Chapter18-2 少年の夢(9)
ニナが優勝を断言しただけはある。ウィリアムはこの二日間を順調に勝ち進んでいった。すでにベスト8入りを果たしており、三日目の今日は準々決勝からだ。
最初こそ『ガキの来る場所じゃない』と侮られていたが、今では“期待の新星”と讃えられ、彼の出場する対戦は盛り上がっている。
とはいえ、安心して見ていられる、というほどでもないんだが。割と追い詰められる場面もあったからな。
たいていは対応の仕方をミスしていた感じなので、純粋な経験不足と言えよう。隣で観戦していたニナも「あれは教えたはず」と少し不機嫌そうだった。
大会後の修行は、こってり絞られるだろう。ご愁傷さま。
「ふむ」
「ゼクス」
「嗚呼、分かってるよ」
準々決勝の様子を観客席で見守っていたんだけど、途中で微かな殺気を感じ取った。
場所は――選手の入場口の近くだな。
現状、魔法を制限されているオレたちだが、精神魔法はその限りではない。あれは精霊魔法以下の魔力量で発動できるため、魔素バランスを崩さないんだ。
まぁ、普段使いしている“感情を読み取る魔法”は上手く使えないんだけどね。
あれは漏れ出た魔力から感情を察しているから、魔力を持たない連中には使いづらいんだ。工夫して使用はできるものの、いつも通りとはいかない。
補足しておくと、敵意や殺気は別口だ。【先読み】などから分かる通り、そちらは感情そのものを感知している。
閑話休題。
精神魔法のお陰で、正確な敵の位置を把握できた。
殺気の向く先はオレ、ニナ、ウィリアムの三人。となると、三人で旅している最中に買った恨みかな? 思いつくのは盗賊か、受付で出会った太っちょ。えっと……バッカスだったか。あと、騎士総団長の一件もあったっけ。あの情報が外部に漏れ、国が面子のために動き出した可能性も捨て切れない。
まぁ、十中八九、バッカスの方だろう。悪役のお約束をかましていたし。
「仕方ない」
オレは小さく溜息を吐き、席から立ち上がった。
それを見て、ニナは問うてくる。
「手伝う?」
「大丈夫。ニナはウィリアムの応援をしてあげてくれ。師匠だろう?」
あの純朴少年のことだ。師匠が自分の試合を観戦していなかったと知ったら、たいそう落ち込むに違いない。
それに、バッカス程度が連れて来られる戦力なんて、たかが知れている。念を入れて不意打ちから入るつもりでもあるので、万が一もあり得なかった。
ニナはこちらの目をジッと見つめた後、頷く。
「分かった。でも、決勝はゼクスも見てあげて。その方がウィリアムも喜ぶ」
おいおい。激励するどころか時間制限を設けてきたよ、この婚約者。信頼が厚すぎて涙が出るね。
「じゃあ、行ってくる」
オレは苦笑を溢し、その場から離れた。
隠密技術と三倍の【身体強化】を併用し、身を隠しながらも超高速で移動する。
辿り着いたのは、選手入場口に程近い物陰だった。少し奥まった場所で、他者の目が届きにくい死角。
そこに、十人ほどのチンピラがいた。騎士崩れとでも言うのか、小汚い軽鎧と片手剣を装備している連中だ。
なるほど。ここにウィリアムを引っ張り込み、リンチする計画だったんだな。試合後の疲れている彼なら、袋叩きも容易いと考えたんだろう。
こざかしくも的確な作戦だ。今のウィリアムでは、この罠に対応できない可能性は高い。
だからこそ、オレが阻止するんだけども。
バッカスの姿は見当たらない。手下に任せ、自分は高みの見物を決め込んでいるようだ。この作戦と言い、ずいぶんと狡い奴だと思う。
まぁ、良いか。バッカス本人がいようといまいと、オレのやるべきことは変わらない。
敵側としては、第三者の介入を危惧してこの場所を選んだんだろうが、完全に裏目だったな。奥まった構造だから、こちらも身が隠しやすい。
あちらに認知されることなく、テキパキとチンピラどもを気絶させていく。
彼らは己道で身体強度を高めていたようだけど、オレには無意味だった。この程度なら、少し力を込めれば一撃で沈められる。
一切の抵抗を許さず、オレは敵を狩っていった。
さすがに、すべて不意打ちで終了とはいかない。次々と味方が倒れていったら、当然ながら襲撃に気づく。
そして、己道による探知でも使ったようで、隠密していたオレを的確に発見した。
しかし、もう遅い。あちらの残存勢力は三人。すでに半分以下になっていたんだから。
「この野郎!」
「覚悟しろ!」
「死ねやコラ!」
品のないセリフを吐きながら、オレに向かって突貫してくる三人。
実にお粗末な攻撃だ。全員で突っ込んでくるなんて、愚かという他ない。
オレは精神魔法で思考速度を強化しつつ、敵の一挙一動を観察した。チンピラと言えど、貴重な己道の使い手――道士との戦闘だ。サンプルとして蓄えて損はない。
接近戦の距離まで近づけば、未熟なオレでも生命力を感じ取れる。
チンピラどもは、あまり強くないようだ。身体強化の練度は、今まで会った道士の中でもダントツに低い。
……いや、違うか。連中が弱いわけではない。これまでの道士が一定以上の実力者だと考えた方が妥当だな。
ウィリアムは、ニナ曰く才能の塊。始祖の使い魔だった李雲は、魔法司にも追いすがれる強さが感じられた。辻斬りの士道も、何だかんだ数多くの戦争を勝ち抜いている猛者。
うん。比べられる彼らが可哀想なくらい、腕に自信のある面々だ。あの三人を基準にするのは止めておこう。
そうなると、もう少し道士と戦っておきたいところ。この大陸の平均が知りたいな。
そんな益体もないことを考えている間も、戦闘は続いている。振るわれる三つの片手剣を、オレは最小限の動きで着実に回避していった。一、二、三と、剣撃が増えていくごとに紙一重さが増していく。回避の精度を上げていく。
ついには髪の毛一本ほどの差で避け始めた頃。チンピラたちが恐怖を始めた辺りで、こちらも攻勢に出た。
雑に振りかぶられた剣の腹を、短剣で突く。すると、敵の剣は真っ二つに折れた。
「「「なっ!?」」」
愕然とするチンピラたちだが、これは当然の帰結である。
ろくに手入れのされていない剣なんて脆いものだ。己道で強化していたとしても関係ない。脆弱な部分をピンポイントで突けば、こうして折れる。
得物を失った彼らは、うろたえるだけのカカシとなった。その隙を見逃すほどお人好しではないので、パパッと気絶させる。
「制圧完了っと」
残心しつつ、周囲の気配を探る。
探知術が使えないので完璧とは言い難いけど、伏兵などは存在しないよう。ミッションコンプリートだね。
「時間があまったな」
想定よりも早く片づいたと分かり、オレは逡巡する。
早めに帰るのも良いけど、それは少しもったいない気がした。足下に転がる連中は、まだまだ利用価値がある。
ふと、会場の方から大きな歓声が聞こえてきた。準々決勝はいよいよ佳境といった感じか。この後に他の準々決勝が二試合、準決勝が二試合あるから――
「急げば間に合うな」
ニナとの約束はギリギリ守れそうだ。なら、ためらう理由はない。
オレは小さく笑みを溢し、気絶するチンピラどもを別の場所へと運び出すのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




