Chapter17-5 雷と呪い(3)
「さて」
時間も限られている。早速、私はクラスケを運ぶことにした。まな板の上の鯉のようにビタビタと動いているけれど、一発殴れば大人しくなるはずだ。
だが、クラスケは往生際が悪かった。私が行動に移るよりも早く、
「だから、待てって言ってんだろうがァァァァァァァ!!!」
怒声とともに膨大な稲妻を周囲に放ったのだ。
「くっ」
私はとっさに飛びしさった。
【アクアヴェール】を発動したことで身を守れたが、放電は偽ミスリル糸を焼き切り、家屋の一部までも炎上させた。クラスケは自由を取り戻してしまう。
あちこちで火が上がる住宅街。その中でバチバチと放電するクラスケの姿は、ハッキリと言って異様だった。
何故なら、彼のまとう稲妻に魔力を感じないからだ。あの電撃は魔法ではないと断言できた。ゆえに、魔力に強いはずの偽ミスリル糸を焼き切るといった芸当が起こせたし、私の監視の目を掻い潜って攻撃できたのだ。
何てザマだ。油断したつもりはなかったけれど、大失態である。ゼクスさまにバレたら、間違いなくお説教どころの話ではない。
手早く再確保しなくては! と内心で焦りつつも、表向きは冷静を装う。ここで突貫するのはバカのする行動。相手をよく観察し、慎重に仕掛けなくてはいけない。
「チッ、クソが」
のろのろと立ち上がったクラスケは、イラ立たしげに舌を打つと、こちらに鋭い視線を向けてきた。
「せ、せっかく好みの女を手に入れるチャンスだったのにさぁ。ほ、報酬の道具は無駄にするし、残ったのは胸が一番小さい奴だし、踏んだり蹴ったりじゃないか。あー、イライラするッ」
ガシガシと後頭部を掻き回す彼。
とてつもなく無礼なことを言っている。私、怒って良いよね?
一応弁明しておくと、私の胸が小さいのではなく、カロラインさまとニナさんが大きすぎるだけだ。私のサイズは平均である。
というより、やはり先の呪いは、下卑た目的で行使していたらしい。こちらを洗脳する効果だったのが、今の発言で理解できた。
あまり他者の外見を侮蔑するのは好きではないけれど、陰気な容姿と相まってかなり気色悪かった。
「こ、この鬱憤は、お前を使って解消してやるッ」
歪んだ笑みを浮かべたクラスケは、私の方へ人差し指を向けた。それに合わせて、一条の電光が走る。
見た目は細く小さい電撃だったが、私は直感した。これを受け止めるのはマズイと。
いくら【身体強化】でも、光速で動くものを回避するのは難しい。しかし、“指を差す”という動作を行ってくれたお陰で、着弾地点の予想は容易かった。紙一重で敵の電撃を避ける。
「ッ」
僅かに頬をかすめた。数ミリメートルほどの切り傷ができ、黒く変色する。
皮膚が焦げたのだ。ほんの少しかすめた程度でこの威力とは、小規模ながら最上級魔法に匹敵する。展開中だった中級魔法の【アクアヴェール】では防げなかっただろう。
電撃が背後の地面を爆散させるのと同時に、私は前へ駆ける。無論、ただ突っ込むなんて無謀なマネはしない。
「【パースピクアス】」
水・風・闇の合成魔法を発動した。
これは姿や臭い、気配を消し、透明になる術。ついでに、隠密用の特殊な歩法も組み合わせた。今のクラスケは、私を完全に見失ったはずだ。
事実、彼は視線を泳がせている。次弾として放とうとした電撃を指先に留め、あちこちを見回していた。
「しゃらくさい!」
三百六十度をカバーするよう、ドーム状に放電するクラスケ。
確かに隙のない攻撃だが、その方法は予想できていた。私はすでに後退しており、彼から遠く離れている。
私を見失った彼に、手加減をする余裕は残っていないだろう。であれば、全方位攻撃の射程は把握できた。
また、今の攻撃は負担がかかるようで、発動直後は体にまとっていた雷も消える。実に分かりやすい弱点だ。
――【ハイドロランス】
クラスケの背後に回り込み、上級水魔法を撃つ。巨大な水の槍が、彼に突撃していった。
さすがに、この程度の攻撃にやられはしない模様。即座に気が付いたクラスケは、電撃で【ハイドロランス】を相殺する。
彼は反撃に出ようとするが、そこまでは許さない。移動し終えていた私は、再び【ハイドロランス】を放った。撃って移動して、を繰り返し、クラスケをかく乱する。
敵の位置が分からず、自らの行動が封じられる状況。未熟者にとって、これは酷いストレスとなるだろう。ゆえに、次の彼の行動は――
「ああああああああ!!!!!!」
長い前髪を振り乱し絶叫するクラスケは、全方位攻撃を放ってきた。しかも、一回目の時よりも範囲を広げて。
予想通り。
敵の攻撃が私を捕らえることはなかった。電撃は私の鼻先まで迫ったものの、体にかすりさえしていない。
電撃が収まると同時に、私は走り出す。
間髪容れずに全方位攻撃が来たらマズイが、その心配はいらなかった。
何せ、今のクラスケはガス欠に陥っているのだから。まったく雷を放出していないのが、その証左だった。
それどころか、体の動きも鈍っているようで、全体的に緩慢になっている。
これも予想通り。
そう。全部予想通りだ。彼が無理をして射程を広げてくることも、無理をした影響でガス欠になることも、ガス欠の副作用で肉体の動作が鈍ることも。すべて、これまでのクラスケの戦い方を見ていれば予想できた。
やはり、実戦不足。クラスケは弱点を隠す戦い方ができていない。おそらく、ずっと自己鍛錬だけ積んできたのだと思われる。対人戦の恐ろしさを理解していない未熟者だった。
とはいえ、敵にかける情けはない。クラスケの懐に潜り込んだ私は、彼の鳩尾にアッパー気味のパンチを見舞った。ドゴンという鈍い音が響き、彼の体は一メートルほど宙を浮く。
地面に落下した時、クラスケは白目をむいて気絶していた。
「こんなものですね」
手加減したので死んではいないけれど、治療せずに目を覚ますことはないだろう。
ザッと三分にも満たない戦闘。些か手間だったなと思いながら、私は再び、偽ミスリル糸で彼を縛り上げる。その後、【パースピクアス】を解除した。
そして、彼を抱え上げようと手を伸ばす――
「ッ」
――直前、異変を察知して後方へ跳んだ。とっさの行動だったが、全力を尽くした甲斐あって、およそ二十メートルの距離を稼げた。
お陰で、それを無事に回避できた。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
重く低い大音声を鳴らし、クラスケの体は爆ぜた。血肉と骨と臓物が辺りに散乱し、直後には拡散する雷撃によって燃え尽きる。
何が起きたのか。
彼は内側から食い破られたのだ。内側に生まれた、新たな存在によって。
彼が元いた場所には、雷の化身が立っていた。膨大なエネルギーを有したヒト型の雷だ。いや、よく目を凝らせば、中核の部分に呪いもあるか?
推測にすぎないけれど、クラスケはアムネジアに改造を施されていたのだろう。それが彼の雷の力と融合し、あの化身を生み出したのだと思われる。
敵の実力は不明。未知の雷を操るゆえに、自分の経験では測定のしようがなかった。
「どうやら、延長戦のようですね」
私は溜息を吐く。
肉体が消失してしまった以上、アレから情報を搾り取るのは難しい。そも、意思や記憶が残っているかも怪しい。“骨折り損のくたびれ儲け”とは、このことを指すのかもしれない。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




