Chapter17-2 極端な留学生(8)
『ミラー連盟』の方に視線を向けたオレたちはドン引きした。ずっと黙していたルイーズも声を漏らしていたし、さらにはアリアノートまで頬を引きつらせる始末。
何があったのかと言えば、彼らは“エインセルちゃん命”という文字が刺繍された大きな旗やペンライトもどきを振り回していたんだ。数十人が同じ動きをするさまは、ハッキリ言って気持ち悪かった。
どこからどう見ても、ドルオタである。エインセルは、完全にアイドル扱いを受けていた。
こちらの世界にそういった概念はなかったはずだが、転生者でも混じっていたのか?
……違うか。単純に、ああいった人種は同じ応援の仕方に行きつくだけなのかもしれない。
男子学生たちが、実力確かなオレらにケンカを売る理由が分からなかったけど、何となく察しがついたよ。
彼らにとって、これは推し活の一環なんだろう。メンバーが一年の若造であることやクラブという小さな範囲の問題であることも考慮すると、エインセルをチヤホヤすることを問題視してない可能性は大いにある。
というか、ノリで付き合っている者が大半の模様。大雑把に連中の感情を読んだだけだけど、熱心な信者はほんの一部だと判明した。
そうなると、一番の問題はエインセル本人だね。
彼女は何を思って男子学生たちを誑かし、『ミラー連盟』なんてものを作り、カロンたちにケンカを売ったのか。その辺の事情を知っておきたい。
暇潰しの線も捨て切れないんだよなぁ。敵意や殺意は感じ取れない上、客観的に見ると、大したトラブルにも発展していないから。実際は、盛大にカロンの地雷を踏み抜いているんだけども。
まぁ、その辺はおいおい見極めよう。
ステージの方を見ると、カロンたちもドン引きしている様子。観客席の方を見上げ、固まっていた。
一方、身内側は驚くわけがない。エインセルたちはテキパキと行動を開始していた。『緑魔法師』が先行し、残る面々が一丸となって前進していく。定石通りのキレイな動きだった。
カロンたちも、ずっと呆けてはいない。数秒ほど遅れたものの、動き始める。
だがそれは、あまりにも妙だった。カロンを残して、全員がその場から離れてしまったんだ。彼女のみ、スタート地点にポツンと立っている。
ちなみに、移動したメンバーは『緑』のモーガン&『青』のアルトゥーロ、『紫』のダン&『茶』のミリアという組み合わせで動いている。おそらく、配役の移動制限に合わせたコンビなんだろう。
「思い切った作戦を取ったわね」
盤面を眺めながら、ミネルヴァが感心半分呆れ半分に呟いた。
そこにニナが続く。
「うん。かなり大胆な戦法。範囲攻撃に自信があるカロンならでは」
二人の言う通り、カロンを孤立させるなんて、普通なら選択できないものだった。
というのも、『赤魔法師』は、遠距離魔法攻撃に特化した配役だ。鈍足で紙装甲のため、距離を詰められたら一巻の終わり。ゆえに、盾役必須なのである。
その常識を覆せたのは、ニナが示したように『自分の範囲攻撃に自負があるからこそ』だろう。敵を近づかせる前に迎撃できる自信があるから、単独行動を選んだんだ。
しかも、これは『お前たち程度では、私は倒せない』と煽っているも同然なので、徹底的に潰すというカロンの目的にも沿っている。
思い切った行動に出たものだと、呆れはするけどね。
そうこうしているうちに、先行組が接敵した様子。モーガンとアルトゥーロが、『ミラー連盟』側の『緑魔法師』と相対していた。
一年の二人は、どちらも得意戦術が極端だ。モーガンは搦め手などが得意なバリバリの専業魔法師で、アルトゥーロは魔法を補助として使いながら剣をメインに戦う、高速アタッカー系の魔法剣士。本来ならモーガンは『紫』、アルトゥーロは『緑』が適性の配役だと思う。
それが今は真逆。いったい、どう戦うつもりなのか、実に興味深かった。
お互いの存在を認めた両者は、すぐに戦闘準備を始める。どちらも一年でA1の学生。多少の成績差はあれ、その手際はほぼ同等。
しかし、得意分野か否かの差は大きかった。即座に自己強化を施して突っ込んできた『ミラー』連盟側に対し、モーガンたちは若干の遅れが出る。モーガンは武器の構えが、アルトゥーロは強化魔法を行使する速度が、ほんの少し遅かった。
拮抗した実力差において、僅かな遅れは致命へと繋がる。敵『緑魔法師』の剣はモーガンの剣を掻い潜り、その切っ先を喉元にまで迫らせた。
「ッ」
武器の扱いに長けていれば、この切羽詰まった状況を回避できるんだろうが、モーガンには不可能。息を呑む以外の行動はできなかった。
もはや彼女の脱落は確定と思われた――
「は?」
――が、かの凶刃はモーガンを斬り裂くに至らなかった。攻撃した『緑魔法師』から間の抜けた声がこぼれる。
何が起こったかは、当事者二人と【身体強化】で視力を向上させているオレたちにしか分からないだろう。それほど小さな現象だった。
敵の剣先が、ピンポイントで焼失したんだ。モーガンの喉――正確には結界――に刺さるはずだった部分が、見事に消え去っていた。
消失ではなく焼失。つまり、燃やされたのである。
察しが良い者は気づいただろう。これはカロンが行ったことだった。彼女が、遠距離から小規模の炎を発生させ、モーガンを守ったんだ。
末恐ろしい技巧。彼女の力量をしかと見せつけるものだった。
ただ、
「遊んでるわね」
「遊んでる」
ミネルヴァとニナは、揃って溜息を吐いた。
オレも同感である。正確には、“もてあそんでいる”と表現した方が的確かな。
カロンはパワー寄りの魔法師だ。細かい操作は苦手な部類で、何でも大雑把にこなしがち。最近は技巧方面も鍛えているけど、それでも、まだまだ拙かった。
だのに、今回はテクニカルな方法を取った。
すなわち、苦手なことを実行する余裕があるほど実力が開いていると、カロンは誇示したわけだ。二人に遊んでいると評されても仕方がない。
彼我の実力差が明白かつ魔駒だからこそ許される方法だね。実戦で同じことを実行したら、お説教である。
まぁ、一連のやり取りで、カロンたちの試合の運び方は理解した。
各員で個別撃破に当たり、それをカロンが遠距離からフォローする。そういう形でゲームを進める気なんだろう。
たぶん、敵の妨害も、遠隔で行うつもりなんだと思う。カロンはステージ全体を探知範囲に収めているみたいだから、戦況は全部筒抜けだし。
――未知の敵が、何もかも封殺していく、か。
なるほど。恐怖で心を折る方向に舵を切ったらしい。ある意味、えげつない戦法だ。
トドメを刺し損ねた敵の『緑魔法師』は、モーガンの反撃に沈んでリタイア。
その後も、カロンのアシストや妨害によって『ミラー連盟』は着々と削られ、残すは『茶』のエインセルと『赤』の男子学生のみとなった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。