Chapter19-4 不屈の聖剣(3)
「ウィリアム。ここはアタシが抑えるから、聖剣の使い方を早く覚えて。ほら、早く」
「えっ、あ、はい」
嘆かわしくもウィリアムは押され気味だったので、周りの敵を一掃する。『狂気』はすぐに復活してしまうが、鬼人はこれで全滅した。
戸惑うウィリアムをシッシッと後衛に追い払い、アタシは『狂気』五体と相対する。
一人剣を構えるこちらを見て、『狂気』たちは「ふむ」と声を上げた。
「イレギュラーが相手か」
「これが普通の剣士なら、五人でかかれば瞬殺だが」
「“斬撃を置く”なんて非常識を行う相手には心許ない戦力」
「後に引くと聖剣で殺されてしまう以上」
「増援を呼ぶ他ない」
五人でセリフをリレーしたのは、絶対に悪ふざけだろう。声音におどけた調子が乗っていた。
しかし、増援を呼ぶという発言は嘘ではない模様。こちらが剣を放つよりも早く、『狂気』の数が倍に増えた。
一瞬遅れて最初からいた五人を斬り飛ばすものの、何ごともなかったかのように元に戻る。
チッ、遅かったか。殺せはしなくても、増援を呼ぶ邪魔くらいはできると思ったのに。
「「「「「「「「「「さて、我ら十人と遊んでもらおうか」」」」」」」」」」
不快な声が多重になって響く。
それと同時に、奴らは一斉に動き出した。アタシを囲い込むように展開し、それぞれが襲いかかってくる。
隙を見てウィリアムに仕掛ける、なんて作戦ではないらしい。そんなことをすれば、真っ先に斬られると理解しているよう。
姑息な作戦を用いる点から分かってはいたけど、慎重な敵は面倒くさい。
そのまま突っ込んでくる者、両腕を触手状にして攻撃してくる者、死角から襲ってくる者などなど。十の魔の手が情け容赦なく迫り来る。
……大丈夫。
一つ息を吐き、心を落ち着かせる。『狂気』は相対しているだけで心を騒つかせるけど、この程度なら問題ない。
アタシは人生の底を知っている。モノとして扱われる地獄を知っている。恐怖が何たるかを知っている。
幼少の頃の経験は、アタシの心を強くした。やり直せるなら、なかったことにしたい経験ではあるが、無駄にはなっていない。
まぁ、ゼクスの言い振りからして、真に『狂気』が復活した場合はシャレにならないみたいだけど、今は心配ない。
むしろ、奴から放たれる嫌な気配から、普通の敵よりも察知しやすい。四方八方からの攻撃を紙一重で避けることができる。
一、二、三と舞踊の如く回避する。無論、カウンターを決めるのも忘れない。再生されるものの、その一瞬を稼げるのが重要なんだ。
十の攻撃を避け切り、再生による停滞が発生する。
アタシはその間隙を見逃さない。包囲網を脱出するついでに、数多の斬撃を置いた。今度はこちらが包囲する番だ。
斬撃の檻に閉じ込められた『狂気』たちは、その再生能力を活かし、無理やり突破を図る。
うん、それは予想していたよ。
同じことを繰り返しても仕方がない。ウィリアムのための時間稼ぎが目的だけど、倒せそうなら倒すのがアタシのポリシーだ。
――バシュッ。
短い音とともに、斬撃に触れた『狂気』の一体が粉微塵に吹き飛んだ。
それを見て、続こうとした『狂気』たちの動きが止まる。切断されるだけだった今までとの違いに、驚きを隠せていないようだった。
何をしたのかって?
