Chapter18-3 鬼(5)
デート翌日の早朝。町を出発する前に、オレとニナ、ウィリアムの三人は、近場の森に足を運んでいた。
まだ陽が昇って間もない時間帯ゆえに、木々の下は仄暗い。どこか不気味な雰囲気を感じさせる。
そんな中を、オレたちはサクサク進んでいった。この程度に怖がるほど、柔な鍛え方はしていない。
真剣な面持ちのオレやニナと違って、ウィリアムは眠たげに目をこすっていた。僅かに寝癖も付いており、明らかに寝起きである。
彼はアクビを噛み殺しながら問うてくる。
「こんな時間に何なんだよー」
不満そうな声音。
今日から大帝国の姫、白雪の護衛が始まる。しかも、かなりタイトなタイムスケジュールとなるんだ。その直前に、無駄な体力を使いたくないと思うのも無理はない。たとえ、それが訓練だと伝えられていても。
まぁ、今回の場合、肝心の詳細を教えていないのも原因だな。
当然、教えていないことに理由はある。
とっさの対応力を養うためだ。騎士勢力での大会では、相手の行動に対応し切れない場面がいくつかあったらしい。その対処方法は教えてあったにもかかわらず。
だから、これからの訓練は情報非公開で臨ませ、臨機応変さを磨かせる方針――というのがニナの言だった。
師匠を務める彼女がそう提案するのなら、こちらに否はない。理にも適っているからね。
ウィリアムの苦言を右から左に流しつつ、オレたちは目的地を目指した。
「この辺りだな」
そこそこ奥まで進んだところで、オレは足を止めて二本の短剣を抜いた。
後ろに付いてきていた二人も、それに倣って自身の得物を構える。
静寂が包む森林。一秒、二秒、三秒と無音の時間が過ぎていく。
「あのー。本当に、ここに何かあるのか? まったく気配を感じないんだけど」
沈黙に耐え兼ねたのか、ウィリアムがおずおずと口を開いた。
それに対し、ニナがたしなめる。
「ウィリアムは、もっと索敵能力を磨いた方がいい」
言うや否や、彼女は近くに生えている樹木を斬り飛ばした。厚さ十センチメートル以上はあったそれは、まるで硬さを感じさせずに両断される。
「いったい何を……」
彼は困惑する――が、すぐに頬を引きつらせた。
何故なら、木の断面に無数の蠕虫が蠢いていたからだ。一部はニナの一撃に巻き込まれたようで、緑色の血を噴き出している。
昨日、オレたちを襲った鬼獣だった。奴らが寄生するのは、ヒトの死体だけではなかったらしい。
【先読み】で敵意を読み取れるオレはともかく、ニナはよく気が付けたな。
おそらく、己道に触れる機会の多いこの環境が、彼女の才能を刺激しているんだろう。自身が術を使えずとも、生命力感知などの間接的な能力は磨かれるよう。本当にもったいない才能だ。
若干顔を青ざめたウィリアムは、木の中にいた鬼獣を指差す。
「な、何なんなんだよ、これ?」
「生物の死体に寄生し、意のままに操る鬼獣ってところだな。って、あんまり説明してる暇はない。構えろ」
「え?」
説明したいのは山々だが、向こうはその時間を与えてはくれない模様。
周囲の木々の枝が、ウヨウヨと動いていた。また、野生動物らしき無数の気配が、こちらに近づいてきているのも分かる。
目前の光景を見て、ようやく状況を察したよう。ウィリアムは頬を引きつらせながら尋ねてきた。
「もしかしなくても、あの気色悪い奴らを倒すのが、今回の修業?」
「正解」
彼の言葉に、ニナが短く肯定した。
そう。この森にやって来た目的は、ミミズ型の鬼獣の殲滅だった。
昨日襲われた時点で、あれが全部とは考えていなかった。残党がいる可能性を考慮し、デートの後で町の近隣を捜索していたんだ。
結果、森の奥に無数の敵意を確認。奴らが群れを作っていると判明したわけだ。
寄生型の鬼獣を放っておくのは、さすがに落ち着かない。ゆえに、個人的に討伐しようと乗り出したのである。
まぁ、本当は根本から絶っておきたかったんだけど、ニナの提言もあり、こうして狩りに赴いた次第だ。ウィリアムの修業にはもってこいだと思う。
「というわけで、出発までには殲滅するぞ。できれば朝食前に終わらせたいが、間に合わなかったら抜きだ」
「ちゃんと消し飛ばすこと。一部でも残すと、別の死体に寄生して復活する」
「げぇ。これ、全部!?」
オレとニナの発言に、ウィリアムは心底嫌そうな声を上げる。
しかし、ここまで来て逃亡は許されない。敵も見逃してはくれない。彼は腹をくくるしかなかった。
「嗚呼、もう。やってやるよ。やればいいんだろう!」
「その意気」
「頑張れ」
「そこの二人、他人事のように言わないでくれよッ。さすがに一人で全部は無理!」
こちらの呑気な応援に、悲鳴染みたセリフを吐くウィリアム。
分かっているって。この数を一人で倒せとは言わないよ。
ざっと気配を探っただけで三桁に届きそうな数がいる。これ、オレたちが対処に乗り出さなかったら、町が壊滅していたかもなぁ。そして、ゾンビタウンになっていたと。ぞっとしない結末だ。
それから三時間後。オレやニナのフォローもあったお陰で、ウィリアムは何とかミミズ型の鬼獣を倒し切った。何だかんだ、ほとんど独力で解決したところは、素晴らしいガッツだと思うよ。
「だ、大丈夫ですか、ウィリアムさん!?」
「……はい。大丈夫です、姫さま」
鬼獣退治を終えて宿に戻ると、ウィリアムの下に白雪が駆け寄ってきた。大したケガはしていないが、パッと見はボロボロなので心配になったんだろう。
「良かった。本当に大したことはないみたいですね」
ホッと胸を撫で下ろす白雪だったが、その後すぐに眉を寄せる。
「しかし、ウィリアムさん。私のことは名前で呼んでくださいと、昨日お願いしたはずですが?」
「ですが」
「ですが?」
「うっ。わ、分かりましたよ、白雪さま」
「さま?」
「……白雪。これでいいですか?」
「敬語は気に入りませんが、今は良しとしましょう」
何度かの問答の末、満足げに頷く白雪。
オレたちがデートしている最中、二人が一緒に過ごしていたのは知っていたけど、想像以上に仲良くなっていた。どこからどう見ても、白雪はウィリアムに気があるぞ。
然もありなん。白雪たちを助ける際、一番多く戦っていたのはウィリアムだったからな。彼女の目には正義のヒーローに映ったんだろう。
また、姫の身分ながら、旅に出るほど白雪はお転婆だ。夢を追うために武者修行に出たウィリアムと、性格的な相性も良いんだと思われる。
というか、ここまでの流れ、成り上がり物語の王道展開だよなぁ。
またか? またなのか? 魔術大陸のエコルに引き続き、ウィリアムも主人公気質なのか?
別大陸に行ったら、主人公と出会う呪いにでもかかっているんだろうか、オレは。
もし、呪いを施した人物がいるのだとすれば、嫌がらせとしては完璧だよ。主人公と関わるのは、面倒ごとに首を突っ込むのと同義だからね。ほら、白雪の護衛たちが、仲の良すぎるウィリアムに強烈な敵意を向けているもの。早速、トラブルの気配を感じる。
あの件も残っているし、武士勢力圏はのんびり旅とはいかなさそうだ。
「はぁ」
溜息とともに、オレは遠くの景色を眺めるのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




