Chapter19-2 鍛冶師と聖剣(9)
「だるい」
翌朝……というか昼。オレは、気だるさを引きずりながら町中を歩いていた。
この疲れが抜けない感覚。精神的ではなく、肉体的に疲労感を湛えたのは実に久しぶりだ。もしかしなくても、前世以来か?
普段は【身体強化】のお陰で疲れ知らずだし、【刻外】で休憩もあっという間に取れたからなぁ。
いや、普通に考えて、戦闘後なのに睡眠時間を削るとか、正気の沙汰ではないんだけどさ。自分の規格外さに、自分が一番毒されていたみたいだ。反省しよう。
それに、この後はリンデの店に顔を出すんだ。鍛冶師に復帰するよう説得するのに、こんなボンヤリした状態ではマズイ。
仕方なしと、みんなから禁止指定を受けている魔法、【翼を与える】を自身に施す。
「我ながら、すさまじい効果だな」
みんなが危惧する理由も分かる。先程までの疲労感が、嘘のように消え去っているもの。
とはいえ、これは疲れを誤魔化しているだけ。【身体強化】は回復方面を重点に調整しておこう。
そうこうしているうちに、オレはリンデの店に到着した。ドアベルを鳴らしながら入店する。
「来たね。いらっしゃい」
すると、リンデが歓迎の言葉を告げてきた。今日は居眠りをしていなかったらしい。
彼女はこちらを見て、小首を傾げる。
「大荷物を抱えて、どうしたんだい?」
その指摘の通り、オレは大きなカバンを肩に担いでいた。膨大な量の荷物が積まれていることは、歪むカバンの底を見れば察しが付くだろう。
実際、中身は山のような紙束だった。
オレは肩を竦める。
「後で分かるよ」
「?」
今は語るつもりはないという意思は、向こうにも伝わった様子。リンデは、それ以上の追及をしてこなかった。
それからは、この前と同じように、お茶を飲みながら雑談に興じる。茶関連は一昨日のうちに出し尽くしてしまったため、今日はオレの旅に関する話題が主だった。
オレと恋人で旅をしていること。その道中でウィリアムと出会い、闘技大会を巡っていること。騎士勢力や武士勢力での諸々も細かく語った。
意外だったのは、リンデも興味深そうに話を聞いていた点か。『自分も旅に出てみたい』なんて意図のセリフも溢したほどである。
てっきり、この国に思い入れがあるのかと考えていた。鍛冶師を辞めてまで留まっていたわけだし。
「外に興味があるのか?」
オレが問うと、リンデは苦笑を溢す。
「そりゃ、人並みに興味はあるさ。生まれも育ちもこの国だからこそ、外がどんな世界なのか知りたくある」
「じゃあ、何で出て行かないんだ? リンデ店長の実力なら、外に出るなんて難しくないと思うけど」
暗に、迫害されながらも留まる理由は何なのか、と尋ねた。
踏み込み過ぎている自覚はある。しかし、説得には必要不可欠な要素だと感じたんだ。
一瞬、リンデの表情が陰る――が、すぐに笑みを浮かべた。どこか寂しげな笑顔を見せた。
「情けない話だけど、怖いんだよ。外に出ても居場所が作れなかったらってね。失敗したら戻ってくればいいって思うかもしれないけど、今ある居場所も借りものなんだ。いつまでも残ってるとは限らない。あたいが不在の間に、どこかの誰かのものに変わってるかもしれない」
「居場所がなくなるのが怖い、と」
「そうだよ。かろうじてだとしても、今ある場所を守りたい。そんな消極的な理由で、あたいはこの店を開いてるんだよ」
「なるほどね」
リンデが何を求めているのか、何となく理解できた。彼女は“居場所”を求めているんだろう。物理的なものではなく、精神的な拠り所を。
親、兄弟、恋人、親戚……極論を言えば、ご近所さんでも良い。自分がここにいても良いんだと認めてくれる、当たり前の居場所を探しているんだ。
異分子だと迫害されていた経験が、想定していたよりもコンプレックスになっているみたいだな。悪い男にコロッと騙されそうな、依存癖のある女性にも似た雰囲気を感じてしまうよ。
まぁ、その“悪い男”役を、今からオレが担うわけなんだけども。気乗りしねぇ。
でも、今さら翻意するわけにはいかない。オレたちの目的のためにも、オレに託したリンデの友人のためにも、用意した資料が無駄にならないためにも。
