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【Web版】死ぬ運命にある悪役令嬢の兄に転生したので、妹を育てて未来を変えたいと思います~世界最強はオレだけど、世界最カワは妹に違いない~  作者: 泉里侑希
第二部 Ex stage

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Chapter17-ep 癒し

 とある森。一見すると普通の森だが、“眼”を持つ者はすぐに分かる。ここは呪われていると。


 どす黒い魔力が蔓延する森林の中、一人の男が駆けていた。青磁(せいじ)色の髪と瞳を持つ、身長百八十くらいのエルフだ。


 おそらく、彼を目撃した者のことごとくは、森国王の名前を出すだろう。それほどまでに、森を走るエルフはアデルポスに似ていた。


 この言い回しから察しがつくと思うが、彼はアデルポスではない。彼の双子の弟、フラーテル・ラ・フェクスが、男の正体だった。


 フラーテルは焦燥を表情に浮かべながら、何やら呟く。


「クソッ。計画の最終段階前にあの魔女が捕まるとは、何の冗談だ? あの女、どうして大人しくしていなかった。明らかな罠に引っかかりおって!」


 本人以外の耳には届かないはずの独り言。


 立場上(・・・)、そんな隙になる行動は起こさない風に見えたが、実際は違ったらしい。いや、予定外のできごとに、彼も混乱しているのか。


 そろそろ、フラーテルが森を出る。この先は海なので、海路を使って逃げる算段なんだろう。


 そうなっても確保はできるけど、些か面倒くさい。だから、もう様子見は終わりかな。


 オレ(・・)は隠密を終了し、ふらりとフラーテルの進路に立ちふさがった。


「ゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダッ!」


 こちらの姿を認めた彼は、苦々しい顔で吠えた。


 思ったよりも驚いていない。もしかしたら、この展開も予想していたのかもしれないね。つくづく優秀な男だ。


「はじめまして、フラーテル・ラ・フェクス王弟殿下」


「チッ。やはり僕の素性も割れたか」


 わざとらしく丁寧に挨拶したところ、フラーテルは盛大に舌を鳴らした。心底不機嫌だと、全面に出している。


 オレを前にしても太々しい態度を崩さないのは、素直に感心するよ。しかも、隙を見て出し抜く気でもいるみたいだし。


「さすがは諜報部隊の統率者。ピンチをチャンスに変えようとする心構えは立派だね」


「……」


 フラーテルは何も答えない。こちらを睨みつけてくるだけで、表情に変化はない。


 ところが、内側の反応は顕著だった。大いに戸惑った感情が窺える。


 彼はこう考えているんだと思う。『いくら何でも、情報が漏れるのが早すぎる』と。


 無理もない。現在、アムネジアたちの襲撃を終息させてから、十分しか経過していないんだ。そんな僅かな時間で尋問が終わるなんて、普通は考えられない。アムネジアや諜報員たちはプロゆえに口が堅く、『赤の従者(サーヴァンツ・マダー)』はほとんど何も知らないんだから。


 しかし、その常識を覆すのがオレだ。【刻外】がある以上、たいていの物事は短縮できる。


 ひとまず、フラーテルが何をしていたのかを整理しよう。


 この男、自分の存在を国内から抹消していたんだ。より正確に表現するなら、自分を兄アデルポスだと誤認するよう、関係者全員の記憶を上書きしていた。


 本来なら規模が大きすぎて実行に移せないところだが、双子という点を活用した模様。容姿が瓜二つのため、改変における負担が少なかったらしい。


 おそらく、フォラナーダに関する認識操作も、似たような方法を取ったんだろう。『畏怖』を利用したんだと思われる。(おそ)れられる感情を起点に、立場を反転させた感じかな?


