Chapter17-3 不自然(5)
「代価魔法か」
先手を取ったのはクラスケだったんだが、彼の放った火の玉は、紛れもない代価魔法だった。魔術とも疑ったけど、そこまで洗練された術式ではない。
念のために魔眼【白煌鮮魔】で確認したものの、結論は変わらなかった。
ついでにクラスケの方も確認してみたところ、いくつか情報が抜き取れた。意外にも、魔眼対策は施していなかったよう。最近、阻害されることの方が多かったから、本当に意外だった。
名前は喜文字蔵助。年齢は十六。レベルは六十と表記されているが、数秒置きに文字化けが発生する。おそらく、オレの知識にない力を有しているんだろう。
身長百六十一センチメートル、体重四十八キログラム。ただ、体重はこの二ヶ月ほどで増えたもので、前は四十前半だったらしい。まぁ、見るからにインドア派だし、納得はできる。
卑屈で他責的だが、プライドの高さだけは一人前。自分が何者にもなれない無才だと理解しつつも、いつかチャンスが巡ってくることを信じて疑っていない、か。
感情から推測したクラスケの性格は、おおむね当たっていたようだ。
あと、記憶喪失というのは嘘だ。バッチリ十年以上前の記憶も存在している。
しかし、内容はハッキリしないな。出身地等の身元を確定させる情報も曖昧。
クラスケが呪いの残滓をまとっていた理由が分かったよ。呪いによって、彼の記憶の詳細をにごしているんだ。オレの魔眼とまではいかずとも、尋問や拷問で情報を取られないように。
記憶と呪い。この二つを聞いて思い出すのは、魔女アムネジアの研究だった。
帝国が、魔獣複製機をアムネジアたち『赤の従者』に貸し出していたのは記憶に新しい。となれば、人材の一人を貸し出しても不思議ではなかった。
ほぼ黒は確定。あとはクラスケの実力と正体を確かめたいところだね。
まぁ、その辺はミネルヴァに任せよう。少なくとも、実力に関しては、徹底的に引き出せるはず。
オレが【白煌鮮魔】で色々探っている間も、二人の模擬戦は続いていた。
といっても、試合内容に見応えはない。クラスケが連続して放つ様々な属性の代価魔法を、ミネルヴァが最小限の魔法で相殺していくだけ。徐々に息が上がっていく彼に対し、彼女は冷めた表情で機械的に対処していた。
誰の目から見ても、彼我の実力差は明白だった。
それは当事者二人が一番よく分かっていると思う。ミネルヴァが本気を出せば瞬殺できることを、相対しているクラスケ自身が痛感しているはずだ。
だからこそ、クラスケの表情は曇り、焦りとイラ立ちの感情が加速度的に募っている。手加減されている状況を、器に見合わない彼のプライドが許せないゆえに。
あまりにも未熟な精神。もしも転移者なら分からなくもないが、その幼稚さはこの世界だと致命傷に繋がりかねない。きっと、今までも都合良く利用されてきたんだろう。
同情はしない。悪用するわけではないが、オレたちもその部分を利用するんだから。
ふと、クラスケが意を決したのが分かった。代価魔法の発動をやめ、両手をミネルヴァに向かって突き出す。
彼が何か仕掛けてくるのは、ミネルヴァも察したらしい。ここまで使用していた最低限の魔法ではなく、五属性の上級ウォール系魔法を正面に展開した。
そして、次の瞬間――
バリバリバリバリバリ!
