Chapter19-4 不屈の聖剣(2)
そろそろ中心部というところで視界が開けた。先程まで植物が周囲を埋め尽くしていたのに、中心部周辺のみは何も生えていない。剥き出しの大地――そして、謎の建造物があった。
石造りの建物だ。外観は何と表現したら良いだろうか。パルテノン神殿とタージ・マハルを足して二で割った感じ? 今までにない建築様式である。
ここが聖剣の安置されている場所で、間違いないだろう。何せ、神殿全体から膨大な生命力が感じ取れるんだから。一般人なら、漏れ出る圧力だけで進めなくなる。
とはいえ、オレたちの中に、この程度の圧に屈する者はいない。最大限の注意を払いつつ、神殿の入り口に足を向けた。
「ん?」
途中、何やら違和感を覚えた。肌をざわりと撫でつける、悪寒にも似た何か。初めて経験したそれに、思わず足を止めて首を傾げてしまう。
「どうかしたのかい?」
「いや……何か嫌な雰囲気がする。気を引き締めてくれ」
「わ、分かった」
一瞬、答えない選択肢も頭に過ったが、きちんと返した。いつにおいても、報連相は大事である。直感にすぎなくても、情報は共有しておくべきだろう。
少し離れているニナやウィリアムにも伝え、オレたちは改めて前に進んだ。
神殿内は静謐な空気に包まれていた。冷ややかな石壁や芸術的な装飾などが威厳を放っている。ここは神聖な場所であると、建物全体が語りかけてくるようだった。
そんな雰囲気のせいか、自然と身が引き締まる。言葉を溢すのも躊躇われた。静寂の中、オレたちの足音のみが響く。
少し前から思っていたことだが、『狂気』が襲いかかってこないのは不思議だった。偽ローランの登場以降、それまでの襲撃が嘘みたいに止まっている。何らかの思惑があるのか、それとも襲えない理由があるのか。
何となく、後者の要因が主な気がする。本当に何となくだが。
立派な廊下を渡ること幾許か。ようやく開けた場所に到着した。距離的に、神殿の中心部だろう。
広々とした部屋だった。奥行きは百メートルほど、高さも五、六十メートルはある。これまで以上の華やかな装飾に彩られた立派な室内だった。
だが、それらの豪奢さも前座にすぎない。この部屋のメインは、中心に存在した。
部屋の中心には、石造りの武骨な台座があった。そして、その台座には一本の剣が刺さっていた。
刃が台座に刺さっているせいで定かではないが、全長は約一メートル。刀身は肉厚ながらも、三日月のように弧を描いていた。喩えるなら、柳葉刀とシミターを混ぜ合わせた形状か。
デザインは武骨寄り。装飾は最低限しかないものの、すべてが黄金色に染まっていた。
あれが聖剣で間違いない。状況的にそうとしか考えられないのはそうだが、あの剣が放つ波動にとてつもない悪寒を感じるんだ。「あれはやばい」と本能が警鐘を鳴らしている。
なるほど。この神殿に近づく際の嫌な予感は、聖剣の仕業だったらしい。
ただ、この感覚はオレしか覚えていない様子。聖剣を前にしても、他三人は顔色一つ変えていなかった。
いやまぁ、ウィリアムやリンデは感動した雰囲気だけど、それは良い意味の変化である。
ここまで来ると、とある可能性を考慮せざるを得ない。念のため、準備を整えておいた方が良さそうだ。
オレがゴチャゴチャと考えている間に、ウィリアムが聖剣に近づいていく。その瞳は期待や感動といった感情で輝いていた。
「これが聖剣!」
「今のあたいじゃ絶対に作れないね、こりゃ」
彼に一歩遅れて、リンデも聖剣の傍に寄る。鍛冶師としての視点で、聖剣をつぶさに観察していた。
「ゼクス?」
「気にするな」
二人ほど聖剣に興味を持っていないニナだけは、こちらの異変に気が付いた模様。
だが、今の彼女にできることはない。大丈夫だと告げてから、無防備となっている二人を護衛するよう返す。
「……分かった」
思うところはあったみたいだけど、ニナは了承してくれた。理解ある婚約者で嬉しいよ。
ひとしきり聖剣観察を終えた二人は、いよいよ次のステップに移る。ウィリアムが、聖剣を抜くんだ。
「これを抜くのが聖剣の儀ってことで合ってるのか?」
