Chapter19-4 不屈の聖剣(1)
目標の島には翌日の昼には到着した。小舟の大会があれば、優勝間違いなしの速度だったと思う。ニナが全力で漕ぎ、オレが船の耐久性確保などの諸々を調整したんだから、当然の結果だったけども。
島の大きさは程々だな。ヒトの手がほとんど入っていない、自然に満ちた場所である。
海岸で小舟を固定したオレたちは、いよいよ自らの足で上陸する。
「思いのほか、簡単に辿り着けた」
舟を降りたニナは、周囲を警戒するとともに呟く。
それに対し、オレは肩を竦めた。
「予想よりも大陸に近かったのは事実だけど、簡単だったのは、ウィリアムが集めたバッジのお陰だな」
すると、ウィリアムが首を傾げた。
「バッジって、ただの地図ってだけじゃなかったのか?」
「地図っていうのは正しいけど、その地図がないと辿り着けないんだよ。道中で気づいたんだけど、この島の一帯にヒト除けの結界っぽいものが張ってある」
“ぽい”なんて曖昧な表現をしたのは、ヒト除けの詳細が掴めなかったためだ。魔法や魄術ではないのは明白。生命力の形跡も感じ取れないので、己道でもないように思う。
あくまで推測にすぎないが、聖剣由来の何かなのかもしれない。思い当たる未知の力といえば、それくらいしかなかった。
オレの説明を聞いたウィリアムは、感心した風に「へぇ」と声を溢した。
「そんなすごいものを、毎年の各大会の優勝者に配ってるなんて、太っ腹だな」
「ヒト除け回避の仕組みは、たぶん、そのバッジにはないと思うぞ。結界を張ってる方に、バッジを識別するようなシステムを組み込んでるんだ」
「なるほど、そういうことか」
彼が納得し切ったタイミングで、話題を切り上げる。
未知の結界はとても興味深いものの、今は放置だ。解析する術がないので、時間を割いても仕方ない。それよりも、一刻も早く聖剣を目指すべきだろう。
『狂気』の蠢動を警戒しているのも、先を急ぎたい一因だった。
というのも、舟での移動中にも、『狂気』の襲撃が複数回あったんだよ。触手状の黒い物体がウヨウヨと、海底から攻撃を仕掛けてきていた。手早く魄術などを駆使して撃退したので、ウィリアムやリンデはまったく気づいていなかったが。
他の面々も、聖剣の下へ向かう方針に否はない様子。むしろ、ウィリアムはオレ以上に浮ついていた。
無理もない。ついに彼の夢が叶うんだ。気が急いても当然だった。
僅かな駆け足気味に、島の中心部を目指す。草木の溢れる自然の中を突っ切り、一歩一歩進んでいく。
しかし、その進行は、程なくして止まることとなった。
何故なら、進路上に倒れ伏すヒトを発見したからだ。しかも、その人物は顔見知りだったのである。
「ローラン!」
ウィリアムが悲鳴染みた声を上げる。
そう。倒れる顔見知りとは、騎士勢力の大会でウィリアムと戦った青年だった。
ローランの状態は酷かった。全身が血みどろで、体のあちこちに斬傷や突傷が見られる。特に、大きく抉れた左の脇腹はまずかった。今すぐ治療を施さないと、間違いなく命に差し障る。
騎士勢力の時点とはいえ、ローランはウィリアムと互角に戦った騎士。そんな彼がここまでボロボロに傷つけられるとは、相当の実力者と相対した結果だと判断できた。
ニナやリンデも同じ考えに至ったんだろう。二人は即座に警戒を強める。
太華統国までのランニングについて来られた辺りから実感していたけど、リンデも結構実力が高い。
本人は『本職ほどじゃない』と謙遜しているが、間違いなく並の戦士よりは強いと思う。オレの所感では、騎士勢力時点のウィリアムよりも上かな?
