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Chapter18-2 少年の夢(11)

「バッカス?」


 思わず呟くニナ。


 そう。顔面を蒼白にして駆け込んできたのは、大会受付時や大会中にオレたちへチョッカイをかけてきたバッカスだった。


「バッカスもパーティーに参加してたんだな」


 オレの意外だというセリフを聞き、バッカスはビクリと肩を震わせた。


「も、ももも、申しわけございません。あ、挨拶に伺わずッ!」


 勢い良く頭を下げる彼。


 これに、オレを除くこの場の全員が驚愕する。


 貴族連中からは「あのレルーオ殿が頭を下げるなんて」といった呟きまで漏れていた。


 どうやら、バッカスは貴族間でも有名な傲慢さだったよう。


 ……いや、当然か。そういえば、バッカスはレルーオ侯爵家の子息だったはずだし。


 権力の盾のせいで手が付けられなかったワガママ男が突然殊勝な態度を示したら、驚くのも無理はない。


 困惑する周囲の反応に得心しながらも、オレはバッカスに言う。


「そういう意味で言ったわけじゃないから、気にしなくていい。頭も上げろ」


「あ、ありがとうございます!」


 大仰に礼を言って、バッカスは直立の姿勢になる。


 若干うっとうしいけど、こうなるようにお話し(・・・)したのはオレなので、諦める他ない。


 その後、バッカスが他の貴族たちに『この方々に迷惑をおかけするな! 散れ!』と命令を下してくれたお陰で、面倒くさかった連中は離れていった。当の本人も、一礼してから素早く去っていく。


 結果、優勝者ウィリアムの周りには、誰もいなくなった。騒動の一端を耳にしていた他の者たちも、遠巻きに窺う姿勢である。


「これで落ち着いたな」


 オレがそう呑気な感想を口にしたところ、速攻でツッコミが入る。


「ゼクス、何したの?」


「そ、そうだよ。あれ、何さ。別人みたいに変わってたぞ!」


 ニナが冷静に、ウィリアムが戸惑った様子で尋ねてきた。

 やっぱり、気になるよね、あれは。


 オレは肩を竦めつつ、小声で二人に説明する。


「大会中、あいつから刺客が差し向けられてただろう?」


「え!?」


「うん。ゼクスが倒しに向かった。まさか、その時に本丸まで?」


 チンピラのことを知らなかったウィリアムは驚いているが、その辺は余談になるので省略する。何となく理解してくれ。


 ニナの推測に、オレは頷いた。


「刺客っていう情報源も確保できたからな。後で追撃されるのも嫌だったし、そのまま乗り込んだ」


 あちらは油断していたみたいで、あっという間に制圧できたよ。オレたちの強さを見誤っていたらしい。その時、じっくりお話し(・・・)したお陰で、バッカスの危険性は排除できたわけだ。


 ざっくりとした説明を終えると、ニナは半眼を向けてきた。


「いつもよりアグレッシブ」


 確かに、彼女の疑問はもっともだ。


 普段なら、ここまで短絡的に物事を進めない。いくら怪しかろうと、確たる証拠が揃うまでは手を出さない。大義名分を大事にしている。


 何故なら、フォラナーダの看板に傷をつけないよう、慎重を期さないといけないからだ。強引な解決は、必ずどこかに歪を生む。ゆえに、待ちの姿勢が多くなっていた。


 あと、力に溺れないよう自制している面もあるかな。


 今のオレは、力に任せれば、何でも無理やり解決できる。でも、その力に頼りすぎたら、きっと独裁者一直線だと思うんだよ。


 しかし、今は違う。


「そりゃそうだ。ここには守るべき名声なんてないし」


 遠慮する理由がない。この大陸において、守りたいものは自分の命とニナだけだった。


 まぁ、もちろん、倫理にもとるマネはしないつもりだぞ。極論だけど、『大量殺人を行えば、手っ取り早くニナの命を守れる』と言われても、マストでないなら実行はしない。


「そう。分かった」


 こちらの意思はきちんと伝わったようで、ニナは小さく頬笑んだ。


 ただ、それは彼女だから以心伝心したのであって、ウィリアムは戦々恐々とした表情を浮かべている。


「……怖いもの知らずだね、二人は」


「ウィリアムは、もっと自信を持つべきだと思うぞ」


「同感」


「えぇぇ」


 僅かな嫌味が込められたセリフに、オレとニナはあっけらかんと返す。


 まったく気負っていないオレたちに、彼はガックリと肩を落とした。


 たぶん、こちらに自制してほしいんだろうけど、無理だから諦めてくれ。


 そんな感じで、三人のみで和気藹々と会話を交わしていると、一人の人物が近寄ってきた。


「やぁ、ウィリアム。ずいぶんと面白いことになっているね」


 爽やかな雰囲気で話しかけてきたのは、大会の準優勝者だった。年齢は二十歳前後で、金髪碧眼の優男である。確か、戦闘スタイルはオーソドックスな“受けて返す”タイプだった。


 それにしても、完全に腫れ物扱いだったオレたちに平然と声を掛けてくるなんて、この男は肝が据わっている。


「これくらい、ウィリアムも度胸があればいいのに」


「無理」


 ニナの言葉に、ウィリアムはブンブンと首を横に振る。


 うん。これは確かに無理そうだ。


 二人のやり取りを見て、準優勝者は明快に笑う。


「あはははは。実に面白いヒトたちだ。ウィリアム、そちらの二人を紹介してくれるかい?」


「あ、うん。こっちの女性はニナさんと言って、俺の師匠。こっちの男性はニナさんの婚約者で、ゼクスさん」


「「よろしく」」


「こちらこそ、よろしく。知っているとは思うが、私はローラン。ウィリアムと同じく、聖剣の儀を目指す野良騎士さ」


 そう言って、ローランは白い歯を見せて笑った。好青年といった風貌も相まって、かなり様になっている。


 それから、彼は肩を竦めた。


「さっきの騒動は見てたよ。ウィリアムも、厄介な連中に絡まれてたね」


「参ったよ。こっちは次の大会があるっていうのに、どさくさに紛れて仕官の話もされて」


「他の選手がその話を受けていた。どうやら、本気で聖剣を目指しているのは、私とキミの二人だけのようだ。少なくとも、この大会においては」


「そっか……」


 ローランの指摘に、ウィリアムは少し悲しげな表情を浮かべた。


 自分の恋焦がれた夢が少数派である現実に、色々と思うところがあるんだろう。


 それはローランも同様。彼も瞳に寂しさを湛えていた。


 ただ、暗い雰囲気は長く続かない。ローランは熱い闘志を目に灯す。


「でも、キミと私がいた。今回は負けたが、次に大会で当たった時は私が勝つ!」


 強い意志を込めたセリフは、聞いているこちらの胸も熱くなるようだった。


 宣戦布告を受けたウィリアムも、先程までの表情を一転。好戦的な笑みを浮かべる。


「次だって俺が勝つ!」


 二人の間に、火花が散った風に見えた。

 

次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。

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