 上手い逃げ道を考えたものだ。これほど自ら術と向き合う者は、そうそういない。魔女アムネジアは、興味を向ける対象さえ違ったら大成していたかもしれないな。


 閑話休題。


 森国(しんこく)の諜報部隊の長はフラーテルで、留学の一件を早めたのも、密かにシオンを勧誘しようと画策したのも目前のエルフだった。


 つまり、記憶を上書きしているのを良いことに、兄にすべての責任を押し付けていたのである。


 これが真相だ。


 どうりで、アデルポスの甘さと森国(しんこく)の不穏な動きが一致しないわけだ。森国王を名乗る者が二人いたんだから、方針が一致しないのも当然。


「敵ながら称賛するよ。今まで相対した者の中で、もっとも姿を隠したのはキミだ。最後の最後まで、その存在に気づけなかった」


「……あの口軽女めッ!」


 もはや言い逃れはできないと、フラーテルは察したよう。奥歯が砕けるのではないかと思うほど歯ぎしりし、怒鳴り声を上げた。


「あと少しで聖王国を呑み込み、エルフを至上とする大国家が樹立できたというのにッ。これだから、人間は信用できないのだ! クソ、クソクソ、クソ!」


 気が狂ったように声を荒げ、地団太を踏むフラーテル。


 彼の目的は、今語った通りだった。


 エルフ至上主義の極み……いや、果てか。他の人種をすべて排除して大陸を統一し、エルフのみの国を作る。それがフラーテルの抱いた妄執だった。


 目的のためなら何でも利用する。実の兄をおとしめることは(いと)わないし、劣等種と蔑む人間に協力を乞うことも許容する。


 過程と結果が矛盾することを一切気にせず、ひたすら夢を追い求めた。そんな憐れなエルフが、このフラーテルだった。


 ふと、『こんな末路を辿る可能性がオレにもあったのかな』なんて考えが頭を過る。


 カロンの命を救うために、他の何もかも――カロンの意思さえも蔑ろにした自分。そういった仮定が浮かんだ。


 ――くだらない妄想だな。オレはカロンの命も心も守ると決め、今の道を選んだんだ。それ以外の可能性なんて、考えるだけ無意味だろう。


「【おやすみ】」


 (かぶり)を振ったオレは、【言霊】を行使する。これ以上、フラーテルに構っているのは時間の無駄だった。


 彼を確保したことで、ようやく手札はそろった。あとは詰将棋。大した苦労もなく事件は終結となる。








 フォラナーダ領城の書斎へと【位相連結(ゲート)】で帰ってきたオレは、身を投げ出すように自分の椅子に腰を下ろした。


 ギシリと鈍い音が鳴ったけど、この程度で壊れるほど柔な代物ではない。疲労感たっぷりの今は、あえて無視することにした。


「ゼクスさま。お茶の用意ができました」


 椅子の上で脱力すること数分。そう言ってお茶を差し出してきたのはシオンだった。彼女も、先程の【位相連結(ゲート)】で一緒に移動して来ていたんだ。


 背もたれに預けていた体を起こし、彼女の入れてくれたお茶を口にする。爽やかな香りと、ほんのりした甘さが美味しいハーブティーだ。


 ようやく人心地ついたオレは、小さな溜息とともに呟く。


「実に面倒な会議だった」


「相手方は大荒れでしたからね」


 先程までの光景を思い浮かべたのか、シオンも苦笑を溢す。


 何があったのかというと、王城で森国と交渉を行っていたんだ。無論、王弟フラーテルや『赤の従者(サーヴァンツ・マダー)』が起こした騒動の落とし前について、である。


 記憶をいじられていたため、森国王含めたあちら側も被害者ではあるんだが、その主張を受け入れるわけにはいかない。


 王弟を御し切れなかった監督責任は当然、『テロ組織に、良いように利用された』という不甲斐なさを露呈させた。


 国家としては致命的だ。真相は、現時点では聖王国上層部やフォラナーダしか把握していないが、公になったら森国(しんこく)は大混乱だろう。最悪、国が分裂するかもしれない。


 ゆえに、聖王国は交渉した。黙っていてほしければ、国交の条件をこちら優位にせよ、と。


 脅すのかって?


 まだまだ争いの絶えないこの世界において、交渉で済ませるのは優しい方だ。都市国家群で似たようなことが起こったら、『情報を大衆に流して紛争を勃発させ、それを平定するという建前の下、領土を奪い取る』なんて展開になると思う。


 そも、森国(しんこく)の領土をもらう利点はあまりない。


 良くも悪くも、今の社会は聖王国、帝国、森国(しんこく)の三大国家によって安定している。そのバランスを崩した先に起こるのは戦争だろう。ケンカっ早い帝国なら、確実に仕掛けてくる。


