Interlude-Trueno 姉弟子
どこまでも広がる森。その横を通る街道も果てなく続いている。
右手には森、左手には草原。この道以外はヒトの手がまったく見当たらない自然の豊かさは、実に私――トゥルエノの心を穏やかにしてくれた。
だというのに、すぐ隣に浮かぶ相棒はとてもやかましい。
「ここ、どこよ! また道に迷ったじゃないッ!」
黄色の髪を振り乱し、キィキィうるさいのは、雷の精霊グロムだ。誠に遺憾ながら、私と契約を交わした精霊である。
契約者同士は似るなんて話を聞くけど、絶対に嘘だ。私とグロムは正反対と言って良い。唯一似ているのは、根っからの方向音痴ってところだけ。
私はさっきから騒がしいグロムに文句を返す。
「そんなに言うんだったら、グロムが道案内してよ。あっ、そっちも方向音痴だったね。無理なこと頼んじゃってゴメンね?」
”無理なこと”の部分をあえて強調する。
案の定、グロムは怒った。
「ケンカ売ってるなら買うわよ?」
「先に仕掛けてきたのは、そっちじゃん。健忘症?」
「コロス!」
グロムが雷撃を放ってくるけど、予想できていたので避ける。無駄にかっこつけて。
それから、もう一度煽った。
「私の魔力使って、空打ちは止めてほしいなぁ」
「ッ!!」
顔を真っ赤にした彼女は、周囲に雷柱を五本作り出した。
ヤバ、ガチ切れだよ。煽りすぎた。
その後、全力の雷撃が乱発され、私は必死に回避しまくるのだった。
数分後。私は地面に大の字で寝転んでいた。
魔力切れである。グロムがお構いなしに攻撃してきたせいで、スッカラカンになってしまった。これでは、今日は歩くこともままならない。野宿が確定した。
一方のグロムも魔法の連発で疲れたのか、近くでゼェハァと息を荒げていた。
私は怠い体を押して、上半身を起こす。
「あのさー、魔力配分くらいは考えてよ。もう、ここで泊るしかないじゃん」
「知らないわよ。精霊のアタシは、魔力があれば別に問題ないし」
「は? 何言ってんの。スッカラカンなんだから、魔力あげられるわけないじゃん」
他の精霊なら適性にあった魔素を得るんだろうけど、グロムは雷の精霊。雷なんて現象と簡単に出会えるはずないので、私から魔力をもらうしかないんだ。
というわけで、私は住が、グロムは食が不足する一夜となるんだ。
再び口論が始まってしまうけど、それで困るのはグロムの方。エネルギーを無駄に消費して、フラフラになってしまえ!
ふはははは。私だけに苦労をかけようだなんて、許さないんだからねッ。
○●○●○●○●
騒々しい一夜を過ごし、ようやく魔力が十全に戻った。
正直、ものすごく眠い。何もない場所に野宿して、ぐっすり眠れるはずがなかった。
グロムに見張りを頼めば良かったって?
無理無理。あの子、普通に寝るし。何なら、私よりも睡眠時間が長いよ。
大きなアクビを溢しつつ、私たちは出発する。
目的地は帝国の首都! ちょっと迷ってるけど大丈夫。行きは二ヶ月の旅程が七ヶ月に増えたと考えれば、二日程度の遅れは、まだまだ誤差だ。
真っすぐ伸びる街道を進むことしばらく。代り映えしない景色に飽き飽きしてきた頃合い。幸運なことに、進行方向からコチラに歩いてくる人影があった。
「ラッキー。あのヒトに道を尋ねてみよう!」
他人を頼るのは、方向音痴の処世術である。自力で解決するのは自殺行為だと、今までの人生で嫌というほど思い知っているからね。
「ちょっ、いきなり走り出さないでよ!」
グロムが何か文句を垂れているけど、それを無視して私は駆ける。
近づくにつれ、人影の正体が明確になっていった。
女性だ。濃い赤――オックスブラッドのセミロングヘアと黒い瞳を持った女のヒト。年齢は二十代後半くらいかな? 結構美人だと思う。体つきも大人っぽい。身長は同程度のはずなのに……。
ある程度近づいたところで、女性は呆れた風に溢した。
「やっと見つけた。方向音痴は相変わらずね。捜すのに苦労した」
「?」
まるで私を知っているかのような物言いに、私は首を傾げる。
その場で足を止めて、ジッと女性の顔を窺った。
……うん、見覚えのないヒトだ。少なくとも、軽口を叩けるような間柄に、彼女のようなヒトはいない。
急に、目の前の女性が不気味に見えてきた。
まさか、私の悪質なストーカー? 否定はできない。私、帝国では人気の冒険者だからね。
そんな自画自賛を心のうちでしつつ、女性に対して警戒する。
こちらが構えるのを見て、女性はキョトンと目を丸くした。
しかし、すぐに「嗚呼」と小さく笑声を溢す。
「そういえば、記憶を消しっぱなしにしてたね。いや、あなたのことだから、術を解いても忘れてたりして? かれこれ、十年以上は会ってないもんねぇ」
「何なんですか、あなた? さっきから意味の分からないことばっかり」
「ふふ。そっちの精霊ちゃんなら、何か知ってるんじゃない?」
「え?」
グロムのことが見えているのもそうだが、彼女に話を振ったことにも驚いた。この女性、どこまで私について調べているんだ?
