Chapter18-3 鬼(10)
鬼人とは何か。
万豪と相対したオレは、鬼獣のヒト版と定義した。荒れ狂う生命力と暗黒物質を内包する怪物だと。
とはいえ、自己分析のみで満足はできない。客観的な意見も欲しかったため、万豪討伐後に、この大陸の人々は鬼人をどう認識しているのか調べた。
鬼人の出没は、とても珍しくはあるけど、皆無ではないみたいだ。武士勢力だけでも、二、三十年に一度のスパンで現れるという資料が残っていた。
人智を超える己道を用いて暴れ回るため、軍や英雄が出張って退治しているらしい。毎回被害も尋常ではなく、遥か昔には国が滅びた歴史もあるんだとか。
定義については、オレの認識とほぼ同じだと分かった。暗黒物質については知られていなかったものの、それ以外は変わらない。生命力を暴走させたヒトと現地民たちも解釈しているよう。
あと、もう一つ。興味深い情報もあった。
何でも、すべて鬼人は鬼王の配下だというんだ。『聖剣伝説』に準えた解釈で、未だに議論の余地はあるらしいが、なかなか面白い推測だと思う。
オレは魔族の前例を知っている。魔族は、魔王の魔力や呪いの残滓から発生した存在だった。鬼王と鬼人の関係も否定はできない。
むしろ、可能性は高いだろう。例の暗黒物質が鬼王由来のエネルギーだとしたら、色々と辻褄は合う。
鬼王周りの話は創作だと考えていたが、事実の可能性も出てきたな。改めて調べ直す必要があるかもしれない。関わらないのが一番だけど、今までの経験上、それは難しい気がするし。
そんなわけで、ウィリアムが大会に臨んでいる間、オレはあちこちで『聖剣伝説』の資料を集めていた。
さすがは大帝国の首都。これでもかという量の資料が眠っていて、こちらも飽きがなかった。特に、禁書庫のアレはすごかったなぁ。オレも活かせそうな内容だったから、今度実行してみようと思う。
しかし、本命の『聖剣伝説』に関しては、あまり収穫がなかった。だいたい、巷で広まっている内容で、新たな解釈などは存在しない。聖剣使いが、聖剣を用いて大陸を平定するだけ。
いや、それはそれで不自然だな。
『聖剣伝説』がいつの時代の話かは知らないが、相当昔であることは間違いない。その間に、別解釈や話のすり替わりが起こっていないなんて、普通ならあり得ないことだ。
本の内容が変わらないよう、何者かが対処している?
……違う。いちいち場当たり的に対処していては、絶対に見落としが発生する。おそらく、物語を広める際に、事前に細工を施したんだ。
いよいよキナ臭くなってきたな。
この物語の謎を解き明かす鍵は、間違いなく聖剣だ。聖剣にまで辿り着けば、色々と判明するだろう。
ウィリアムが聖剣の儀を望んでいる現状、面倒ごとに首を突っ込むのは確定。オレも万豪を殺しちゃっているし、腹をくくるしかないか。
「ん?」
帝城の一画に隠された秘密書庫。そこにある本を読破したタイミングで、オレは外の騒ぎに感づいた。
爆発音と悲鳴か。ついに、三鬼人衆の計画が始動したらしい。時間的に、決勝が終わった辺りなので、まず間違いない。
闘技大会の会場を鬼人二人が攻め、従僕の鬼獣が帝都を攻め落とすんだったか。
会場の方はウィリアムに任せよう。彼の実力なら、|あの程度の鬼人程度には負けない。多少は苦労しても対処できるはずだ。後詰のニナもいるから、余計な被害が出る心配もない。
となると、オレが向かうべきは鬼獣の方だな。今の帝都は、鬼獣の群れに囲まれているだろうから。
時間もない。さっさと面倒ごとは終わらせて、ウィリアムの勇姿を観戦しに行きますかね。
オレは手に持っていた本を棚に戻し、その場から去った。
地上を駆けていくのは効率が悪いので、オレは帝城の天辺から大きく跳躍した。お陰で、帝都周辺の景色が一望できる。
「わーお。すごい数だ」
事前の予想通り、町は大量の鬼獣に囲まれていた。ざっと十万はいるだろうか。よくもまぁ、こんな数を集めたものだよ。
直前まで誰も悟れなかったのは、三鬼人衆の一人の能力らしい。万豪曰く、陰湿な奴だとか。
自身の落下が始まり、オレは腕を組む。
見た限り、帝都の兵力は当てにならない。十万という数を前にして、さすがの大帝国の精鋭も怯えている。中には尽力しようとしている者もいるが、全体からすれば僅かな数だ。
やはり、オレが何とかするしかないようだ。鬼人どもの計画を見逃した手前、一般人にまで被害が及ぶのはバツが悪い。たとえ、民一人さえ守れない大帝国に非があったとしても。
魔法が使えない今、大群の殲滅手段は限られる。ゆえに、万豪戦に引き続き、今回も魄術を投入する気でいた。魄術を使った実戦経験を積むチャンスでもあるし。
少し落下したところで、宙に足を置く。足裏から放出された霊力によって、オレは空に立った。水を伝う波紋のように、宙に霊力が反響する。
「どうやって倒そうかな」
魄術に、直接的な火力を発揮する術は少ない。その少ない術も、オレが苦手なものばかりだった。
