Chapter19-2 鍛冶師と聖剣(1)
『神鉄』ワーグロガーの依頼を受け、店を後にしてすぐのこと。
「父がごめんなさい!」
真っ先に、アンナリアが頭を下げてきた。
「剣を作るのに条件を付けるなんて、今までしなかったのに……。本当にごめんなさい」
オレの予想通り、今回の展開は彼女の意図した流れではなかったようだ。
それから、彼女はワーグロガーの評価についても語り出した。
こちらも予想通り。二十年前、国一番の鍛冶師の称号『神鉄』を得たは良いものの、鍛冶に対するこだわりの強さから、彼は客を厳しく選んだ。それこそ、店がボロボロになってしまうほどに。
「そのせいで、私もそこそこ苦労したわ」
そう言って、アンナリアは笑う。
セリフの割に楽しそうなのは、それだけ父親を愛しているんだろう。あと、鍛冶をする父の姿が好きなのかもしれないな。
「でも、何で条件付けなんてしたのかしら? 今までは、依頼者の性格や実力を見て、注文を受けるか拒否するかを答えてただけなのに」
眉間にシワを寄せ、頭を抱えるアンナリア。
父の奇行に苦労する気持ち、すごくよく分かるぞ。オレも、かつては通った道だ。前伯爵、今は何やっているんだろうなぁ。
フォラナーダの保養地でのんびり過ごしているだろうヒトの顔を思い出し、オレは乾いた笑声を漏らす。
そんな中、ニナが口を開いた。
「たぶん、ウィリアムの実力を、見抜き切れなかったんだと思う」
「俺の実力?」
彼女の言葉に、ウィリアムが首を傾げる。
彼だけではない。口こそ開かなかったが、アンナリアも興味ありげに耳を澄ましていた。
ニナは説く。
「話を聞く限り、アンナリアの父親は、相手の実力を正確に見抜く眼を持ってる。生来の才能と経験則から導き出してるのかな? それを用いて、自分の作った武器を持つにふさわしい相手を、選別してたんだろうね。今までは」
見ただけで他者の実力を測るというのは、かなり難しいことだ。前世なら歩き方などの所作で見抜くんだろうけど、この世界には魔法をはじめとした異能が存在する。力を隠す技術もそれなりに発展しているため、一筋縄ではいかない。
そういう面で言えば、ワーグロガーは貴重な才能の持ち主だった。
「でも、ウィリアムの実力は分からなかった」
「それは何故?」
ウィリアムの問いに、ニナは淡々と返す。
「あなたが強いから」
「えっと……」
短すぎる答えでは、彼を納得させられなかったよう。困惑した様子を見せる。
それはアンナリアも同様で、キョトンと首を傾げていた。
オレは苦笑を溢し、彼女の補足をした。
「ワーグロガーの実力を見抜く眼は、一定以上の実力者には通用しないってことだよ。喩えるなら、大きな壁を目の前で見上げた感じか。大きなものって、近すぎると全体像が見えないだろう?」
「「なる、ほど?」」
それでもピンと来なかったみたいで、そろって頭を捻る二人。
オレは肩を竦めた。
「深く理解する必要はないさ。大事なのは、ワーグロガーがウィリアムの実力を見抜けなかったって点だけだから」
そう告げると、ウィリアムたちは『確かに』と得心する。
続けて、彼は尋ねてきた。
「分からなかったから、危険な依頼を受けさせて、実力を測ろうとしたってことか?」
「半分当たりかな」
「半分?」
「ワーグロガーは、分からなかったなりに、“見上げても頂上が見えない実力”ってのは理解したと思うぞ。じゃなきゃ、こっちの注文を一蹴してる」
「要するに、ウィリアムの上限を見極めるための依頼。たぶん、どれくらいのレベルの剣を用意すれば良いのか、今回の採掘の達成度で決めるつもり」
オレのセリフの後、ニナがそう締めくくった。
「へぇ。父さんも父さんで、それなりに考えてるのね」
どうやら、今の説明で、アンナリアの父親への評価は上がったらしい。元がものすごく低そうなので、僅かな上昇っぽいが。
一方、ウィリアムは少し動揺した。
「ってことは、結構重要な依頼ってことか、これ!?」
「場合によっては、骨折り損もあり得る」
「急いで準備しないとッ」
ニナが採掘後に断れる可能性を示唆すると、彼はにわかに慌て始めた。
うん。開口一番に『すぐ採掘へ行こう!』と言い出さない辺り、成長しているね。どんなに急いでいても、態勢を整えることを優先すべきだ。
欲を言えば、もう少し落ち着いてほしいけど、年若い彼には難しいか。