クラスケが“何か”を繰り出す寸前、【異相世界】内に、ベルクロ――面ファスナーを剥した時の音を強烈にしたものが響き渡った。
見れば、【異相世界】の天井に穴が開き、崩れ去った天井とその先の空が窺える。
何事かと考える暇はなかった。大音声が収まったのと同時に、空から空間内の中央――ミネルヴァとクラスケの間へと、長い長い炎の柱が突き刺さったんだ。
ゴウゴウと燃え盛る炎柱からは、とてつもない魔力量を感じ取れる。紛うことなき魔法司級のそれ。いや、“級”ではないか。
魔眼を発動しっぱなしだったオレは、炎柱の中にいる人物を見通せていた。
ゆえに、即座に行動を起こす。【異相世界】の損傷を修復し、オレと突然の来訪者以外を外の世界に放り出す。
外にまで伸びていた炎柱を断ち切るのは多少苦労したが、何とか無理やり世界を閉じられた。
模倣された摩天楼の中、残されたのはオレと炎柱の中にいる人物のみ。
『お兄さま、何があったのですか?』
『ちょっとゼクス!?』
カロンとミネルヴァから真っ先に状況を問う【念話】が届き、あの場にいた他の恋人たちからも【念話】で安否を気遣われる。
オレは炎柱を注視しながら、簡潔に答えた。
『赤の魔法司が襲来した。今から応戦する』
そう。炎柱を使って侵入してきた者の正体は、赤の魔法司だったんだ。真っ赤な魔力と膨大な魔力量、何より魔眼で明らかになった『プラーミア・ヴェルデ』の名が他ならぬ証拠だろう。
カロンたちの返事よりも早く、炎柱は爆ぜた。周囲に炎のカケラを撒き散らし、摩天楼の一部を熱で溶かしていく。
炎の中から現れたのはエルフの女性。真っ赤なストレートロングヘア、意思の強さが窺える真っ赤な瞳、頭以外の全身を覆う真っ赤な金属鎧、そして、杖のように地面に突かれた真っ赤なバスタードソード。とにかく赤で染められた人物だった。
身長は百七十を超えているが、百八十は届かない。立ち振る舞いから察するに、あの大剣は飾りではないんだろう。凛々しい雰囲気は、どこかニナに近い印象を受けた。
「貴様が、森国の王都を壊滅させたシスか」
プラーミアは厳粛な口調で重々しい声を発する。赤い目を細め、鋭い視線をこちらに向けてきた。
相手が何を怒っているのか、ようやく理解できた。
約二年前、オレはシスの姿で森国の王都をボロボロにしている。彼女にとって、故郷を破壊されたことは非常に許せない所業だったみたいだ。
「何のことやら。オレはゼクス・レヴィト・ガン・フォラナーダ。冒険者シスじゃない」
オレは飄々と惚けてみせたが、プラーミアには通じなかった模様。
彼女はよりいっそう視線を鋭利にし、声を張り上げた。
「嘘を吐くなッ。貴様の魔力と王都に残存していた魔力が一致している。姑息にも波長を変えてあったが、あの程度の細工を見破れぬ私ではない!」
「へぇ」
騙し通せなかったことは残念に思いながらも、オレは感心の声を漏らした。
当然だ。身バレしないよう調整しておいた魔力偽装を看破されたんだから。
全力ではなかったとはいえ、【異相世界】を突破したことも考慮すると、プラーミアはかなり技巧派の魔法司だと判断できる。おそらく、術式の解析という点においては、グリューエンやガルナよりも上だろう。
――面白い。
クラスケの実力を測る邪魔をされたのは遺憾だったが、この赤魔法司の存在も実に興味深い。どこまでできるのか、試してみたいね。
元より、彼女には『赤の従者』と関与している疑惑があった。手のうちを暴きつつ、最後は捕縛して情報収集をしよう。一石二鳥である。
オレは、あえて挑発的に笑う。
「バレてしまっては仕方ない。そうだよ、オレが森国の王都を破壊した。当時の森国王や精霊王を情けなく泣き喚かせたのは、オレで間違いない」
「貴様ァ!!」
ガルナやグリューエンと同世代の人物だと聞いていたんだが、年齢の割には沸点が低いらしい。ジャブのつもりで放った口撃程度で、あっという間に怒髪天を衝いてしまった。
やや拍子抜けだが、結果オーライ。これでプラーミアは容赦なく戦ってくれる。出し惜しみなしで、そのすべてを披露してくれるはずだ。
こちらの養分になれば良し。ならなくとも、彼女の動きを完全に封じる術が考案できる。無駄はなかった。
そこそこ時間がかかりそうなので、密かに【刻外】を追加で発動しておく。怒りで目の曇ったプラーミアは、世界が隔絶したことに気づかない。
「かかってこいよ、赤いエルフさん」
「言われるまでもない!」
台本通りだとも知らず、赤の魔法司は躊躇なく舞台に上がる。戦いの時間が始まった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




