Chapter16-4 ボスラッシュ(2)
「ゼクス。ちょっといい?」
週末前の放課後。執務室でシオンと話し合っていたところ、ニナが訪ねてきた。
焦る感情が窺えたので、話を中断してニナに向き直る。
「どうした?」
そう短く問うと、彼女は一通の手紙を差し出してきた。すでに開封済みで、封蝋の部分は切られている。冒険者ギルドから発送されたもののようだ。
オレは首を傾げつつ、手紙の中身に目を通す。
内容は実に簡潔だった。
「ウルグス市国の救援要請か」
突如発生したスタンピードに自国の戦力だけでは対処し切れず、冒険者のニナに助けを求めてきたらしい。かなり切羽詰まっているんだと、手紙からはヒシヒシ伝わってくる。
国が一介の冒険者に助力を乞う。これを不思議に感じる者もいるかもしれないが、割とあり得る話だった。
というのも、小国などは常備軍を保有する余裕なんてないため、スタンピードのような突発的な災害に対応し切れないんだ。よって、緊急事態の際は、冒険者に依頼するのも珍しくないのである。
件のウルグス市国も、都市国家群に位置する国。“市国”という名の通り、一都市しか領土を持たない小国だった。
しかも、目立った特産品や名所はなく、統治者目線で美味しい土地でもないというナイナイ尽くし。情報の重要性を理解しているオレでも、最初は「どこだっけ?」と頭を捻るほどの弱小国家だ。普通の小国以上に、戦力は乏しいだろう。
そういった国は資金力も乏しいと相場が決まっているんだが、手紙には『言い値を払うので、すぐにでも駆けつけてほしい』と書かれている。相当、危険な状態なんだと察しがついた。
「行くのか?」
オレは問う。――いや、確認する。
ニナがもう決断しているのは、彼女の目を見れば明らかだった。加えて、簡易な荷造りも済ませている。
ニナは頷いた。
「アタシの力が必要なら手を貸したい。冒険者としての仕事なら尚更」
感情の起伏こそ小さいものの、そこに込められた意思は強いと分かった。
「そうか……」
対し、オレは後頭部を雑に掻いた。
それを見て、彼女は眉を若干寄せる。こちらが乗り気ではないことに気づいたんだろう。
「何かあるの?」
「実はな――」
ニナの質問に、オレは素直に答えた。
「シスにも、小国から救援要請が来てるんだよ。こっちもスタンピードだってさ」
「え?」
予想外の内容だったのか、ニナは丸くした茶色の目をパチパチと瞬かせた。
思った通りの反応に苦笑を溢しつつ、オレは説明を続ける。
「都市国家群のフォッラっていう小国でスタンピードが発生。必死で応戦してるらしいが、魔獣の勢いが弱まる様子はなくジリ貧とのことだ」
「ウルグスと似てる?」
「そうだな。こんな短期間の間に同時多発的にスタンピードが起こるなんて、偶然では考えられない。何者かが裏で糸を引いていると考えた方が無難だろう」
今回の状況は、先日発生した国内のスタンピードと酷似している。そのため、魔獣複製機が使われている可能性を考慮する必要があった。そして、新たな魔法司が出現する可能性もね。
まぁ、ニナの件がなくても疑ってはいたんだ。昨日の今日でスタンピードの再発だもの。警戒して当然である。
シオンとの話し合いも、スタンピードが人為的だった場合を仮定した内容だった。再び同じ流れになった時、どう動くかを相談していたわけだ。
ニナは眉間にシワを寄せる。
「でも、見捨てるのはナシ」
「分かってるよ。助力はする。その上で、どんな網を張るのかを考えてるんだ」
いくら食い破れる実力があるとはいえ、考えなしに敵の罠へ突っ込むのは危ない。慢心に身を委ねるなんて、神が許してもオレが許さない。
しかし、ゆっくり作戦を練る時間がないのも事実だ。こうしている間にも、二つの国は傷ついていっている。
ソワソワ落ち着かない様子のニナに、オレは肩を竦めた。
「ガルナを同行させてほしい」
「ガルナを?」
「嗚呼。キミがスタンピードに対処している間、隠密行動をさせる。彼女なら、実力も対応力も高い。増援の諜報部隊も送るつもりだけど、そっちはスタンピードを収めた後だな」
「分かった。すぐに合流する」
首肯したニナは、すぐさま踵を返す。
そんな彼女の背中に、オレは追加で告げた。
「合流したら、【念話】で知らせてくれ。ウルグスの近くまで、【位相連結】で送り届けるから」
「ありがとう」
ニナは礼を述べつつ退室した。
「かなり焦っていましたね」
数秒の沈黙を挟み、シオンが呟いた。
オレは苦笑いを浮かべる。
「いつものメンバーの中で、一番正義感が強いのはニナだからな」
特に、戦いが絡む問題は、積極性が増す傾向にあると思う。おそらく、過去の自分と重ねているんだろう。
ちなみに、ニナを除くと、カロンとオルカの順に正義感が強いかな。二人とも名前も知らぬ他者のために頑張れる優しい子だ。
「さて、話を戻そうか。ニナにも声がかかったのは想定外だったけど、やることは変わらない。オレとニナが先行して騒動を鎮圧。その間に、先行部隊が隠密調査。鎮圧後は、増援も加えて調査範囲を拡大。何か質問は?」
「ニナさんにガルナを同行させましたが、先行部隊は彼女だけで宜しいのでしょうか?」
「本当はもう少し手を増やしたいけど、時間がない。彼女の能力を信用するよ」
たぶん、追加のメンバーを編成している間に、ニナがスタンピードを壊滅させていると思う。彼女の実力なら、万の群団でもあっという間に滅ぼせるに違いないから。
ならば、間に合わないことはバッサリ切り捨て、他にリソースを注いだ方が合理的だ。
「承知いたしました。後詰の選出に注力いたします」
シオンもニナのすさまじさを思い出したのか、頬を引きつらせながら頷いた。
一通りの打ち合わせを終えたタイミングで、ちょうど良くニナから【念話】が届いた。ガルナと合流を果たしたらしい。
「じゃあ、オレもフォッラに向かうよ」
オレは立ち上がる。
ニナたち用の【位相連結】を開くついでに、自分の分も開いた。
「ご武運を」
「ありがとう。行ってくる」
シオンの言葉を背に、オレは【位相連結】へと足を踏み出す。
はてさて。今回のスタンピードには、どんな思惑が隠れているんだろうか。そろそろ、黒幕の尻尾を掴ませてほしいところだね。
次回の投稿は明日の12:00頃の予定です。




