心配そうに声を漏らすカロンに、オレは笑顔で応える。
何の根拠もない言葉だったが、そこには確固たる自信を込めていた。今までのトラブルも無事に乗り越えられてきた自負があった。
それに、
「みんながいる。もし、オレが危なくなったら、助けてくれ」
オレは一人ではない。過酷な鍛錬に耐え切った優秀な仲間がいるんだ。今回の元凶がオレにとって脅威だったとしても、カロンやミネルヴァ、フォラナーダのみんなが助けてくれる。心から、そう信じられた。
こちらのセリフを聞いた全員が、小さな笑みを浮かべる。張り詰めていた雰囲気も幾許か緩まった。
そして、締めと言わんばかりに、カロンが力強く宣言する。
「任せてください! お兄さまの身の安全は、不肖カロラインがお守りいたしますッ」
両こぶしを握り締める彼女の瞳は、ゴウゴウと燃えていた。紅い色も相まって、本当に発火している風に思えてしまう。
そんな彼女に対し、ミネルヴァが笑声を溢した。
「あら、カロライン。そういうのは正妻たる私の役目よ。譲りなさい」
全体的に笑っているのに、目がまったく笑っていなかった。しかも、若干魔力が周囲に漏れている。冗談でも何でもない、本気の要求だった。
ミネルヴァの威圧に部下たちは身震いするが、カロンは一歩も引かない。
「いいえ、これは血の繋がりある私の役目です。譲れはしません」
「正妻の忠言は聞き入れた方が賢明よ?」
「いまどき、独裁政権など流行りませんよ?」
「「……」」
バチバチと火花を散らす彼女たち。
比喩でも何でもなく、物理現象として火花が散っていた。おそらく、目元から魔法を放っているんだろう。何の意味があるか、全然分からないが。
良い話で終わると思ったら、あっという間にギャグ路線に変わってしまった。いやまぁ、しんみりした空気になるよりはマシだけど、なんだかなぁ。
とりあえず、
「今日は解散だ。明日は別の町で同様の調査を行うから、各自でしっかり休息を取るように」
「「「「「「は、はい」」」」」」
「手慣れておるのぅ」
完全に怯えていた部下たちはコクコクと首を縦に振り、サザンカには生温かい視線を送られた。
そりゃ、慣れもするさ。しっかり責任を持てなくては、二人の婚約者として情けないもの。
結局、二人のケンカは決闘まで発展し、オレが展開した【刻外】の内部で激闘を繰り広げた。
ちなみに、勝者はミネルヴァだった。昼間に行使した【偏照】分の魔力が、勝敗を分けた模様。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