 せっかく領土を広げても、それ以上に疲弊してしまっては無意味。だから、あからさまな利益を得るのは避けた。


 条件の内容は外務大臣と財務大臣、アリアノートが協力して考えたらしく、ジワジワと絞り取っていくんだとか。とても恐ろしいね。


 今回は聖王国側の主張を伝えるだけだったんだが、それでも大荒れだった。


 無理もない。呪いが解け、王弟フラーテルの存在を思い出して大混乱だったところ、国家を揺るがす大問題まで舞い込んできたんだ。どれほど優秀な者でも冷静ではいられない。


 もっと時間を置いてから交渉を始めた方が良かったのでは、と本気で考えたよ。


 でも、こういうのは早く指摘した方が効果は大きいんだよね。『こちらは知っているんだぞ』と牽制でき、相手へのプレッシャーになるんだから。


 とはいえ、


「似たような場面には、二度と居合わせたくないな」


 もう一度、溜息を吐く。


 オレは元帥なんだ。交渉ごとに顔を出す必要性は皆無に等しい。次の提案が来た際は、丁重に断りたいところだ。


 しかし、対面にたたずむシオンは、無情な反論をする。


「それは難しいのでは? その手の重大案件の場合、ゼクスさまが関わっている可能性は高いです」


「……」


 ぐぅの音も出なかった。今回も、フラーテルやアムネジアを捕縛し、尋問した張本人だから呼び出されたわけだし。


 同様のできごとが起こった際、オレが関与していない可能性は、客観的に見てとても低いだろう。


 オレはお茶を一口すする。


「……他の国が不祥事を起こしていないことを祈ろう」


「ですね」


 こちらが絞り出した精いっぱいのセリフに、シオンは苦笑いを浮かべながら答えた。


 それから程なくして、ゴーンゴーンと日付が変わったことを知らせる時計の音が鳴る。


 あまり気にしていなかったが、先程の会議は相当長く続いていたらしい。


 どうりで疲れるわけだと内心で呆れていると、シオンがおずおずと口を開いた。


「あ、あの、ゼクスさま。一つ、ご提案があるのですが」


 見れば、その白い頬を真っ赤に染めている。


 オレは首を傾げた。


「どうした?」


「秘書としてではなく、こ、恋人としてなのですが……」


「嗚呼」


 得心がいった。


 本日の仕事はすべて終わっており、こんな遅い時間。プライベートに意識を切り替えても何らおかしくはない。シオンは甘えるのが苦手だから、照れているんだろう。


 鷹揚に頷き、「遠慮なく言ってくれ」と返す。


 すると、シオンはソファに座ってほしいと、オレの移動を願った。


 もちろん、大人しく従う。仕事用のデスクから三人掛けのソファへ動く。


 その後、彼女はオレの隣に座ってきた。


 そのまま頭を肩に乗せてくるのかな? と思っていたら、思いがけない行動をシオンは起こす。


「ゆっくり、お休みになってください」


 真っ赤な顔ながらも優しい声で語るシオン。


 彼女は、自分の膝にオレの頭を誘導したんだ。いわゆる膝枕である。


 驚くオレを余所に、シオンはこちらの頭を丁寧に撫でる。


「今までもそうでしたが、最近のゼクスさまは多忙さに拍車がかかっております。少しはご自身のことを労わってください。もしくは、私たちを頼ってください」


 ジッとオレを見つめる彼女。その瞳の奥には、慈愛と心配の感情が混ざり合って存在した。


「あなたさまから見たら弱々しい存在なのかもしれませんが、これでも私は年上です。ですから、今日は目いっぱい甘やかします。覚悟してください」


 シオンはそう言って、少し挑発的に笑む。


 いつになく年上らしさを演出する彼女だが――


「顔を真っ赤にしたままじゃ、何を言っても様にならないぞ?」


「うっ」


 オレの指摘を受けると、すぐさま大人の仮面は剥がれ落ちてしまった。彼女は気まずげに視線を逸らす。


 うん。シオンはこうでないと。


 心のうちで微笑を溢しつつ、オレは体の力を抜く。


「でも、今日はお言葉に甘えようかな」


 シオンの膝に体重を預け、目をつむった。


 それに対し、彼女は些か驚いたような雰囲気を醸し出すが、すぐに先程と同じ優しい声を上げた。


「はい。存分に甘えてください」


 それから、ゆっくりと甘い時間が流れる。


 何もしない、何も起きない。ヒトによっては退屈だと感じる時間。


 しかし、オレやシオンにとっては、かけがえのない一時になるのだった。


 いつもは甘やかし倒すオレだけど、たまには甘えるのも悪くないかな。

 

これにてChapter17は終幕です。お付き合いくださり、ありがとうございました!

10月4日まで幕間を投稿し、5日からChapter18を開始する予定です。よろしくお願いします。


次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。

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― 新着の感想 ―
他の国が不祥事を起こしていないことを祈ろう ・・・残念、時既におすしなんだ。なんせ神様からしてアホな行動してるからな! というか帝国以外にも、まだまだ小国家群に色々火種燻ってそうw
[良い点] 残念ながら帝国が不祥事起こしまくってますね(笑)。今頃蔵助が聖王国に殺された、とか獅子王に言ってたりして・・・。
[一言] あー……この感じだと途中に出て来た雷精霊と契約した方向音痴のエルフの子は本当に死んじゃったんですね……良い子だったんですが……
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