そこまで心配する必要がないのは、こちらの負担が減って良い。無論、たとえリンデが戦えなかったとしても守り切るつもりだったけど、その分だけリソースを他に割けるのは嬉しい。
とりわけ今回に関しては、その余裕に助けられた。
周囲警戒に務めるニナとリンデとは異なり、ウィリアムはローランに駆け寄ろうとした。瀕死の好敵手を心配する気持ちはよく分かる。一刻も早く、彼を助けたかったんだろう。
だが、オレはその行動を制した。ウィリアムの腕をとっさに掴み、ローランに近づけないようにする。
「離してくれ、ゼクス!」
よほどローランが心配らしい。怒鳴り声とともに、生命力を使った威圧を放ってくる。
修行の成果が出ているな。生命力の操作能力が向上したお陰で、以前とは段違いの迫力だ。
ただ、オレを押しのけるには、まだまだ足りない。この程度では微風にもならなかった。
微動だにしないオレに痺れを切らしたのか、今度は腕を振り払う仕草を見せるウィリアム。
さすがに、それを抑えるのは面倒くさいので、早々に口を開いた。
「ウィリアム、あれは偽物だ」
諭すよう、落ち着いた口調と声音を心掛ける。
対して、彼は動きを止めた。目を大きく見開き、チラリと倒れるローランを覗く。それから、信じられないといった風に口ずさんだ。
「あれが偽物?」
「そうだ。本物じゃない」
「……本当に?」
疑念を抱きつつも再度確認してくる辺り、一ヶ月の旅で信頼を勝ち得た証左だろう。それくらい、あのローランは真に迫っていた。このオレの目をもってしても、しっかり見定めないと判別できなかったほどに。
オレはしかと頷く。
「間違いない。偽物だ」
あらゆる感覚があれを本物だと訴えてくるが、一つだけ偽物だと断ずる要素があった。
よく見れば分かる。偽ローランの奥底に、暗黒物質の塊が存在するんだ。そんな状態、あれが偽物である他に考えられない。
まぁ、ローランが鬼人になってしまった可能性もあるが、それは否定しても良いだろう。何せ、偽物の暗黒物質は、覚えのある気配を有していた。
「ぎゃっ」
「何だ!?」
問答を繰り広げている間に、偽ローランから悲鳴が上がった。
ウィリアムは何事かと振り向く。
偽ローランが倒れていた場所には、無数の樹木の根が生えていた。天にそそり立つ様は、明らかに自然現象ではない。
そして、鋭く尖った根の先端には、偽ローランが突き刺さっていた。胸部と下腹部の二ヶ所を穿たれており、誰がどう見ても致命傷である。
バッとオレの方に向き直るウィリアム。
あの根に流れている生命力から、オレの差し金だと気づいたんだろう。やはり、彼は天才の類だ。成長が早い。
何をしたかというと、地中にある木々の根っこに生命力を流し込み、成長を促進させたんだ。少し、成長する“方向”をいじった上でね。
現状、体外に生命力を流す技量が足りないため、それなりに時間がかかってしまったが、上手くウィリアムとのやり取りで誤魔化せた。あの問答のお陰で、偽ローランはオレたちの隙を窺うことのみに意識を割いていたもの。
敵だと露見しているのに、こちらを注視してはダメだって。『見ていますよ』と宣言しているようなものだ。
木の根に打ち上げられた偽ローランは、黒い破片となって霧散した。そのありさまは、『狂気』の末路に似ている。
「やっぱり、『狂気』が化けてたか」
あれの正体が“神話生物”に類する存在だとしたら、とても納得できる攻め方だな。ああいった搦め手で、こちらの精神的負担を狙っているんだと思われる。
……今にして思うと、大帝国で『狂気』が復活しそうになったのは、精神魔法で鬼獣の群れを倒したせいだったのかもしれない。
十万の鬼獣が、一斉に極度の恐怖を覚えたんだ。そりゃ、その手の感情を操る『狂気』の一つや二つは現れるだろう。『狂気』が恐怖などの感情を糧にしている可能性も否めないな。
ということは、『狂気』と相対する際は、負の感情を抱かないように気を付けなくてはいけないわけか。土壇場で回復させるなんて展開もあり得る。これは周知しておこう。
「これが『狂気』の戦い方らしい。おそらく、相手は恐怖や怒りなんかを栄養にするみたいだ。対面した際は、その辺に気を付けるように」
「了解」
ニナは即答してくれたが、残る二人は渋い表情を浮かべていた。
「言いたいことは分かるけど、それって難度が高すぎないかい?」
「俺、今しがた騙されたばっかりなんだけど……」
然もありなん。感情の制御なんて、簡単にできはしない。敵がそこを突いて来るのなら尚更。
オレは肩を竦める。
「極力、オレがフォローする。そういう相手だって心掛けてくれればいいよ」
そう返すと、二人は釈然としない様子ながらも頷いてくれた。
完全に対策できないのは百も承知。それでも、相手を知ることは大事なんだ。その差が、戦況を覆すキッカケになる。
気を引き締め直したオレたちは、再び島の中心を目指す。
鬱蒼と生い茂る森林は、先程までよりも恐怖を駆り立てるようだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