「たぶん、そうじゃないかい? あからさまに『抜け』って感じだし」
「物語の定番」
彼の疑問に、リンデとニナが答える。
まさしくニナの言う通りだな。選ばれた者しか引き抜けない聖剣なんて、創作物の定番中の定番である。
「じゃあ、行くぞ!」
時間をかけても仕方ないと考えたんだろう。ウィリアムは早速とばかりに、聖剣に手をかけた。こういう時の思い切りは良いよな、彼は。
柄を握っただけでは、特に変化はない。それを認めてから、剣を引き抜こうと力を込める。
聖剣と台座の接着面は、一ミリも隙間がないように見えた。一見すると、引き抜くのに相当の力が必要に思える。
ところが、現実は違った。鞘に収まった剣を抜くのと同じ要領で、スルッと動き出す。
ウィリアムは、もう少し抵抗があると踏んでいたらしい。勢いをつけすぎた腕は真上まで上がり、聖剣も一緒に天に掲げられた。
聖剣を掲げるウィリアムの姿は、物語の一場面の如く。
ただ、その雄姿を眺めていられるのも僅か。
次の瞬間、聖剣が光を放ち始め、部屋中は黄金色に染め上げられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
部屋中を黄金が満たしたのは、ほんの一瞬だった。アタシ――ニナは警戒して剣を構えたけど、特に被害は受けていない。あの光に攻撃性はなかったらしい。
ホッと胸を撫で下ろし、他のみんなの安否を確認する。ウィリアムは掲げた聖剣を感動した面持ちで見つめている。リンデも同様かな。それでゼクスは……
「ッ!?」
血の気が引いた。何故なら、一番確認の必要ないと思っていたヒトが、全身血まみれになって倒れていたんだから。
アタシは口からこぼれそうになる悲鳴を堪え、急いで彼の下に駆けつける。
「ゼク――」
「警戒を怠るなッ」
すぐさま介抱しようとするアタシを制して、ゼクスは大声を上げた。その迫力はすさまじく、伸ばそうとした手が止まってしまう。
今の声で、他の二人もゼクスの容態に気がついたみたい。顔色を真っ青にして、アタシと同じように駆けつけようとした。
しかし、ゼクスはそれを良しとしない。再び声を上げる。
「すぐに敵が来るッ。聖剣が解放されたことで、この神殿の魔除けが解けた。敵に備えろッ」
彼がセリフを終えるのと部屋の天井が爆ぜるのは、ほとんど同時だった。
荘厳だった石造りの天井は派手に爆散し、その大きなガレキが降り注ぐ。
アタシたちは即座に対応した。各々の得物を用いて、襲い来るガレキを排除する。
それらの対応に集中しているうち、いくつかの気配が部屋に落ちてきた。人数は……十三人。どれもヒト型で、相応に強い。たぶん、リンデ単独だと対処が難しいレベル。
ガレキが落ち終わると、部屋には感知した通りの敵が揃っていた。
十二人は鬼人だ。目が虚ろなのは気になるけど、大帝国の大会で出会った二人よりも断然強い。
そして、鬼人たちに囲まれるように立つ一人は『狂気』だった。相変わらず全身黒ずくめで、捉えどころのない気配を放っている。
崩落の音が止み、静寂に満ちる一帯。
警戒するアタシたちを余所に、『狂気』はこちらを見渡した。顔のパーツは一切ないから分かりにくいけど、頭を回す動作をしたので間違いないと思う。
一通り観察を終えた『狂気』は、“口”と“目”を開いた。
意味不明な発言なのは理解しているが、文字通りの現象が起きたんだ。真っ黒だった顔に、口と目が生まれた。
見ているだけで不安が煽られる瞳だった。底なしの闇を覗き込んでいるような、本能的な恐怖が湧き上がってくる。
これが『狂気』の特性か。ゼクスが以前に言っていた忠告を、身をもって理解した。
『狂気』はケタケタと笑う。
「あははははははは。聖剣入手直後ならば聖剣使いの練度も低い。そういう考えて攻めてみたら、思わぬ副産物があったようだね。まさか、お前に聖剣の特攻が突き刺さるとは」
聞いているだけで不快さが込み上げてくる声。
その内容に、アタシは首を傾げた。
聖剣の特攻が突き刺さる? そのせいで、ゼクスはダメージを負ったの?