「じゃあ、オレの町に来るか?」
「へ?」
こちらのセリフの意味が掴めなかったんだろう。キョトンと呆けるリンデ。
そんな彼女の様子など気にも留めず、オレは続けた。
「オレの治める町に来ないか? 実際に行けるのは二、三週間後になるから、それまでは旅に同行してもらうか、ここで待機してもらうかの二択になるけど」
「ち、ち、ち、ちょっと待っておくれ!」
「何だ? こっちの環境が肌に合うか心配なら、この場所も保持してもらうよう掛け合うぞ」
「そうじゃないッ。情報が多すぎて混乱してるから、少し口を閉じてほしいんだよ!」
「分かった」
オレは頷き、黙り込む。
もちろん、見当外れの返答をしたのはわざとだった。茶化した方が、彼女もリラックスして考えられると踏んだから。
こちらの目論見は、見事に当たった。リンデは頭をガシガシと乱暴に掻き、どこか気抜けした風に息を吐く。
「色々と聞きたいことがあるんだけど」
「答えられる範囲なら答えよう」
「まず、あんたの町って何さ。旅人じゃなかったのかい?」
「この大陸では旅人だな。オレと恋人は、別大陸の出身なんだよ。訳あって、こちらまで足を運んだんだ」
「別大陸ぅ?」
オレの返しを受け、頭を抱えるリンデ。
気持ちは分かる。ただでさえ疑問が多かったのに、新しい疑問が生まれてしまったんだからね。
彼女が落ち着くのを待ってから、オレは自分の素性を説明し直した。この星には複数の大陸があること。魔法大陸において、オレは貴族であること。そして、オレが他の大陸に渡れるほどの実力を有していることなどなど。
ゆっくり丁寧に説明した甲斐あって、その辺りの事情はリンデも理解してくれた。相変わらず頭を痛そうにしているけど、現実なので受け入れてほしい。
「……ゼクスの正体は分かった。というか、今の話し方って、かなり不敬なんじゃ? たしか、貴族って礼儀に厳しいんだろう?」
「オレの地元かつ公でもなければ、普通に話してくれて問題ないよ」
「それって、あんたの大陸の公だったら、容赦しないってことじゃ?」
リンデの問いに、オレはにっこり笑って返す。
彼女は頬を引きつらせた。その後、溜息を吐く。
「とりあえず、話を進めよう。二つ目の質問だ。何で、あたいをゼクスの地元に招待しようって言うんだい? 鍛冶師としての腕が目的かい?」
「正直に言えば、その通りだ。キミの腕を腐らせておくのは惜しい」
ここで誤魔化しても仕方ない。オレは素直に頷いた。
そして、昨日買っておいたティーランプをカバンから取り出す。
「これはリンデ店長が作った商品だろう? 手慰みでこのデキとは恐れ入るよ」
「チッ。あいつの差し金かい」
ゼクスのことをあいつに話すんじゃなかった、とリンデは愚痴を溢す。
それから、彼女は三つ目の質問をした。
「ゼクスの町に行ったとして、あたいの得になるか分からん。あたいは、あんたの故郷を知らないんだからね」
ここで『鍛冶師は廃業した』と突っぱねない辺り、彼女も完全に割り切れてはいないんだろう。趣味として続けていた時点で、分かり切っていたことだが。
「無論、資料を用意してる」
そう言って、オレはカバンの中から大量の紙束を取り出した。これらは、昨日の半日で作成した資料だ。フォラナーダの経営状態や鍛冶関連の現状を始め、リンデを雇う場合の福利厚生などを記載している。
用意するのに、とても苦労したよ。何せ、手元に参考資料がないから、すべて自分の記憶頼りだったから。記憶力も強化しておいて、本当に良かった。
資料の山を前に、リンデはドン引きしていた。まさか、ここまで用意周到だとは思わなかったらしい。
甘い甘い。やるからには全力を尽くすよ。
オレはリンデを真っすぐ見据える。
「オレの故郷でキミを煙たがる者はいない。鍛冶も目いっぱいできるし、その腕なら一躍人気者になれると思う。本物の居場所になるかは分からないけど、オレはリンデ店ちょ……リンデの移住を歓迎する」
「うっ」
こちらの視線を受け、リンデは僅かに狼狽えた。その瞳には迷いと期待と不安が混ざり合い、大きく揺れている。
あと一息といったところかな?