ますます警戒を強めていると、ちょうど追いついてきたグロムが、呆然とした声音で呟いた。
「アムネジア……アンタ、何で?」
「アム、ネジア? 知ってるの、グロム?」
「ハァ!? 知ってるも何も、アイツはアンタの姉弟子じゃない!」
「姉弟子?」
意味不明だった。確かに、私には五年前まで師事していたヒトがいたけど、姉弟子なんていなかった。二人きりで世界各国を回っていたんだ。グロムの言葉が、全然理解できなかった。
私が困惑しているのを察したんだろう。グロムは眉をひそめた。それから、女性――アムネジアに向かって怒鳴り声を上げる。
「アンタ、トゥルエノに何をしたの!?」
普段の彼女よりも数倍怖い声だった。ガチ切れ以上の、本気の怒りを感じた。
しかし、それを真正面から受けても、アムネジアはまったく動じていない。
「私に関する記憶を消したんだよ」
「何のために!」
「都合が良かったから。そんなに怒らないでよ。私のことを思い出せない以外、何の支障もないんだからさ」
「信用できないわね。ウチ、アンタのこと嫌いだから」
「直截な感想をありがとう。私も、記憶をいじれない精霊は嫌いだったよ」
私を置いてけぼりにして、どんどん会話を進めていく二人。
つまり、どういうこと? アムネジアってヒトは本当に姉弟子で、その記憶を私は奪われている状態ってこと?
混乱は収まらない。突然、姉弟子だと言われて、記憶を奪われていたと言われて、落ち着けるはずがなかった。
二人の口論――といっても、ほとんどグロムが一方的に怒鳴っているだけだけど――は数分ほど続いた。
ところが、そのうちアムネジアが肩を竦める。
「いい加減、こっちの目的を果たさせてもらうよ」
そう言うが否や、彼女の姿が消えた。
――いや、
「【イミタティオ】」
目前まで迫ったアムネジアは、有無を言わさず私の頭を掴み、何かの魔法を唱えた。
次の瞬間、激しい頭痛に襲われる私。
「う、ぐああああああああああ!!!!!!」
情けなくも、叫び声をあげることしかできなかった。それほどの痛みが、私の頭に響き渡ったんだ。
掴まれていた時間は、そんなに長くなかったと思う。でも、痛みが強烈すぎて、もはや私は満身創痍だった。開放されても、その場で突っ伏すしかない。手足に力が入らない。
「トゥルエノ!?」
グロムが慌てて寄り添ってくれるけど、こちらに反応する余力は残っていなかった。
「ふむふむ。やっぱり、『魔王殺し』は規格外か。明確な弱点を見つけられたら良かったんだけど、さすがに高望みかな。まぁ、これだけ有用な記憶が手に入ったんだから、良しとしよう」
おそらく、歯牙にもかけていないんだろう。私が聞いているにもかかわらず、アムネジアは何をしたのか呑気に呟く。
その内容で、すべてを察した。
この女、侯爵さまたちの情報を得るために、私の記憶を盗み取ったんだッ。
彼女を放置すると、侯爵さまのみならず、マリナをはじめとした友人たちにも迷惑がかかる。
それを理解した私は、気合を入れ直した。
「おぉぉぉ!!」
雄叫びを上げ、魔法を唱える。
「【サンダーボルト】!」
上級の風魔法。グロムに頼らない、私の独力で攻撃を放つ。
至近距離の雷なら回避なんて不可能。向こうも、こちらが攻撃を仕掛けるとは予想していなかったはず。
命中を確信した私だったが、それは容易く裏切られた。
バシュッという間の抜けた音とともに、【サンダーボルト】は掻き消えてしまったんだ。カケラ一つ残っていない。
「何で……」
「無防備に立ってるはずないでしょ。呪いを周囲に散布してるから、しっかり固定してない魔法なんて、すぐに霧散するよ」
「チッ。グロム!」
「仕方ないわねッ」
私とグロムは後方に飛びしさり、戦闘態勢を取った。
「友だちのためにも、あなたはここで止める!」
「あらまぁ。妹弟子のくせに、生意気なことを」
対し、醜悪に笑むアムネジア。
退くわけにはいかない。これは私が油断したせいで起こった問題なんだから。
「グロム、【ライトニングランス】!」
繰り出される雷の槍によって、私たちの戦いは幕を開けるのだった。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