というのも、霊力をバカにならないほど消費するんだよ。いくら才能があっても、霊力量は一朝一夕では増やせない。ゆえに、十万の大群を一掃するのは難しかった。
となれば、搦め手で攻めるのが正解だな。幸い、魄術はそういった方面に強い。手段は多く存在した。
そんな中から一つの術を選ぶ。
「【猩雨尖針】」
手首に浅く傷をつけ、血液を撒き散らす。
宙を舞った血は無数の小さな針へと変形し、鬼獣の群れに向けて飛んでいった。その光景は、紅い雨が降りしきるよう。
細かい針は、あますことなく鬼獣たちを刺した。針が小さすぎて痛痒を与えられていないが、問題はない。
変化は、ほんの数秒後に訪れる。
――悲鳴がどよめいた。痛烈な叫声が、うるさいほどの合唱が、帝都を包み込んだ。聞いているこちらが身を震わせるほどの恐怖を、鬼獣たちは声で表現した。
彼らの恐怖は、声を発するのみでは収まらない。次第にその場で暴れ狂い、しまいには同士討ちを始める。
帝都の民は、その様子を呆然と眺めているか、おぞましい悲鳴にただ怯えるしかない。
十万もあった鬼獣の大群は、あっという間にその数を減らしていった。結局、誰も手を出す暇なく、敵は全滅を迎える。
「想像以上の効果だな」
一部始終を見守っていたオレは、自分の仕出かしたことながらドン引きしてしまう。
そう。鬼獣が発狂した原因は、オレにあった。最初に打ち込んだ血の針に、精神魔法の【恐怖】を込めておいたんだ。
魄術の【猩雨尖針】は、魂に直接ダメージを与える技。ダメージ自体は微々たるものだけど、防御無視効果のある有用な術だった。
それに精神魔法を組み合わせたらどうなるか。結果は一目瞭然だろう。精神魔法が直接魂に打ち込まれることとなり、劇的な効果を生み出した。【恐怖】は何十倍にもなって、鬼獣の精神を蝕んだんだ。
使う相手は慎重に選ぶとしよう。これは、普通に殺すよりもえぐい。
まぁ、今回は、結果的に良かったと思う。どう見ても鬼獣たちが自滅したようにしか見えないんだ。オレが何かしたと考えるヒトは皆無。余計な詮索はされない。
「さて、ニナたちと合流するか」
闘技大会の会場は、未だ騒がしい。どうやら、ウィリアムはまだ戦っているよう。
会場手前まで跳ぼうとしたオレ。
しかし、それは中断せざるを得なかった。
「あ?」
不意に、怖気が走った。背中に鳥肌が立つほどの恐怖が、オレに襲いかかった。
とっさにその場から飛び退き、怖気の元凶があろう方向を警戒する。
それは、鬼獣たちの死体が転がる中に発生していた。血と肉で埋め尽くされた大地に偶然生まれた空白地帯。そんな場所に、黒い何かがあった。
光を一切通さない純黒。深淵を覗き込んでいるような、底知れぬ恐怖を抱かせるもの。それはスライムのようにブヨブヨと揺れ、蠢き、定まろうとしている。
おそらく、あれは暗黒物質だ。オレでも分析できなかった、謎のエネルギー。大量の鬼獣を倒したせいで、一ヵ所に集まっているのか?
発生理由は分からない。
だが、あれを顕現させてはいけないと、本能が警鐘を鳴らしていた。まだ、準備が整っていないと、直感が告げていた。
「ッ!!!」
この期に及んで、制限がどうの言っている場合ではない。オレは禁を破り、無属性魔法【コンプレッスキューブ】を発動した。
暗黒物質は魔力の箱に覆われ、瞬く間に圧し潰される。一片も残さず、圧縮されて消える。
「……」
静寂が帝都周囲を支配する。再び暗黒物質が現れる気配はなく、すべては終わったのだと理解できた。
オレは大きく安堵の息を吐いた。
あと少しでも対処が遅れていたら、何かが顕現していた。それは間違いない。詳細は分からないけど、こういう時の本能や直感は信じた方が良い。
「何だったんだろうな、あれは」
疑問は尽きないが、現状では答えを出せないだろう。情報が足りなすぎる。
気が付けば、ウィリアムたちの方の戦いも終わっていた。先程までの騒がしさを感じない。
間に合わなかったのは残念だが、仕方ないか。あの暗黒物質はさすがに見過ごせなかった。
改めて会場の方に跳躍しようと、オレは足に力を込める。
ところが、またもや中断する事態となった。
というのも、帝都全体が大きく揺れ始めたんだ。
「あ、やべ」
瞬時に悟る。これは魔法を使った代償だと。
ほんの一瞬の行使だったが、【コンプレッスキューブ】はかなり強力な術。反動の程は想像を絶するだろう。
嵐ならまだしも、地震なんて魔法ナシでは対処できない。災害の発生を止めるのは諦めるしかなかった。
その日、帝都は史上最悪の震災に見舞われる。多く建物が倒壊し、帝城さえも深刻なダメージを残した。ケガ人も数多。損害は計り知れない。
だが、死者はゼロ。大規模な地震にもかかわらず、命を落とす民は一人もいなかった。
……本当に頑張ったよ、オレ。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




