Chapter18-3 鬼(9)
翌朝。闘技大会は大いに盛り上がっていた。巨大なコロシアム型の会場は満員で、選手や観客たちの熱気に包まれている。
少々血生臭いが、平和な光景だった。大会後に騒乱が始まるとは、とても思えないほど。微塵も敵の気配は感じられない。
そりゃそうか。ここは腕に自信のあるものが集まる場所。腕利きの護衛も多い。生半可な隠れ方をすれば、あっという間に計画が潰されるだろう。三鬼人衆――もう二鬼人衆か?――も細心の注意を払っているに決まっていた。
とはいえ、最大戦力の万豪は死んでいるので、彼らの計画は破綻済みなんですけどね。残存戦力も叩き潰すつもりだから、もはや、鬼人たちに未来はない。運がなかったと諦めてほしい。
「あっ、ウィリアムが出てきましたよ!」
色々と思考を巡らせていたところ、同席していた白雪が声を上げた。
そう。オレとニナは、白雪と一緒に試合を観戦している。せっかくだからと、皇族専用の観戦席を用意してくれたんだ。お陰で、快適な時間が過ごせている。
ニナもたいそうご満悦だ。他者の好色な視線にさらされず、邪魔もなくイチャイチャできるわけだから。今も、オレの右半身にピタリと抱き着き、尻尾を絡みつけていた。
ちなみに、ニナの甘えっぷりに、周りは何も言わない。先日までの旅の間に初心な反応を見せていた白雪は慣れ、止めに入った護衛たちは返り討ちに遭った。みんな、彼女を止められないと学習したんだ。
オレ? オレは止めないよ。いつもなら空気を読むけど、今は気ままな旅人だ。恋人優先である。
閑話休題。
眼下の闘技場に目を向ければ、確かに、ウィリアムが入場していた。これから、第一回戦が始まる。
彼は騎士勢力の大規模大会で優勝実績があるため、予選を免除されていた。今回が、大帝国初の試合となる。
見た限りは緊張していなそうかな? その点は心配していたので、少し安心した。
そして、いよいよ試合開始の合図が行われる。
――と同時に、
「きゃー、がんばれ、ウィリアムぅ!」
何やら、隣が騒がしくなった。
言うまでもなく、白雪の応援である。席から立ち上がり、前のめりで声を張り上げていた。先程までのお淑やかな態度が、一瞬で霧散していた。
当然ながら、お付きの者たちは苦言を呈する。
「姫さま、はしたないですよ」
「皇族が選手一人に肩入れしていると知られては、少々まずいかと」
至極真っ当な意見を口にする彼ら。
しかし、白雪は聞く耳を持たなかった。反論するどころか、まるっと無視して応援を続ける。
「強い」
「まぁ……うん。強いな」
おそらく、今の彼女は『配下たちと言葉を交わす時間さえ惜しい』と考えているんだと思う。この瞬間は、すべてウィリアムの応援に注ぎたいんだ。
皇族の身で旅に出ていたことから分かってはいたけど、この子はだいぶ豪快な性格をしているよね。大和撫子風なのは外見だけで、中身は向こう見ずである。
だからこそ、ウィリアムとも仲良くなれたんだろうが、ここまでのめり込むとは思わなんだ。白雪は、自分の想いを完全に自覚している様子。
若者の恋路を邪魔する気は一切ない。たぶん、ニナは嬉々として応援するつもりだな。先程からニヨニヨと白雪を眺めている。
しかし、今は白雪を止めるべきだろう。
オレは一言告げる。
「それ以上はウィリアムの迷惑になりますよ」
「ッ」
反応は劇的だった。ピシリと石化でもしたように固まる白雪。
それを認めてから説明に入る。
「あなたは皇族だ。配下の方が仰った通り、特定の選手に肩入れしてると知られるのは宜しくない。権威欲か、嫉妬か……理由は色々と想定できますが、間違いなくウィリアムに仕掛けてくる輩が現れます。最悪、大会への出場が困難になるかもしれません」
彼の実力的に、暴力での妨害は大丈夫だろう。だが、政治等の搦め手で来られると詰む。ウィリアムはそれらに対応できるほど成熟していないし、後ろ盾もない。
「でしたら、私が後ろ盾に――」
「あなた自身に、そこまでの力はないのでは?」
「うっ」
こちらの指摘に、白雪は言葉を詰まらせる。
皇族内での彼女の立ち位置は知らないが、第八姫――八番目の姫だ。与えられている権力が限られていることは、想像に難くない。
権力者にとっての彼女の価値は、その血筋。彼女自体に力はないんだ。後ろ盾としては弱すぎる。
「ですから、今は大人しくしておくべきでしょう。ウィリアムの夢を邪魔したくなければ」
「……分かりました」
オレの話はもっともだと納得したよう。彼女は自分の席に座った。
ただ、よほど今の内容がショックだったらしく、絶望した顔色でうつむいてしまっている。
うーん。言いすぎたか?
こんなに落ち込むのは少し想定外だった。皇族ならこの程度は平気だと考えたんだけど、見込みが甘かった模様。彼女が柔いのか、教育係の不手際かは分からないが。
すると、ニナが耳元で囁いた。
「任せて」
どうやら、フォローしてくれるらしい。
オレは頷いて、彼女に一任する。
ニナは立ち上がり、白雪に寄り添った。そして、優しく語りかける。
「心配はいらない。我慢するのは今だけ」
「そう、なんですか?」
「ウィリアムが聖剣の儀への挑戦権を得られれば、あちこちから引っ張りだこ。そうなったら、あなたたちの関係に誰も文句はつけない。むしろ、国は歓迎する。彼を国に囲えるんだから」
事実だな。騎士勢力の国では、一大会のベスト8入りでも重用しようと動いていた。三大会優勝者であれば、その権威は木っ端の貴族を超えるだろう。
これだけでも白雪に十分希望を与えたが、ニナはダメ押しにかかった。
「聖剣に認められたら、なお良し。大帝国の皇帝さえ、うかつに意見は言えない。誰も、あなたたちを邪魔しない」
「皇帝陛下さえも、邪魔しない」
ニナの言葉を反芻する白雪の瞳には、すさまじい勢いの炎が灯っていた。先までの消沈は微塵もなく、両こぶしをギュッと握り締めている。
「私、待ちます! ですが、ただ待つだけではありません。周囲に目くじらを立てられない範囲で、ウィリアムをサポートします!」
「うん、その意気。加減に関しては、アタシも相談に乗る」
「ありがとうございます、ニナさん。いえ、師匠!」
握手を交わす二人。
なんか、いつの間にか師弟関係が築かれていた。ウィリアムのそれとは違って、恋愛面の弟子なんだろうけど、展開が急すぎてついていけない。
それはお付きのヒトたちも同じだったようで、ポッカーンと間の抜けた表情を浮かべていた。
まぁ、ニナが調整するなら大丈夫か。本の影響で突拍子もないことをするものの、無謀なことを仕出かす子ではない。オレはそっと見守ろう。
そうこうしている間に、ウィリアムの一回戦は終わっていた。彼は舞台の中心で右手を掲げる彼は、傷一つ負っていない。
今大会も、ウィリアムの優勝は難しくなさそうだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