聖剣が、星外の存在に対して特攻を有するのは知っている。
しかし、話が繋がらない。ゼクスは紛れもない人間で、この星に生まれた存在だ。いくら並外れた力を持っていようと、聖剣の特攻範囲に含まれないはず。
アタシの頭の中は数多の疑問符で埋め尽くされる――が、いちいち解決している暇はなかった。
「この好機は見逃せないねェ。手早く、聖剣使い含めて殺し尽くしてあげよう!」
行け、と『狂気』が言い放つと、それに従って十二の鬼人が襲いかかってきた。
アタシは一息で三体の鬼人を葬った。それから、分の悪そうなリンデを回収し、ゼクスの下に届ける。
「あ、ありがとう」
「礼はいい。それよりもゼクスを診て。アタシには余裕がない」
鬼人は問題ないが、『狂気』が厄介だった。奴はいつの間にか五人に分裂しており、ウィリアムに三人、アタシに二人を仕向けている。
触れると精神汚染されるのが、本当に面倒くさい。さすがのアタシでも、魔法制限かつ接触不可の状況で、強敵を殺すのは難しい。せいぜい、手足を斬り飛ばすくらい。
その手足だって、あっという間に再生されるんだからジリ貧だった。
「ニナ」
「ちょ、無理すんなって」
アタシを呼ぶゼクスの声と、慌てるリンデの声が聞こえる。
どうやら、彼は血みどろの体を無理に動かしているらしい。ケガをしている時くらい、大人しくしてほしい。
こちらの内心なんてお構いなしに、ゼクスは語り始める。
「ウィリアムの援護に行ってくれ。彼が聖剣の使い方を把握すれば、この戦いは勝ちだ」
「無理。今のゼクスは戦えない」
こうして近くに寄ったことで分かったけど、ゼクスは全身がズタズタに斬り裂かれていた。物理的にだけではなく、魔力などのパスも。今の彼は、一切魔法などの異能が使えない。
「一分あれば、自分とリンデの身を守れる程度には回復する。あらかじめ備えておいたから、完全断裂は防げた。それに、ニナがウィリアムの方に向かえば、オレたちは襲われない」
『完全断裂』という不穏な言葉に眉を潜めつつ、問い返す。
「何で、襲われないって断言できる?」
「『狂気』の第一優先目標は、聖剣使いのウィリアムだ。彼を殺せなければ、奴の敗北は必至だからな」
「アタシがウィリアムに加勢すれば、こっちに構ってる暇はなくなる?」
「そうだ」
得心のいく内容だった。『狂気』が何よりも恐れているのは聖剣。そちらが倒せなくなったら本末転倒となるんだろう。
「ほら。オレたちは大丈夫だから行ってくれ」
未だに躊躇していると、周りを囲んでいた『狂気』や鬼人の頭が一斉に穿たれた。
たしか、今のは魄術版の【銃撃】だっけ?
宣言通り、一分で最低限の状態まで回復したらしい。あんなにボロボロだった体が、それなりに戻っている。
アタシが目を丸くするのを見て、彼は不敵に笑う。
「ニナ、頼むよ」
「分かった」
愛しいヒトにここまで頼られているのに断るは、女が廃るというもの。
アタシは復活した『狂気』の一体を真っ二つにしてから、ウィリアムを目指して駆けた。
すると、ゼクスの予想通り、こちらを襲っていた『狂気』たちが追いかけてくる。
良かった。これでゼクスも休める。
とはいえ、戦場よりも安全圏で待機した方が良いに決まっている。さっさと連中を倒して、一秒でも早く彼を休ませてあげよう。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