オレはダメ押しで告げる。
「リンデ。キミはきっと、史上に残る高名な鍛冶師になれる。その歩みを、オレに手伝わせてはくれないか?」
おもむろに手を差し伸べるオレ。
リンデはこちらの顔と手を順繰りに見つめ、黙り込んだ。その表情から、色々と葛藤しているのが分かる。
程なくして、
「嗚呼、もう!」
彼女は大声を上げ、がむしゃらに頭を掻きむしった。ボサボサだった山吹色の髪が、さらに乱れ散る。
その後、オレの手を叩く勢いで握るリンデ。
「分かった。あたいの負けだよ、あんたの要請、受けてやろうじゃないか」
「ありがとう」
「ただし、勘違いしないでおくれよ!」
こちらが礼を言うと、彼女はビシッと空いている方の手で指差してきた。
「鍛冶師として大成できるからついてくんじゃない。あたいがゼクスの人柄に惚れたからついてくんだよ!」
「えっ、あ、うん。ありがと、う?」
ツンデレのようでツンデレではないドストレートな告白。予想外の言葉に、さすがのオレも要領を得ない返事をしてしまった。
すぐさま返事をし直そうとするオレだったが、それをリンデは手で制する。
「そういうのはいい。あんたの人柄には惚れたけど、まだお互いのことは全然知らないんだ。そのうち、あたいがゼクスのことを惚れさせるから、首を洗って待ってるんだね」
うわぁ、男前。
サッパリした性格だとは感じていたけど、ここまで来ると気持ちが良いな。感心するよ。
しかし、おかしいな。オレに恋人がいることは教えているはずなんだが、まったく遠慮がない気がする。
そのことを尋ねると、実に分かりやすい答えが返ってきた。
「ゼクスは貴族なんだろう? だったら、何人いても大丈夫じゃないのかい?」
「そういうことか」
貴族と教えた時点で、恋人の有無は牽制になっていなかったみたいだ。
リンデを連れて帰ったら、色々とみんなにツッコミを入れられそうだなぁ。受け入れると決まったわけでもないのに。
オレが黄昏ていると、リンデから声が掛かる。
「そういえば、剣が必要とか言ってなかったかい?」
「闘技大会に参加中の連れに必要なんだ。一応、『神鉄』には依頼してるけど――」
「期限を守るか不安だって?」
「……その通り。やっぱり、守らない可能性は高そうか?」
こちらが言い切る前にリンデが指摘したことで、不安はよりいっそう強くなった。
彼女は腕を組んで唸る。
「微妙なところだね。守る時は守るし、守らない時は守らない。あのオヤジ、そういうムラがあるんだよ。質は安定してるんだけどねぇ」
「ってことは、保険をかけるのは間違ってなかったか」
「間違ってないね。剣が二つになっても、その連れは困らないわけだし」
確かに、リンデの言葉は正しい。もし、ワーグロガーが間に合っても、剣が二本に増えるだけ。余った方は予備にするか、オレやニナが使えば良いんだから、何の問題もない。
オレは頭を下げる。
「改めて頼む。明朝までに剣を作ってくれないか?」
「惚れた男に頼まれたんじゃ断れないね。オーダーに沿った奴を作ってやるよ」
それから、オレたちは剣を作るための情報を交換し合う。ウィリアムの情報や剣の種類をどうするかなど。話し合いは綿密に行われた。
そのせいで鍛冶に入ったのは夕方になってしまったけど、心配はいらないだろう。「任せな」と笑うリンデの姿が、実に頼もしく感じられたんだから。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