「わたしも手伝うから。道案内が必要でしょう?」
“さて、準備に取り掛かるか”という空気になり始めたタイミングで、アンナリアがそんな提案を口にした。
ウィリアムは目を見開く。
「いいのか? 俺としては、ワーグロガーさんを紹介してくれただけでも十分嬉しかったんだけど」
「乗りかかった船って言うでしょう? それに、父さんのワガママに付き合わせちゃって申しわけないし」
「……」
乗り気なアンナリアとは正反対に、ウィリアムは消極的な面持ちだった。
おそらく、道中の危険を危惧しているんだろう。採掘場には、たくさんの鬼獣が生息していると聞いているから。
オレはニナを窺う。すると、彼女もちょうど顔を向けており、視線が重なった。
考えていることは同じ様子。オレたちは頷き合う。
「心配無用。アンナリアはアタシが護衛する」
ニナが告げると、ウィリアムはキョトンと首を傾げた。
「いいのか、ニナ師匠? これって、俺の試練だと思うんだけど」
「手伝うのはアンナリアの護衛だけ。採掘も鬼獣の排除も、他の全部はあなたがやること。いい?」
「ありがとう、師匠!」
「どういたしまして」
感激しながら頭を下げるウィリアムに対し、ニナは鷹揚に答える。
次いで、アンナリアも「よろしくお願いします」と頭を下げていた。
「じゃあ、オレは留守番してるよ」
「「え?」」
突然のセリフに、困惑の声を漏らすウィリアムとアンナリア。
盛り上がっている空気に水を差して悪い。でも、今伝えておかないとタイミングを逃しそうだったんだ。
「戦力は十分足りてる以上、人数を増やすのは愚行だ。行軍速度を落とす。だから、オレは留守番する」
「……そうだね。分かった。この後は別行動ってことで」
もっともそうな理由を聞き、ウィリアムは一応の納得を見せる。若干の怪訝は混じっているが、問題ない範疇だ。
逆に、アンナリアの方は、懐疑的な表情を浮かべていた。サボる気だと勘違いされているんだろう。
彼女の前では一度も戦っていないから、その勘違いも仕方ない。どうせ短い付き合いなので、訂正するつもりもなかった。
ニナは特に何も言わない。彼女はこちらの真の目的を理解しているゆえに。
先の言いわけは嘘っぱちだ。一番早く動けるオレが加わって、行軍速度が落ちるわけがない。
本当のところ、ウィリアムたちが外に出ている間に、ワーグロガーに代わる鍛冶師を探す算段だった。
正直言うと、オレはワーグロガーのようなタイプが苦手だ。
良い品を作るため、こだわりを持つのは良い。仕事を選ぶのも、まだ良い。
しかし、何ごとにも限度がある。閑古鳥が鳴くまで己を曲げないのは、あまりにもプロ意識に欠けていると思う。
ワーグロガーを職人気質と表現する者もいるんだろうけど、オレとしては趣味人の方が合っていると感じる。仕事とするならば、自分の満足を最優先にしてはいけないと、オレは考えていた。
無論、どちらも両立できるのがベストだが、それが叶わないなら、クライアントの意向に優先度が傾く。
まぁ、あくまでも持論だ。オレ自身は職人ではないから、こういった考え方をするのであって、まったく正反対の見解をするヒトも多いと思う。
実際、ウィリアムなんかはワーグロガーの気質を普通に受け止めているし。
――結局、何が言いたいのかというと、ワーグロガーが時間内に剣を仕上げられるか不安視しているんだ。
実力的には間に合わせられるんだろう。
だが、あの頑迷さを考慮すると、ウィリアムの実力に合わせたいあまり、制限時間を考慮せずに剣を作り出す心配があった。
気合を入れて採掘に臨もうとしているウィリアムの様子も、その未来が訪れる確率を上げている。
ゆえに、別のプランを同時進行する必要があった。ここまで足を運んでおいて、『三日間を無駄にしただけでした』なんて結末は笑えないもの。
まぁ、こちらの計画が順調に進むとは限らない。事前情報では、ワーグロガー以外にオレたちの条件を満たす鍛冶師はいないという話だったし。
とはいえ、棒立ちは論外だ。まだ僅かに時間は残されているんだから、できることを行おうと思う。
はてさて。まだ見ぬ鍛冶師はいるのか、いないのか。
オレは微かな希望を胸に秘め、ウィリアムたちと別行動を取るのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