難しい話ではない。斬撃を重ねて置いただけ。重複した斬撃だから、何度も斬られたんだ。あれは百重くらい置いたから、粉微塵にもなる。
あそこまで細かく刻まれると、さすがに再生も遅くなるよう。小さな黒が蠢ているけど、即座にヒト型に戻ることはなかった。
斬撃の危険性を理解したらしい『狂気』は、触れなければ良いと判断した模様。ヒト型の体を変形させて、するりと合間を掻い潜ろうとした。
最初からその手を使わなかったのは、何らかの制約があるのかもしれない。
ただ、その奥の手も想定済み。
次の瞬間、『狂気』三体の足下が消えた。地面に斬撃を隠し置いており、それが発動したんだ。今のアタシは、置いた斬撃の発動タイミングも操作できるんだよね。
体勢を崩した『狂気』たちは斬撃に接触してしまう。一瞬で、三体は粉微塵になった。
それだけに留まらない。
パチンと指を鳴らすと同時、置いていた斬撃が解放された。重なっていたそれらは一気に周囲へ拡散し、無差別に周りを斬り刻む。
直接触れるよりは威力が落ちるものの、すぐ横を通り抜けようとしてた『狂気』たちは大ダメージを受ける。あちこちが斬られ、体の大半が吹き飛ばされた。
しかも、拡散した斬撃で周囲に落ちていたガレキも飛び、『狂気』たちに追い打ちをかける。これによって、さらに三体ほど即座の復活ができなくなった。
残る三体は何とか再生し切ったけど、安易に踏み込んでは来ない。アタシの斬撃を警戒しているんだろう。隠したり、発動タイミングを操作できると知ってしまったから。
その行動は、こちらの思うつぼなんだけどね。
何せ、アタシの本来の目的は時間稼ぎ。足を止めることは、まさに願ったり叶ったりの展開だった。
アタシの一番の武器は剣術と【身体強化】。それは紛れもない事実。
でも、一番以外にも武器は存在する。地形も敵の心理も、何もかも使いこなして、アタシは勝利を目指すんだ。また明日も生き残るんだ。
睨み合うこと数秒。
「足下がお留守ですよ」
「想定内」
影に擬態して接近してきていたんだろう。『狂気』の黒い手が足下から伸びてくる。
しかし、それがアタシに触れることはない。
地面から伸びた手は瞬く間に斬り刻まれ、カケラも残らなかった。
正面突破が叶わないなら暗殺。至極当然の思考を、予想していないはずがない。アタシの周囲には斬撃が設置されており、敵が近づけば自動的に斬り飛ばす。
敵を識別する方法は精神魔法だ。ゼクスに教わった。
まぁ、アタシは適性がおそろしく低いみたいで、敵意に反応する術しか使えないけど。応用も全然利かないし。
とはいえ、それで十分だった。現に、不意打ちの一つを退けたもの。
程なくして、先程粉微塵にした連中が再生を終える。
これで振り出しとなったわけだが、状況は一変していた。アタシの攻撃は『狂気』の侵攻を完全に防ぐと向こうも理解したゆえに、安易に踏み込めない。歯噛みする『狂気』の口が、その心理を語っていた。
そうこうしているうち、ついに時が訪れた。
「聖剣・不屈の刃!」
ウィリアムの声が背後から聞こえたのと同時、圧倒的な力の奔流が発生する。
「お待たせ!」
それから、ウィリアムがアタシの隣に並び立った。その手には黄金の聖剣が握られている。その剣は先程までと違い、ハッキリと力を感じさせる代物となっていた。
これで、アタシはお役御免か。疲れた。
あとはウィリアムに任せようとするアタシだったが、その寸前で後退するための足を止める。
何故、下がるのを止めたのか。それは『狂気』の表情にあった。
悔しげに歯噛みしているものの、瞳に絶望は宿っていなかったんだ。天敵の覚醒に幾許かの恐怖はあっても、諦めが一切なかった。
アタシは訝しんだが、ウィリアムは気づいていない様子。彼は堂々と聖剣を掲げる。
「もう終わりだ、『狂気』。俺と聖剣・不屈の刃がお前を滅ぼす!」
ここに白雪やアンナリアがいれば黄色い歓声を上げていただろう、かなり格好良いセリフ。いよいよ決着だと感じさせる、気合の入った言葉。
しかし、それに対する狂気の反応は、一つの溜息だった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




